もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第06話「真祖の姫」
 食後の行動はみんなバラバラだった。綾香たち三人はそのまま自分たちの部屋に引きこもってしまったみたいで、父親も書斎に言ったようだった。春香にお茶を入れるからと言われて亜梨子は満梨花と一緒に居間に向かった。
 そこには先に小学生の三人が来ていたが、末っ子の冬樹は亜梨子の顔を見るなり飛び出すように出て行った。
「嫌われちゃったかな?」
 亜梨子はちょっと気まずさを覚えた。
「仕方が無い子ね」
 春香が済まなさそうに言った。
「ごめんなさいね。人見知りの激しい子なのよ。別に亜梨子ちゃんのこと嫌ってるわけじゃないと思うから……」
 そういいながら春香は自分で淹れた紅茶を差し出した。食後のお茶はメイドさんたちの仕事では無いらしい。亜梨子は後から知ったが、家族の食事が終わった後は使用人たちの食事時間になるから余計な仕事を与えたりはしないとのこと。とくに今夜は亜梨子の歓迎で使用人たちにもご馳走が振舞われているらしかった。
「冬樹ったら、佳澄お姉ちゃんにもなかなか馴染まなかったからね」
 別居中だという長女の話である。元から同居していたら馴染むも馴染まないも無いと思うのだけど、ひょっとして長女は冬樹が生まれた時はもう別居してたってことだろうか? 亜梨子はわけがわからなくなってきた。
 冬樹が人見知りなのはわかったけど、残った二人の姉の方も亜梨子を警戒してる様子は同じように思えた。やっぱり、さっきの浩樹にとった態度が拙かったんじゃないかと亜梨子は後悔した。
「あなたたちは亜梨子お姉ちゃんに何か言うこと無いの?」
 気まずい空気を読んだのか、春香は夏美と秋菜に言った。
「う~んとね……」
 言い難そうな口調で秋菜は言葉を詰まらせたが、横から夏美に小突かれていた。
「亜梨子お姉ちゃんって、ヒロにいのこと嫌いなの?」
 ヒロにいというのは浩樹のことらしい。
「うっ……」
 思い切り直球を投げられた気がして亜梨子は言葉に詰まった。
「いや、嫌いってわけじゃ……」
 裸を見られたことを怒ってるって、そんなこと恥ずかしくて言えないし。そんな亜梨子の窮状を見て春香が助けてくれた。
「ちょっとケンカをしただけだよね。あなたたちだってしょっちゅうケンカしてるでしょ?」
「うん」
 春香の言葉を聞いて秋菜は頷いた。
「ま、ヒロにいはいつもアヤねえやヒロねえとケンカしてるもんね」
 夏美も納得するように呟いた。
 兄弟同士ってそんなによくケンカするものなのかと、亜梨子は思った。自分は一人っ子だったからケンカする兄弟なんかいなかったし、学校のクラスメイトたちともケンカなんかすることは無かった。幼稚園の時に一度だけ大きなケンカをした時、自分はみんなとは種族が違うのだからケンカをしてはいけないと母親に激しく叱られたからだ。だから、亜梨子は学校では控えめに過ごしてきて、けっして目立とうとはしなかった。存在感が薄けりゃ下手にトラブルに巻き込まれる可能性も低いからだった。
 その代わり、代償として母親には甘えた。母子家庭のことだから経済的にわがままを言うこと出来なかったが、それ以外のことは何でも聞いてもらっていたような気がする。もっとも自分がこんな家のお嬢様だと知っていたら、経済面での遠慮なんかしなくても良かったのかもしれないけど……
「浩樹ちゃんとケンカって、何かあったの?」
 今度は満梨花が不思議そうに訊ねてきて、亜梨子は困ってしまった。この子って何かしつこく訊いてきそうだなという風に感じる。
 満梨花の追及をどうかわそうかと思案していた亜梨子だったが、幸いにも偶然に助けられてしまった。
「亜梨子お嬢様。旦那様がお呼びです」
 夕食時に執事長だと紹介された二階堂が、そう言ってやって来たのだ。亜梨子は満梨花の質問なんか忘れたように二階堂に連れられて父親の書斎に向かった。

「春香から話は聞いたが、洋子からは私のことや我が家のことは何も教えられてなかったようだね」
 書斎に入ってきた亜梨子に父親の一樹はそう訊ねた。亜梨子はこくりと頷いた。一樹は何かを考えてるかのようにしばらく沈黙した。
 亜梨子は書斎を見回したが、書斎机の上に置かれた二つの写真立てに目が止まった。それぞれ別の若い女性の写真のようだったが、自分の母や春香の若い頃の写真のようには見えなかった。でも、机の上に堂々と飾っているところを見れば、このことは春香も知っていることなんだろう。
「今から大事なことだけ話すから、よく聴きなさい」
 一樹はそう言うと、この千条院家のことを語り始めた。
「亜梨子は月からやって来たお姫様の話は知っているか?」
 かぐや姫の話でもしてるのかと思ってしまいそうだか、もちろん一樹が話しているのはかぐや姫のことではあるまい。亜梨子は四十年前にあったという歴史上の事件のことを思い出した。もちろん、亜梨子がリアルタイムに出会った事件なんかではなく、今では絵本にもなって語られてる事件だから、亜梨子の方もその程度の知識ではある。
「うん」
 亜梨子が頷いたので一樹は詳しくは語らず、簡単に概要だけ述べるに留まった。
「現在のこの世界は四十年前の異変に始まった。知っての通り、科学の世界の地球と魔法の世界の地球が半分ずつ入れ替わってしまったのだ。入れ替わってしまったというのは正確ではないかも知れない。この世界に残っていないお互いの地球のもう半分ずつの方はどうなってしまったかはわからないからだ」
 平行世界の交差軸における時空断層の歪みが生じたのだとか、二つの世界に対して何者か外部存在の介入による時空のデコヒーレンス現象が起こったのだとか、科学者やSF作家が様々な仮説を出してきたが、この四十年で解答はまだ得られていない。
「その異変の直後、魔法世界の月から降りてきたのがいわゆる月の王女、プリンセス・ルナだ。魔法の世界では科学の世界よりも早く人類は月を開発し、王国を築いていたわけだが、科学世界の人たちにとって王女は神秘の存在として受け止められた。王女は科学世界のこの国に居住権を要求し、この国の男性と結婚した。それが、私の両親だ」
 月の王女が父の母親、すなわち自分の祖母だと聞いて亜梨子は驚いた。それが本当なら自分は月の王国の王家の血を引くってことになるのももちろんだけど、何より絵本にもなって女の子の憧れの対象である伝説の王女が自分の近親者だってことが信じられなかったからだ。
 しかし、一樹の話はそうではなかった。
「正確には母は月の王国の王女ではない。だが、この国の政治のため、月の王女ということにされてしまっている。本当は魔法の世界のこの国の第一皇女だったのだ。魔法世界のこの国は今の世界には残っていない。母はたまたま月の王国に親善訪問していた時にこの異変に遭遇した。そして同じように異変時に海外にいてこの世界に残ることになった自分の国の民を救うためにこの国に降りてきたのだ」
 確かにこの国の学校教育で習う歴史では消え去ったもう半分の世界にあった国々のことも語られてるし、現在この世界にあるその半分の世界にもそれに相当する国々が存在している。だから、科学世界にあったこの国に相当する国が魔法世界にあったと考えるのは当然のことだった。しかし、亜梨子は自分が魔法世界に由来する種族であるにも関わらず、今まで魔法世界のこの国のことなんて想像したことも無かった。ましてや自分がその王族の血統だなんて……
「魔法世界で神皇家と呼ばれていたわが家系は、真祖と呼ばれる始原十六氏族の直系の一つである」
 始原十六氏族というのはハイエルの祖先たちが氷河期の穴居生活を終えて世界の支配者として君臨し始めた時に指導的な立場にあった有力な十六氏族のことである。魔法世界の古い王族や上流貴族の多くはこの始原十六氏族に始祖を持ち、その中で直系を受け継ぐ家系が特に「真祖」と呼ばれている。
「魔法世界のこの国のことは今さら仕方がないことだ。しかし、真祖というのはハイエルの社会にとって特別な血統であるということは覚えておいて欲しい。そして、おまえはその真祖の二番目の姫だということは自覚しておきなさい」
 自分が姫だと言われて亜梨子は少し困惑したが、要するに王家としての実体は無いけど王族としての誇りは忘れるなとかいうことではないかと理解した。そんなことはこの家に住んでいたら大事なことなのかもしれないけど、今の自分の生活には関係ないだろうと思った。しかし、この真祖の姫だということが本当はもっと別の意味を持っていることに亜梨子が気付くのはずっと後のことである。

 亜梨子は父親に会ったら自分の母親のことを訊きたいと思っていたけど、あまりに重そうな話を聞かされたので、今日のところは訊きそびれてしまった。後、書斎机の上の写真立ての女性も気になったけど……

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第05話「家族の食卓」
 ベッドの上で眠り込んでしまった亜梨子は、夕食時を告げにきたメイドさんの声で起こされた。そのまま満梨花と一緒にダイニングルームに連れられたが、すでに他のメンバーは揃ってるようだった。
 テレビとかだとお屋敷のダイニングルームには極端に細長いテーブルがあって、主人公はその一端で寂しい食事をしてることが多いけど、さすがにそんな光景は無かった。やや長めの大きなテーブルの上座に春香ともう一人男性が座っていて、テーブルの両サイドに子供たちが並んでいた。昼間見掛けた同い年の三人以外にも小学生くらいの子供が何人かいるようだ。
 亜梨子は一番上手に近い左側の席に案内されたが、その横には綾香がいた。満梨花は綾香の正面の席で、その隣、亜梨子の正面は空席だった。

「亜梨子、よく来たね」
 上座にいる男性が声を掛けた。どうやら自分の父親らしい。学校の日曜参観で見掛けるクラスメイトたちの父親に比べると少し若作りに見えたが、母親や春香と同じくらいの年齢であるのは見て取れた。満梨花が言ってたように優しいのかどうかはわからないけど、厳しい顔つきではなかった。
「私がおまえのパパの一樹だ」
 それから両サイドの子供たちを見回して言った。
「おまえたちも知っていると思うが、今まで別に育ってきた兄弟の亜梨子だ。今日からこの家の一員として迎えることになった。簡単ながら今日の夕食は亜梨子の歓迎の宴として用意した。十分に祝福して迎え入れて欲しい」
 そうは言ったが、テーブルの上には空の皿とフォークやスプーンのような食器が並んでいるだけだった。やはりお金持ちの家は夕食もコース料理みたいに順番に運ばれてくるのだろうか。入ってきた時には気付かなかったが、部屋の入口付近にはメイドさんや執事さんが控えていた。
「その前に、亜梨子に家族を紹介しておこう。隣にいるのが私の妻の春香だ。この家にいる間は母親同様だと思ってほしい」
 春香は微笑んで会釈したので、亜梨子も釣られて会釈し返した。
 次に一樹の視線は亜梨子の正面の空席に向かった。
「長女の佳澄だが、事情があって今は別居している。週末はいることが多いから、その時にでも紹介しよう」
 高校か大学で寮にでも入ってるのかなと亜梨子は思った。
「次女はおまえだ」
 一樹は亜梨子に向き直った。
「ここにいる他の兄弟たちはみんなおまえの弟や妹たちにあたる。そのつもりで接してやってほしい」
 亜梨子はビクッとした。兄弟がいると知ったのも最近なのに、いきなり多くの弟や妹たちのお姉さんだって言われたって……
「三女は満梨花。知っての通り、おまえとは双子の妹だ」
 満梨花は軽く手を振っていた。そして一樹の視線は亜梨子の隣に移った。
「四女の綾香だ。綾香には兄弟のまとめ役をしてもらってる。おまえの妹ではあるが、ちゃんということは聞いてやってくれ」
 やっぱり委員長タイプなんだと亜梨子は心の中で苦笑した。
「五女の弘美、それから次男の浩樹だ」
 次男?……亜梨子は引っ掛かった。長男はどうしたんだろ? 長女のように不在だとかいう話も無かったし、他に空席も無い。ずっと前に亡くなったとかいうことなんだろうか。
「綾香とこの二人は三つ子で、おまえと同じ学年だから、話題も合うだろう」
 綾香もそうだったけど、弘美も浩樹も素っ気無かった。弘美はともかく浩樹には腹が立っていたので、こっそりアッカンベーをしてやった。浩樹は怒って何か言い返そうとしたみたいだったが、隣の綾香に押し止められていたようだった。この三人とは何か付き合いにくそうな気がした。
「六女の夏美と七女の秋菜、二人は小学校四年生だ」
 二つしか違わないと言え、小さな妹たち二人は亜梨子の方を恐る恐る覗き込みながら会釈した。浩樹にしたアッカンベーを見てびびったんだろうか。亜梨子は慌てて二人に微笑み返した。
 それにしても、この二人も双子だろうか。何か双子とか三つ子の確率が高そうな家系だと思った。
「最後に三男の冬樹、三年生だ」
 末っ子の小さな弟は二人の姉以上に脅えてるようだった。単に人見知りが激しいだけかもしれないけど。
 兄弟が一巡したところで一樹は使用人からメイドさんと執事さんそれぞれ一人を呼び寄せた。
「当家の執事長の二階堂と、メイド長の八千草さんだ。二人には住み込みで働いてもらっている」
 二人は亜梨子に向かって深々と会釈した。執事長は亜梨子を門まで車で迎えに来た人だった。父親よりは年上の男性だが、初老というよりはまだまだ熟年という感じの歳に見える。メイド長の方は恰幅の良い中年のおばさんって感じで、メイドというよりも家政婦といった方が似合ってる感じだった。
「私や春香がいない時に困ったことがあったら、この二人に相談するがいい。主に日常生活に関係することは八千草さん、その他の家のことについては二階堂だ。他にも使用人はいるが、日替わりのパートやアルバイトが多くて、それぞれ担当の仕事もあるから、簡単な頼みごと以外はこの二人を通すようにしてほしい」
 アニメとか見てると金持ちのお嬢様には専属のメイドさんとか執事さんとかいたりするけど、やっぱりそんなのは物語の中だけの話なんだろうかと亜梨子は思った。

 一通り紹介が終わると、料理が運ばれてきた。とは言っても、レストランのコース料理のようにスープから順番に食べるのに合わせて運ばれてくるとかいうんじゃなくて、スープやサラダからメインディッシュのステーキ、そして皿に盛られたライスまで一度に運ばれてきた。他にオードブルの大皿がいくつか。控えていたメイドさんや執事さんたちも給仕役の二人を残して姿を消した。庶民の御馳走に毛が生えたくらいだと感じたけど、そんなとこが現実なのかもしれない。
 なんか隣で綾香を初め、周囲からマナーのチェックでもされてる気がして食べ始めるのに勇気が要った。いい加減なママだけど、テーブルマナーぐらいは教えてもらってるんだと気負ったのは良いけど、そっちに意識が集中して料理の味はよくわからなかった。
 ステーキは肉の種類とか産地とかはわからないけど、何回かファミレスで食べたことのあるものよりずっと分厚くて、柔らかかった。こんなお肉、毎日食べられたらなあとか思ったけど、卑しいと思われるかもしれないので声には出さなかった。
 食卓の光景は静かだった。まるっきり沈黙ってわけではなかったが、隣同士でこそこそと話してる他は、声を上げて会話したりはしないようだった。亜梨子も母親が仕事のときは一人で夕食をとることも多いけど、一緒のときは何かと会話があるものなのにとか思った。
「後で呼びにやるから、私の部屋に来なさい」
 食事を終えて席を立つときに父親が言った。

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第04話「二人の部屋」
「満梨花ちゃん、少し落ち着きなさい。それじゃ、亜梨子ちゃんが困ってるわよ」
 春香の言葉に我を取り戻したように、満梨花の機関銃のような声は止んだ。そして深呼吸してから亜梨子の横に座り込んだ。
「綾香ちゃんもお疲れ様」
 春香の声に、亜梨子はもう一人の人影を認識した。どことなくさっきの弘美に似てるが、スポーツ少女という雰囲気はない。むしろ、亜梨子が苦手な優等生タイプというか委員長タイプというか、そんな気配がしてる。
「あなたが亜梨子ね」
 綾香はそう言ってゆっくりと近付いてくると、いきなり亜梨子の口を掴んで中を覗こうとした。
「ふぁがふぁがふぁが……」
 亜梨子は突然の行動に抗議しようとしたが、ちゃんとした声にならない。
「何をしてるの、綾香ちゃん!」
 慌てて春香も止めようと立ち上がったが、綾香は亜梨子の犬歯を確認するとすぐに手を離した。
「血族の証はちゃんと持ってるのね」
 綾香は悪びれもせずそう言った。
「当たり前やん!」
 亜梨子は怒ったように睨み付ける。
「そんなこと確かめなくても、ちゃんと満梨花ちゃんと同じ両親の血を引いてるんだから……」
 そう言って咎めようとする春香に、綾香は言った。
「最近、コモンの社会で育ってる血族の中には、血族の証を抜いてコモンと同じような義歯を付けてる者が増えてるって話だから……そんな誇りを失ったようなことしてたら、この家の子供として認めるつもりが無かっただけよ」
 そう、綾香が確かめた犬歯こそが、亜梨子たちの血族とコモンと呼ばれるこの世界の一般人とを区別する唯一の肉体的な特徴だった。
 亜梨子たちの血族……この世界ではハイエルと呼ばれる種族の犬歯は一般人であるコモンの犬歯と比べると、他の歯の倍以上の高さと鋭利な先端を持つように発達していて、まるで肉食動物の牙を思わせる存在だった。普段は口腔の中に隠れていて一般人との区別は付かないが、大きく口を開いたときに現れるそれは、一般人からは畏怖の対象となっていた。
「ま、ちゃんと証は確認できたから、この家の子として認めてあげるわ」
 綾香は偉そうな態度で言った。
「私は、綾香。あなたとは同い年だから、これからよろしくね、亜梨子」
 そう言い放つと彼女は出て行った。
「なんちゅうやつやねん!」
 あまりに勝手な態度に亜梨子は腹が立った。そして、少し心が落ち着いてきたら一つのことに思い当たった。
「確かに双子やなかってんな……」

 綾香が去った後、またしばらく満梨花の言葉の攻勢に付き合わされることになり、亜梨子は出来る範囲で何とか話を合わせようと努力を続けた。あたかも永久に続くのではないかと思われたが、亜梨子の困った表情を察したのか、春香がそれを中断させた。
「満梨花ちゃん、亜梨子ちゃんを部屋に案内してあげて」
 余所者の自分は客間にでも通されるのかと思ったが、そうではなかった。そこは母屋の二階に並ぶ家族の居室の一室で、南側に窓の開いた日当たりの良い部屋だった。部屋のドアには「Alice & Marica」と彫られた木製のプレートが掛かっていた。
「うちは子供部屋は二人で一部屋になってるの。満梨花ちゃんと同じ部屋だけど、構わないでしょ?」
 春香はそう言ったが、亜梨子に拒否権があるとは思えない。部屋の中は……このお屋敷なら当然だろうけど、2LDKぐらいのマンションだとすっぽりそのまま入ってしまいそうな大きさだった。
 ドアのあるほぼ中央を境に、机や本棚、ベッドなど二組の調度品がほぼ対称に置かれていた。家具はどれもお揃いだったが、一方は少女趣味あふれる小物や装飾品に埋まっていて、もう一方はそのままの殺風景な光景だった。
「こっちはずっと亜梨子ちゃんのために空けてあったから、自由に使ってね」
 そう言われると本当に自分がこの家のお嬢様のように思えて来るけど、目の前の何の飾りっ気もない家具を目にすると、まだ実感がわかない。どちらかというと、クラスメイトのお嬢様のお屋敷に泊まりに来た庶民の娘って気分だった。
 部屋の端にはクローゼットの扉がある。大きな部屋の割にはこじんまりとしたクローゼットだと思ったら、それは単なる扉で、中はそれなりの大きさのウォーク・イン・クローゼットになっていた。そしてすでに何着かの服が入っていた。
「サイズは満梨花ちゃんに合わせて用意したんだけど、違ってたり、気に入らなかったら言ってね」
 春香はそう言ったが、どれも自分の普段着みたいな、そこらの量販店で買ったような安物でないのは確かだった。気に入らないなんてとても言えたものじゃない。
「夕食になったら呼びに来させるから、持ってきた荷物を開けてらっしゃい」
 春香はそう言って出て行った。後には自分と満梨花だけが残った。
「大きな荷物ね。なに持ってきたの?」
 満梨花は珍しそうに覗き込んでくる。その視線はリュックの中身というより、リュックにくくりつけられた大きな包みに注がれてるようだった。
「そうや。パパってどんな人なん?」
 亜梨子は満梨花の問いを無視するように言った。春香に訊こうと思ってたことだったが、言い出しにくくてつい訊きそびれてしまったのだ。
「どんな人って言われても……優しい人かな」
 主観に基づく漠然とした答えだった。もちろん、亜梨子の期待したのはもっと具体的な父親像である。
「そんなら、日曜日に遊園地とか連れて行ってくれるん?」
 優しいと聞いて亜梨子が思い描いたのは庶民的なマイホームパパだった。
「遊園地って、ジェットコースターとか観覧車があるところね……」
 観覧車は街の中にもあるとツッコもうかと思ったが、やめた。
「うちは特別だから、そういうところは連れてってもらったことは無いわ」
 満梨花は少しだけ寂しそうな顔をして訊き返した。
「亜梨子ちゃんは洋子ママに連れてったもらったことがあるの?」
「小さい頃にね」
 異変の影響で二十年延期され、一九九〇年に開催された大阪万博の跡地にある大型遊園地を思い浮かべながら亜梨子は答えた。大阪万博自体は亜梨子の生まれる何年も前の行事なので知らないが、遊園地に併設された記念公園には当時の面影を残す建築物がいくつか残っている。その一つである大阪万博のシンボルともいうべき大きなモニュメントの塔が亜梨子は好きだった。
「最近は行かないの?」
「ママかって忙しいんや」
 夏休み中はずっと留守になるからって自分をこの家に寄越したぐらいだし……。女手一つで自分を育ててくれてるんだから多忙も仕方が無いと思ってた亜梨子だけど、この家を見てからはちょっと考え直した方が良さそうな気がしてきていた。
「遊園地に行かへんのやったら、映画とかに連れてってくれるん?」
 亜梨子はレストランとかとも訊こうとしたが、思い留まった。メイドさんを何人も雇ってるお屋敷である。専属のシェフがいて、そこらのレストラン以上の料理が当たり前なのかもしれない。
「映画だったらお家で見れるよ」
 首を振りながら満梨花は答えた。
 居間にあった大きなテレビのことだろう。確かにあれくらい大画面で見たらビデオディスクの映像も迫力はあるだろうけど、でも、映画館で見るのとはやっぱり違うんじゃないかと亜梨子は思った。
「ほな、どこも連れてってもろたことあらへんの?」
 亜梨子は内心、満梨花がかわいそうに思えてきた。ひょっとしたら母親の違う満梨花だけ仲間はずれにされてどこにも連れてってもらえないのかとも思えたからだ。そうでないにしても、お金持ちの家ってのは退屈そうに思えてきた。
「そんなことないよ」
 満梨花はそう言った。
「毎年、八月にウエスト・ミッドガルドにバカンスに連れてってもらうの」
 ウエスト・ミッドガルドというのは、かつてヨーロッパと称されたユーラシア大陸(ミッドガルド大陸)の西方を差す現地名である。海外旅行なんて経験のない亜梨子にとっては、毎年海外でバカンスというのは違う世界の話のようだった。
「今年は亜梨子ちゃんも一緒だね」
 嬉しそうにそういう満梨花だったが、亜梨子は別のことを考えていた。
「キャンプとかには連れてってくれへんの?」
「リゾートホテルに泊まるから、キャンプなんかしなくていいよ」
 何か話がかみ合わないような気がしたけど、もうどうでもいいやと思った。
「やっぱし、林間学校、行きたかったなぁ……」
 亜梨子はがっかりとしたようにつぶやいた。
「もしかしてパパがキャンプに連れてってくれるかと期待したうちが間違いやった」
 重いのを我慢して背負ってきた一人用のテントセットが無駄になったとわかると、どっと疲れが襲ってきた。

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第03話「一卵性双生児」
「ごめんなさい。最初にちゃんと説明しとけばよかったわね」
 浴室から出てきて、ようやく落ち着いた亜梨子に春香は謝った。
「うちは家族が多くて時間のやりくりが大変だから、いつもお風呂は混浴なのよ」
「信じられへん……」
 亜梨子はぼそりとつぶやいた。
「うちの子たちは小さい時からずっとそうだったから、別に亜梨子ちゃんのことだって何も気にしたりはしてないのよ」
 亜梨子の裸を見たり、亜梨子に裸を見られたりしても何とも思ってないから心配は要らないって話らしいけど、納得はいかない。
 しばらくして、例の男の子も現れた。
「満梨花じゃなかったのか……」
 彼はまったく悪びれもしない素振りでそう言った。亜梨子はまた出て来た満梨花って名前に疑問を持ったが、それよりこっちの方が大事だとばかりに、絶対に許さないとかいう表情で彼を睨みつける。
 風呂場で投げ付けたシャワーのノズルは、ホースの長さが足りずに彼には届かず、落下音を響かせたのと、周囲を水に濡らしただけで終わってしまった。傍から見たらマヌケな行為だと思えたが、それだけに亜梨子の怒りは収まらなかったのだ。
「そんなの怒ることないじゃないか。お互い様だろ。見られるのが嫌だったら風呂の前のボードに男子禁止のプレートを貼っとけよ」
 その言葉がまた亜梨子の怒りに火を注いだ。それにボードとかプレートとかなんて知らないし……
「お風呂のボードのことは私のミスだから……亜梨子ちゃん、後でちゃんと教えるわね。浩樹くんも悪気がなかったのはわかるけど、亜梨子ちゃんはこの家は初めてなんだし、女の子の裸を見たのには違いないんだから謝っておきなさい」
 春香はそう言って2人を宥めようとしたが、彼は従おうとはせずに、そのまま居間を出て行った。
「素直じゃないんだから……ごめんなさいね。そうそう、亜梨子ちゃんに紹介しなきゃいけなかったのに……。ま、夕食時にはみんな揃うから、家族の紹介はその時で良いでしょ?」
 同意を求めるように言われたので、亜梨子は頷いた。
「今のは浩樹くんで、亜梨子ちゃんと同じ中学一年生ね」
 いうまでもなく、彼はこの家の子供らしい。亜梨子に対してあんな態度なのは、やっぱりこの家の正式な子供にとっては、愛人の子だか何だか知らない亜梨子の存在なんてのは邪魔だからってことだろうか。やっぱり、この家に来たのは間違いだったんじゃないかと亜梨子は思い始めていた。

 時を置かずに、今度はやはり同い年ぐらいの女の子が入ってきた。
「浩樹が不機嫌そうに出て行ったけど、何かあったの?」
 彼女の格好はグレーのTシャツに青いショートパンツという軽装だった。露出した腕や足の肌の色からスポーツ系のタイプみたいだった。亜梨子は自分に出された着替えがそうだったから、この家ではスカートしかダメかと思ってたのだけど、そうでもないようだ。ただし、Tシャツもショートパンツもスーパーで売ってるような安物ではなく、海外のファッションメーカーのロゴの入ったブランド品みたいである。
「ちょっとね……。それより弘美ちゃんはシャワーはいいの?」
「私は学校で浴びてきたから……」
 春香とそんなやりとりを交わしながら、亜梨子の存在に気付いた彼女はこちらをじっと見つめた。
「ふぅ~ん、この子か……。確かに満梨花とそっくりね」
 また、満梨花? 亜梨子は自分だけが除け者で会話が進められてるようでイラついて来た。
「亜梨子ちゃん、この子が弘美ちゃん。この子も中学1年生よ」
 今度は忘れないようにと春香は慌てて紹介した。
「ほな、さっきの子と双子なんや」
 しかし、即座に帰って来た答えは……
「違うわ」
 亜梨子は状況的に確信できることだと思って軽く口に出しただけだったのだが、その素っ気無い返事に少し困惑した。しかし、弘美は正解を述べることはなかった。
「ママ、今日の夕食の時間は?」
「今日はパパも一緒だから少し遅くなるわ」
「じゃあ、昼寝してくる」
 弘美はそう言って出て行った。
「愛想のない子たちでごめんね」
 春香はそう言って苦笑した。
「満梨花ちゃんは病院に行ってるけど、もうすぐ帰って来ると思うわ」
 あたかも亜梨子が満梨花を知っていて当然のように春香は言った。もう亜梨子は限界だった。
「満梨花って誰?」
 一瞬、空気が凍りついた。
「亜梨子ちゃん、本気で言ってるの? 冗談でもおばさんは許さないわよ」
 春香の目は真剣だった。
「だ、だって、うち、本当に知らへんねもん……」
 急に表情の変わった春香にびっくりして、亜梨子は少し涙ぐみながら言った。
「満梨花ちゃんのこと知らないって……洋子……お母さんから何も聞いてないの?」
 今度は春香がびっくりしたように言った。
「うん……」
 亜梨子の返事に、今度は困惑の表情を浮かべた。
「あの子ったら……」
 そして続けるように訊いた。
「それじゃ、お父さんのこととか、この家のこととかも?」
 亜梨子は全然という素振りで首を振った。
「仕方がないわね……」
 春香は観念したかのようにつぶやいた。
「いいわ。この家のこととかは、みんな後でお父さんに教えてもらうから」
 そう言ってから、今度は大切なことだと言わんばかりに春香は姿勢を正した。
「満梨花ちゃんはあなたと一卵性双生児の妹よ。あなたと一緒に洋子……さんから生まれてきたんだけど、小さい時から病弱だったから、洋子さんが出て行くときに、あの子だけうちで引き取って育ててきたのよ」
 自分と双子の妹がいるとか言われて、どう反応していいのか亜梨子は戸惑った。
「これはお願いだけど、満梨花ちゃんの前では知らなかったなんてことは絶対に言わないでね。あの子はずっとあなたに会えることを楽しみにしてたんだから……」
 確かに自分がずっと相手に会いたがっていたのに、その相手に自分のことなんか知らないなんて言われたら大ショックである。しかし、だからって満梨花という妹が目の前に現れたらどんな反応を示していいのか、亜梨子はわからなかった。

 その満梨花は程なくして帰って来た。
「あ、亜梨子ちゃんだよね!」
 はしゃぐような声の方を向くと、そこには自分にそっくりな顔があった。一卵性双生児っていうから想像はしていたのだけど、実際に自分と同じ顔をした人間を見るというのは奇妙なものである。普通の双子なら物心付いたときからそういうものだと理解してるからそんなことは無いのだろうけど、亜梨子はそれを自然に受け入れられるようになるのか不安を感じた。
「ずっと会いたかったよぉ!」
 満梨花はまるで飛びつくかのように駆け寄ってきて、亜梨子の手を握った。病院に行っていたというのを証明するかのように、満梨花からは少し医薬品の匂いがした。そして、顔や体格が同じでも満梨花は少し華奢で色白だった。
 亜梨子が何を言い返せばいいのか迷ってる間にも、満梨花は矢継ぎ早にいろいろと話し掛けてきた。勢いを掛けて噴き出してくる言葉に、この子は本当に自分と会うことを楽しみにしていたんだと実感した。それに比べて、何も言葉が出てこない自分は、なんて最低なんだろう。満梨花のことを何も教えてくれなかった母を、この時初めて本当に恨めしくなった。

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第02話「見知らぬ家族」
 コの字になった三棟からなる大きな洋館の屋敷の、真ん中の棟の玄関から中に通された亜梨子を迎えたのは、この家の奥方、つまり父親の正妻だと思しき女性だった。見た目、母と同じくらいの三十代半ばぐらいに思える。
「よく来てくれたね、亜梨子ちゃん!」
 女性は亜梨子を手放しで歓迎するような感じで、少し拍子抜けした。自分の旦那が他の女性に産ませた子供を歓迎するなんてことは、テレビドラマとかの中ではまずありえないことだったからだ。もちろん、表面だけそう装ってるという可能性もあるのだけど。
「ああ、初対面だったわね。私は春香、あなたのお父さんの今のお嫁さんよ」
 そう名乗られても、どう返したら良いのかわからない。
「春香……おばさま?」
「そうよ、初めましてね」
 春香と名乗った女性はそう言って微笑んだ。
「うち……いえ、私は亜梨子です。よろしくお願いします」
 亜梨子はぺこりと頭を下げた。
「亜梨子ちゃん、あなたは生まれた時からこの家の子なんだから、他人行儀にする必要はないのよ。気楽になってね」
 そう言って、春香は居間へ案内した。後ろに控えていたメイドさんたちが亜梨子のところにやってきた。日本橋のメイド喫茶にでもいてそうな若いメイドさんたちだった。いや、こっちではメイド喫茶があるのは秋葉原とかいうところだったかな。
「お嬢様、お荷物をお運びします」
 亜梨子の背負ってたリュックがたいそうな荷物だと思ったのだろう。慣れない申し出に断りそびれて、亜梨子はそれを預けた。外国の空港とかによくいると聞く偽ポーターとかじゃないんだから、盗られてしまうってわけでもないだろうし。

「ずいぶん大きな荷物だけど、いったい何が入ってるの?」
 廊下を歩きながら春香に訊かれたけど、亜梨子には答えられなかった。父親の家がこんな大きなお屋敷だなんて少しも思ってなんか無かったから、それを答えるのはみっともなくて恥ずかしい気がしたからだ。
(普通の家の優しいパパだったら、連れて行ってもらおうかと思ってたんだけどなぁ)
「学校の宿題以外で足りないものがあったら何でも揃えてあげられるから、そんなに荷物は要らないと思うんだけど……」
 確かに、こんなお屋敷に住むような家だったら何でもお金で簡単に揃えてくれそうだ。でも、亜梨子がその重い荷物に少しだけ期待を持っていたのは、けっしてお金では買えないようなささやかな思い出だった。たぶん、こんな屋敷に住んでいてはわからないような……

 少し大きな居間の中は冷房が効いていて、さっきまでいた炎天下とはまるで別世界だった。部屋の一方には五十型以上はありそうな大画面テレビが設置されていて、その脇にはいくつかのAV機器が並んでいた。それとは反対側にガラステーブルとそれを取り囲むように多めのソファーが並べられていた。ソファーはテレビの正面にも置かれていて、それだけでもかなり大勢くつろげそうだった。
「連絡くれれば迎えを出したのに、洋子……お母さんから聞かなかったの? こんな日差しの中を歩いてくるなんてびっくりしたわよ」
 春香は亜梨子をテーブルに向いたソファーに座らせると、内線で何かを指示した。程なくしてさっきとは別のメイドさんがグラスに注いだオレンジジュースを運んできた。
「あなたたちは生まれ付き直射日光には弱いんだから。そうでなくても、こんな日中に二時間も道路を歩いてきたら誰だって熱中症になっておかしくはないのよ。ちゃんと気をつけなさいね」
 確かにその寸前だったかも知れないと、ストローをすすり始めた。オレンジジュースそのものはそこらの市販のものと変わらないような気がしたが、生まれてから一番美味しく感じた。
 体が欲するままに、亜梨子は自分でも驚くほどの勢いで橙色の甘酸っぱい液体を吸収していった。ちょうど飲み干したのを見届けてから春香は言った。
「ずいぶん汗もかいたでしょ。お風呂はまだだけど、シャワーで流してらっしゃい」

 そういえば汗で濡れたシャツはそのままで、冷房の効いた部屋の中では体を冷やし始めていた。おまけにその汗のにおいが自分でもはっきりわかるくらいに漂い始めていた。
 さっき亜梨子のリュックを運んでくれたメイドさんの一人が浴室に案内する。
「着替えは用意してあるからね」
 自分の着替えなら持ってきてるのだが、急かされた勢いに口を開く間がなかった。浴室には別のメイドさんがいて、亜梨子のために用意したらしい着替え一式を持っていた。亜梨子がジュースを飲んでる間に手配済みだったらしい。

 何人か分のスペースのある脱衣場は、この家の風呂が一人用ではない大きなものであることを表していた。亜梨子は銭湯はしらないけど、小学校の修学旅行で泊まった旅館の風呂場がこんな感じだったことを思い出した。用意された着替えは案の定、亜梨子が着てるような安物のカジュアル服じゃなく、さっぱりとしたデザインではあったけどそれなりにするブランド品みたいだった。
 浴室はやはり一般家庭のユニットバスなんかとは違い、温泉旅館の大浴場を小さくしたような感じのタイル張りだった。シャワーが4個並んでるところをみたら、それくらいの人数が入れそうだ。
 春香の言葉どおり、浴槽はまだ空っぽの状態だからシャワーで汗を流すしかない。コックを捻るとすぐに温かいお湯が出てきたのには感激した。自宅のガス給湯器のシャワーはお湯が温かくなるまで時間が掛かるのだ。夏場は別に良いのだけど、冬場は堪える。
 そんな感じで、機嫌よく汗を流し始めた亜梨子だったが、しばらくして不意の出来事に襲われたのだった。

 亜梨子が髪を洗ってると浴室のドアが開いて誰かが入ってくる気配を感じた。大きな風呂だから他の誰かが一緒にシャワーを浴びに入ってきても仕方が無いと思ったけど、自分は今日初めてこの家にやって来た身であるから、誰がやって来たのかは気になった。
 まさかメイドさんの誰かが「お嬢様、お背中を流しましょうか」とかいうサービスまでしてくれるとは思わなかったけど、初対面の人ならどう対応すればいいか悩みどころである。
 しかし、次の瞬間、耳に入ってきた言葉に亜梨子はパニクった。
「なんだ、満梨花か」
 聴こえてきたのは男の声だった。満梨花って何?ってこともあったが、一番重要なのはそこではない。恐る恐る亜梨子が振り返ると、1つ置いた横のシャワーに同い年ぐらいの男の子が立っていた。しかも、真っ裸で。
「う、う、ううう……」
 亜梨子は何か叫びたかったが、とっさのことで声が出ない。
「どうしたんだ? 満梨花」
 相手はこちらを向いた。少しも隠そうともしない見てはいけないものが亜梨子の視界を直撃してしまった。
「い、い、いやぁ! へんたい!」
 次の瞬間、無意識のうちに亜梨子は手にしてたシャワーのノズルを相手に向かって投げ付けていた。

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