もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第04話「ありすと委員長」
 ありすがやってきて半月ばかり経った土曜日。私立の進学校であるうちの高校に土曜休校などというものは無く、平日の朝と変わるところは無い。
「おはよう、お兄ちゃん」
 洗面台で歯磨きを終えた僕に順番を待ってた寝ぼけ眼のありすが声を掛ける。
「ああ、おはよう」
 そう、挨拶を返すのも慣れてきたとはいえ、まだ何かギクシャクとする感じだ。寝起きのありすはまだパジャマ姿で、触れれば壊れそうなほど無防備な容姿をさらしている。おまけに当人曰く「新聞やテレビが見れないのは困る」とばかりに家でも一日中眼鏡を掛けてるありすも、この時だけは素顔をさらけ出していて、毎朝かわいさを実感できる至福の瞬間である。
 声優さんには目が悪い人が多く、ビジュアル系のアイドル声優でふだんは素顔でメディアに出てる人でもアフレコスタジオでは眼鏡を掛けてることが多いとかいう話だけど、それは日常生活では掛ける必要が無く、とくに目を使うときだけ掛けてる人の話。ありすみたいに一日中眼鏡を掛け続けてるぐらいならコンタクトレンズでも使ってた方がタレント的には有利だと思うんだけど、当人は何かトラウマでもあるのか、それともこだわりなのか、顔出しの仕事で必要なとき以外は眼鏡を掛け続けてるらしい。
 ま、ありすの視力がどの程度のものなのか僕は知らないけど、朝、眼鏡を掛けていないときはたまに洗面台ではなく、トイレのドアに向かって歯を磨いてるのを見掛けたことがある。単に寝ぼけてただけかもしれないけど……

 そんなわけで、あくまで実用本位の眼鏡のフレームは外見的に少しきつい印象を周囲に与えてしまってるみたいで、転校から半月も経てばクラスではそれなりの評価が下されてしまっている。
 ま、本人の性格はまんざら悪くも無いのでほどほど打ち解けてはいるのだけど、少し気の弱い同性のクラスメイトからは敬遠され、そして何かと仕切り屋タイプのクラスメイトには反感を抱かれてるようだった。で、そんな人間関係が家族である僕の目にまっすぐ飛び込んでしまうことはありすにとっては嫌なことだっただろうし、僕だって気分のいい話ではない。家族が同じクラスにいるというのはこういうところで困りものである。
 そして問題はこの日の終業後に起こった。

 土曜日は半日授業なのでお昼に授業が終わると、僕は急いで帰り支度を始めた。このところ平日の放課後はずっとはるなの同人誌作りに付き合わされてるから、土曜ぐらいはまっすぐ家に帰ろうと決意していたのだ。もちろん、まっすぐ家に帰ったからってとくにするべき用事は無いのだけど。
 幸いはるなは四時間目の世界史の先生に言いつけられ、教材の運搬を手伝わされていて教室にはいない。この機会を逃がすわけにはいかない。僕は速攻で学校を飛び出そうと席を立った。そして教室の外に向かって駆け出そうとしたとき、不意に大声で呼び止められ、足が止まった。
「待ちなさい、沢村さん!」
 声の主はクラス委員長の北村あやかみたいだけど、僕は彼女に「さん」付けで呼び止められる覚えは無い。何かで呼びつけられるときはいつも「くん」付けだったはずだ。恐る恐る声がした方向に振り向くと、声の主はこちらを見ているわけではなかった。その視線をたどると、その先にはもう一人の沢村姓を持つクラスメイト、つまりありすがいた。
 なんだ、僕のことじゃないのかとまずは胸をなでおろした僕だけど、あやかの声が穏やかそうじゃなかったので、ありすが何か問題を起こしたのではないかと気になり、おちおち帰れなくなってしまった。
「沢村さん、あなた今日の日直でしょ!」
 どうやら日直の仕事をサボって帰ろうとしてるありすを咎めてるらしい。
「わたし、急いでるから天野さんに代わってもらったのよ」
 ありすのそばにいて名指しされた天野さんはこくりと頷いた。天野さんはどのクラスにでも一人はいるような気の弱そうな女の子で、他人から頼まれたことは断れないというタイプである。ありすにすれば近くの席にいて親切そうな相手に頼んだだけなんだろうけど、どうやら委員長のあやかは天野さんの気の弱さに付け込んで、ありすが無理やり押し付けたと思ってるんだろう。
 ま、今度、天野さんが日直のときにありすが代わってやると言っても、天野さんはそんなこと出来なさそうな人だから、押し付けたというのも実質的に合ってるのかも知れない。でも、転校して来てからまだ半月しかならないありすに、そこまでの機微を求めるのも酷というものだ。
 しかし、自分の正義に反することには厳しいあやかは、寸ともありすを許そうという気配は無い。
「そんなこと通用すると思ってるの!」
 ここは何とかあやかの誤解を解いてやるのが、曲がりなりにも兄としての勤めなんだろうけど、こういう正義モードに入ったあやかを相手にすることはクラスの誰もが敬遠してしまいたくなるほど困難なことだ。
 僕は帰りがけで突っ立ったまま、どうするべきか考えあぐねていた。ここでありすを見捨てたら兄としての印象は悪化してしまうだろうし、かといってあやかに立ち向かうだけの度胸は無い。第三者が現れて助けてくれたら良いんだけど……などと無責任に逃げの思考を始めたときだった。
「あ、お兄ちゃん!」
 ありすは僕の存在に気付いたように、こちらを向いて大声でそう叫んだ。言うまでも無く、それは助けを要請する叫びに感じた。覚悟の出来ていない僕は、とっさに何をすべきか戸惑った。相手がありすじゃなかったら全然知らんぷりをして脱兎のごとく逃げ去ってたところなんだけど、兄としての躊躇が逃げる機会を失わせてしまった。
 おまけにありすの声に釣られて、あやかまでこっちを振り向いてるし……冗談じゃない。これまで何事も無くやってきたのだし、これからもクラスの中で委員長ににらまれるような存在にはなりたくないぞ。ありすの問題はありす自身の問題であって、血のつながらない僕には何の責任も無いからな。
 しかし、事態の急変は一瞬に起こった。
「あと、よろしくね!」
 僕に向けたと思わしきありすの声は予期せぬ方向からやって来た。ありすはあやかの注意が僕の方に向いたのを見計らったように素早く教室の出口まで移動していたのだ。そして、ありすはそう言うと一目散に駆け去ってしまった。
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい!」
 慌ててあやかが呼び止めようとするが、もう後のまつりである。敵の不意を突いた見事な逃亡だった……などと感心してる場合じゃない。ありすに逃げられたあやかの矛先は当然のように僕に向けられてくる。
「沢村くん……妹さんの不始末は当然、お兄さんが償ってくれるんでしょうね!」
 あやかは振り上げた拳を僕の方に向けることでありすに逃げられた不始末から自分のメンツを守ろうとしてる様子で、怖い表情でこちらに迫ってくる。
「わ、わかったよ委員長。日直の仕事は僕が代わってやっておくから」
 理不尽な気がしたけど、今の委員長には逆らわない方が良い気がする。いくら兄妹だからって連帯責任だなんて校則は無いはずだが、ここで下手に言い逃れなんかしようものなら、後でどんな火の粉が降り掛かってくるかわかったものではない。放課後に残った日直の仕事程度でこの場が収まることなら、それに越したことはない。
「あと、本人にちゃんと言い聞かせておくのよ!」
 あやかはそう言うと、荷物をまとめて去っていった。いつのまにか教室に残ってる生徒もまばらになっていたので、僕はさっさと仕事を片付けようとしたが、そこで天野さんと鉢合わせしてしまった。
「私が沢村さんに頼まれたから……」
 彼女はそう言って、自分が日直の仕事を続けようとする。
「天野さんはいいよ。ありすの代わりは僕がやるから……」
 僕はそう言って彼女と代わろうとするが、彼女は手を止めない。
「私が頼まれたんだから、私がやります」
 彼女は何か脅迫観念に襲われてるような表情だった。まさか、自分がやらないとありすにいじめられるとでも思ってるんじゃないだろうか。
 仕方がないから仕事を二人で手分けしてやることにした。半分の労力でもやったことはやったことで彼女も満足するだろうし、僕も仕事が半分になればもうけものである。
 しかし、ありすは何を慌てて出て行ったんだ? そう思ってよくよく思い出してみると土曜の午後からは『ドキドキファンタ』のアフレコがあるとか言ってたっけ。先週も先々週もそう言ってありすの帰りが遅かったような気がする。
 声優の仕事、それも『ドキドキファンタ』のアフレコなら仕方がない。最初は家に帰ったらありすに思いっきり文句を言ってやろうというくらい頭に来てたんだけど……
「愛しのファンタアップルのためなら日直の仕事を代わってやるくらいかまわないか……」
 黒板を拭きながらそう呟いていたら、いつのまに教室に戻って来てたのか、それをはるなに聞かれてしまった。
「それはええ心掛けや。その調子であんたのファンタアップルへの愛情を同人誌に叩き込んでくれへんか」
 結局、今日もはるなに捉まって、同人誌作りに付き合わされるはめになってしまった。
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第03話「関西弁の悪魔の誘い」
 六時間目の授業が終わり、ありすが転校してきた最初の長い一日は終わろうとしていた。肝心のありす自身は終業のチャイムとともに速攻で教室から姿を消していた。別に正体がバレて騒がれるのを恐れたとか、ありすが年季の入った帰宅部少女だとか、あるいは人気ゲームの発売日だったとか、そういうことではない。
 現役高校生のアイドル声優として人気上昇中の一条ありすは、この歳で声優やってることからわかるように、養成所や専門学校上がりで大手の声優専門のプロダクションに所属しているわけではなく、児童劇団の子役上がりで、現在のタレント活動も劇団の事務所を通している。
 児童劇団といってもメインは小学生前後の児童だけれども、中学生や高校生の子役の需要も無いわけではないから成長しても劇団に留まり続けているメンバーもいる。もっとも、学業とか本人の意思とかで劇団を離れていくメンバーも歳が上がるに連れて多くなり、さらに本格的なタレント活動を目指すメンバーはその専門の方面に移っていくから、高校を卒業した後も残るメンバーはごくわずかである。そういうわけで高校2年生のありすは劇団でもかなりの年長組に入るから、一般の児童の劇団員とはレッスン等も完全に別メニューになっている。
 ありすの所属する児童劇団、《劇団うみすずめ》は主宰者の意向もあって学業時間内の活動は仕事にしろレッスンにしろ行わないことになっている。そんなわけでありすの場合、声優の仕事は基本的に土日だけ、それ以外に週2回、放課後に劇団に通って演技のレッスンを受けている。
 ありすが速攻で姿を消したのは、今日がそのレッスン日に当たっていたからだ。前の学校に比べると劇団までの時間は二倍くらいになったというから、平日のレッスン通いも大変みたいだ。

 そんなことを思いながらゆっくりと帰り支度を整えていると、まりあが不機嫌そうにふくれっつらしてやってきた。
「あーちゃん、もう帰っちゃったの? コスプレの話しようと思ってたのに……つまんない」
 ま、ありすはそんな話、したくなかったと思うぞ。ありすにとっては今日のレッスンは逃げるためのいい言い訳になったわけだな。
「そうだ。今日、けーちゃんの家、行っていい?」
「却下」
 僕は即答した。
「どーして? あたしが用があるのはあーちゃんよ」
「ありすなら来てもいないぞ。用事で遅くなるって言ってたからな。それにおまえ、見たいアニメがあるときは断りもせずに勝手に上がり込んでるくせしやがって」
 貧乏なまりあの家にはいまどき珍しくテレビすらない。見たいアニメがあるときは昔からうちに来て見てるのだ。そんなアニメの視聴環境だから、こいつの見るのは平日のゴールデンタイムか土日の日中に放送してるアニメばかりで、深夜アニメなどという禁断の果実を目にしたことは無いはずだ。
 こいつの貧乏人感覚からすればビデオデッキなどという高級品は学校などの公共施設や金持ちの家にしかないことになってるので、一般家庭で深夜アニメを録画して見られるとは思ってもいないらしい。
「だって、ちーちゃんはいつでも見に来ていいって言ってくれたよ」
 ふつう、それは社交辞令だとか世間のご愛想だと受け取らないか?
 いや、ちとせは我が双子の姉ながらかなり天然の入ってる人間だから、本気でそう思って言ってるような気はするけど、それでも普通は遠慮するだろ。
「テレビぐらい粗大ゴミの日にでも出歩けば、そこらでそれなりのもの拾って来れるだろ」
「あ、けーちゃん知らないんだ。今は家電リサイクル法とか出来て、テレビをゴミに出したらいけないんだよ」
 貧乏人のくせに、変に知識だけはあるやつである。
「じゃ、捨てる代わりに貰ってきてやったら感謝されるだろうが」
「それはそーなんだけどね……テレビなんか持ってたら電気代が掛かるとか、公共放送の集金が来るとか、生活保護が受けられなくなってしまうからって父さんが許してくれないんだよ」
 いまどきテレビを持ってるぐらいで生活保護を受けられなくなるかどうかってのは知らないけど、まりあの父親なら言いそうなことではある。
 そう、まりあの家は生活保護で暮らしてる父子家庭だった。父親がアル中で身を崩し、母親が愛想を尽かして逃げていって、今では廃人同然の父親とまりあの二人暮しである。家はうちの近所の今にも壊れてしまいそうなボロアパート。家賃は安そうだけど、それでも生活保護のお金から家賃を引いたらろくな生活費は残るまい。
 以前は地区の福祉委員の人が何とか父親を更生させようとしてたみたいだけど、もうとっくに見放して、事務的に生活保護が下りて来てるだけみたいである。
「しかし、おまえ、そんな貧乏なのによくうちの高校なんか入れたな」
「だってあたし、学費全額免除の特待奨学生だもん」
 そういえば昔から試験の成績だけはインチキみたいに良かったやつである。学費全額免除といっても教材費や教科書代は実費だけど、教科書は一学年上の先輩のお下がり、その他もアルバイトで何とか間に合わせてるらしい。
 まりあは結局、今日はありすと交渉できないと知ると、がっかりしたように去って行った。

 余計な邪魔者もいなくなったところで僕もさっさと帰ろうと席を立とうとしたとき、不意に背後から呼びかけられた。
「沢村~~、ちょっと話があるんやけど」
 妙になれなれしい関西弁の女の子の声に、僕は嫌な予感がしてびくっと身震えた。そして恐る恐る振り返ると、すぐ後ろの席の萌黄はるながニヤニヤしながら立っていた。学年の初めに大阪から転入してきたこてこての関西人少女である。
「あんたの妹とかいう今日来た転校生のことやけどなあ。他のクラスメイトは騙せても、うちの目は騙せへんで」
 すでに確信を抱いたかのように目をきらりと光らせて、はるなは僕に迫って来た。ありすのことというと、やっぱり……ついに来るものが来たかと僕は焦った。
「何のことかな?」
 どうにかして話題をはぐらかせたかったが、とっさにネタが浮かばない。
「とぼけんでええよ」
 はるなは見透かしたように言う。
「あの子の正体は、一条ありす。『ドキドキファンタ』で売れっ子の人気アイドル声優やな」
 じばりストレートな指摘に誤魔化すすべも無い。
「まぁ眼鏡っ子ぶって顔を隠しとるのは正体知られとうないゆう理由があるんやろうけど、うちが言いふらしたらその目論見はパーやな」
 いや、眼鏡を掛けてるのは本当に視力が悪いかららしいけど……
「いったい何が言いたいんだ?」
 はるながこのことをネタに何かを脅迫しようとしてるのは察したけど、何が狙いなんだろ? ありすには悪いけど、とくにありすから頼まれてるわけでもないから守秘義務の優先順位はあまり高くない。割に合わない要求を出されたら「どうぞ正体をバラしてやってください」と言って逃げるだけだ。そんなふうに要求に対するボーダーラインを見積もり始めた僕に、はるなの出した要求は意外なものであった。
「あのなぁ……うちと付き合ってくれへんか?」
 それは告白か?
 はるなは傍目から見ればそれなりにかわいい部類の女の子に見える。でも、どぎつい関西弁と、それに伴って発せられる関西人根性が著しく品位を下げてるようで、少し遠慮したいタイプだ。こいつと付き合えるのは本場の関西人、吉本のお笑い芸人みたいな人間ぐらいだろうと僕は思う。
「ええな?」
 僕が返事に給してるのに、はるなは強引に突付いてくる。
「お、おい。まだオレは……」
 お前と付き合うだなんて言ってないぞと、はるなのペースに巻き込まれないように必死で抵抗を試みようとする僕だったが、そんなことお構いなしといった感じではるなは強引に進めようとする。
 冗談じゃない。いくら生まれて以来、彼女いない歴十数年の僕だって、女の子なら誰でも良いってわけはない。自分の付き合う女の子はもっと慎重に選びたいぞ。
「何ぐずぐずしてるねん。早う行くで!」
 渋る僕の腕を無理やり引っ張り、はるかは何かに切迫してるかのように勢い強くどこかへ連れて行こうとする。
「さあ、着いたで!」
「こ、ここは?」
 そこは漫研の部室だった。
「夏のモエケットで『ドキドキファンタ』の同人誌出すんや。人手が足らんから沢村にはきっちり働いてもらうで!」
 どうやら付き合えというのは同人誌作りに付き合えってことかいっ! 交際してくれとかいう解釈は僕の勘違いだったらしい。こいつには現実世界の恋愛感情なんて欠片も持ち合わせていないんだろうな。僕はまじまじとはるなの顔を見つめながら思った。
「それから、もう一つ頼みがあるんやけど……」
 はるなはずうずうしくさらに要求を追加するつもりらしい。
「一条ありすのサイン、もらって来てくれへんか? うち、ファンやねん」
 おいこら。ありすのファンがありすの正体をネタに僕を強請るか?
「悪いな。プライベートでその手の依頼は受け付けないことにしてるから」
 これもありすに頼まれたことではないけど、気を利かせたちとせに強く釘を刺されてることだった。
「サインが欲しいなら、サイン会のイベントでもチェックしとくんだな」
 はるなは少しがっかりした表情を見せた。
「しゃあないな。じゃ、沢村には夏の同人誌だけで勘弁してやるわ」
 何が勘弁してやるだ、この脅迫犯め……と怒鳴りつけてやりたかったけど、ありすのことで騒ぎを起こしたりもできないから、結局その要求を呑まざるを得なかった。この瞬間、薔薇色の夏休みとかいう僕の予定は消し飛んでしまった……

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第02話「貧乏少女の襲来」
 当然それは予想できる事態だったし、阻止されなければならないことだった。しかしながら、この日やって来た転校生・沢村ありす……海外に行ったきり帰って来ない父親の再婚相手の連れ子、要するに血の繋がらない妹の存在が僕の学校生活のパターンを狂わせてしまっていた。
 いや、ありす自身が何かしたわけではない。しかし、学期の始まりでもないこんな時期にいきなり転校生として現れた妹の存在というのはクラスの話題にならないわけがない。担任がああ言った以上、事情を聞かれれば素直に答えるのはやぶさかではないが、多くは興味本位に「血の繋がらない妹」だの「眼鏡っ子」だののキーワードで僕の反応をからかおうとするものだった。
 第一、僕は眼鏡っ子なんかに興味は無いし、「血の繋がらない妹」ってだけで妹に萌えられるならそれこそ願ったりであるけど、現実はそんなものじゃない。
 もっとも、ありす本人は転校初日だからか、八方美人を装うのに若干の萌えっ気を振り撒いているのだけど、このことが僕を取り巻く事態の悪化を招いてる気がするのは間違いではあるまい。この辺り、ありすの幼少からの児童劇団での芸歴は侮れない。

「ごちそうさま!」
 そう、その言葉で僕は日常の学園生活の現実を思い出したのである。もうすでに手遅れではあるけど。
 目の前にはロリっ気たっぷりの小学生……ではなく、こう見えても同じクラスの女子であるまりあが満足そうにニコ笑んでいた。そして彼女の前にはすでに空っぽになった僕の弁当箱が。
「いつもながら、ちーちゃんのお弁当って美味しいね」
 他人様の弁当を勝手に平らげておいて同意を求めるんじゃねぇっ! ちなみにちーちゃんというのは僕の双子の姉のちとせのことである。高校に入って給食が無くなってから毎日、僕の弁当はちとせが作ってくれている。でも、通算してその弁当の半分ぐらいは今日と同じように、まりあに食われてしまってるわけだが……
「だいたい、なんでおまえはオレの弁当ばっかり盗み食いするんだよ。他の女子に分けてもらえばいいじゃないか」
 ふつう、女の子が彼氏に弁当作って来ることはあっても、男子から弁当横取りしたりはしないだろ。
「だって、ちーちゃんの弁当、美味しいんだもん。それにあたしたち将来を誓った仲じゃない」
 誓うか、そんなもん。
「おまえが勝手にそう言ってるだけだろ」
 そう、幼い頃、まりあは一方的に僕のお嫁さんになってあげると言ってから、馴れ馴れしく僕に付きまとっているのである。
「そんなにちとせの弁当食いたいんなら、ちとせに金払って作ってもらえよ。オレの弁当タダ食いするなんざ、立派な犯罪行為だろ」
「フィアンセだから分け合って当然でしょ」
 結局、何を言っても最後にはそこに行きつくことになってる。分け合うというのはギブ・アンド・テイクだぞ。一方的にテイクだけしてるやつの言うセリフじゃないだろ……などという反論は数え切れないくらいした記憶があるが、効果があった試しは無い。
 そんなにフィアンセ、フィアンセって言うなら体で払わせたって文句は無いだろ……と思ったことも一度や二度ではないけど、そんなことしたら本当に一生付きまとわれてしまいそうだから怖くて実行に移せない。その道のクラスメイトに言わせれば、まりあは典型的なロリ萌えキャラでたまらないそうなんだけど、あいにく僕にはロリ萌え属性なんか無いので興味の対象外だし。
 フィアンセなんて言葉を僕に対する武器に使いたければ、女子高生らしい容姿と身なりと萌えを身に付けることだな。例えば、素顔のありすみたいに。いや、こいつもふだんは萌えなんか欠片も無いんだけど、美少女っぽいのは異論はあるまい。なんたって、今、人気のアイドル声優だからな。
 ……とか思いながら今日の昼食はどうしようかと考えあぐねていると、そこにありすがやってきた。
「お兄ちゃん、お弁当、もう食べたの?」
 同い年のクラスメイト、それも昨日までは赤の他人だった女の子にお兄ちゃん呼ばわりされるのは、何かとても落ち着かない気分で、それはそれで違和感大有りなんだけど、今はそんなことに構ってる場合じゃない。
「オレが食ったんじゃない。ここにいる貧乏人に食われてしまったんだ」
 僕はまりあを指差して言った。
「ええと……」
 ありすはまりあを見て何か思い出そうと頭を捻っていたが、転校初日からクラスメイトの名前と顔、全部覚えられるわけでもあるまい。
「近所に住んでる貧乏人のまりあだ。貧乏人だから苗字は無いと思う」
 弁当泥棒をまともに紹介してやる気も無いので、僕は適当に教え込もうとしたが、まりあはたちまち反駁した。
「苗字ぐらいまりあだってあるもん! 国分寺だよ。国分寺まりあだよ!」
 僕が本当に無いと考えてると思ったのか、まりあは必死になって自己主張する。
「国分寺さんね、よろしく」
 ありすは相変わらずまりあに対しても営業萌えを振りまいてる。ありすのことなんか眼中に無いって感じで懸命に僕に主張してたまりあだったが、その一言を聞いた途端、ぴくりと何かに反応した。
「あ、りんごタンだぁ」
 しまった……と僕は思った。こいつにはこの特技があったんだ。
 りんごタンこと青森林檎というのは『冒険少女隊ドキドキファンタ』で主人公ファンタ・アップルに魔法で変身する女の子のことである。ドジで貧乏臭くて萌えっ気の欠片も無い、変身後のファンタ・アップルとは大違いのキャラだから僕的にはあまり興味が無いのだけど、似た境遇に親近感を覚えているのか、まりあにはいたくお気に入りのキャラらしい。
 しかし、問題はそんなことではない。こいつの特技というのはいかなるアニメキャラであろうと声優ごとに声を聞き分けられるってことである。それは往年のベテラン声優からちょい役ゲスト出演の新人声優まで、ほぼ100%的中するという恐ろしい特技なのだ。そのまりあの耳が、ありすの声と青森林檎の声を同じと判断したってことは、ありすが人気アイドル声優・一条ありす本人だと見破ったってことである。
「りんごタン……そう、あなたはりんごタンよ!」
 まりあは確信を抱いたかのように言い放った。まさか、このままクラス中にありすの正体を明かしてしまうんじゃないだろうな。
 正体がバレてどうなるってことはわからないけど、本人が自己紹介でも触れてなかったし、わざわざ眼鏡で素顔を隠してるからには、積極的に知られたいってことではないのは確かだろう。いや、別に僕自身、ありす本人から口止めされてるわけでもないのだけど……
 見ればありす自身もどう反応したら良いのか、戸惑ってる様子だった。
「本物のりんごタンそっくりの声だから、あなたにはりんごタンのコスプレやらせてあげる!」
「へ?」
 僕とありすは意味不明なまりあの宣言に一瞬言葉を失い、顔を見合わせた。
「今度、夏のモエケットでコスプレ参加するんだ。あーちゃんも一緒に連れてってあげる!」
 さりげなく勝手にあーちゃんなんて呼び方決めてるし……
 モエケット(萌え萌えアニコミマーケット)というのはアニメやマンガの同人誌に限定した、毎年、春夏冬の三回を東名阪3都市持ち回りで開催されている日本でも指折りの同人誌即売会であり、出店参加とは別にコスプレ参加も募集している。そういえばまりあはそのロリ体型に目を付けられて、うちのアニメ研の連中にコスプレ要員としていつも借り出されている。
 まりあ曰く「タダで服を作ってくれて、ついでにごはんを奢ってくれる」だそうで、貧乏人のまりあには手軽な飯代稼ぎみたいなつもりなんだろうけど……それは少し違うと思うぞ。だいたいそんな服もらったって、外に着て出歩けないだろ。
 それはさておき、声でコスプレ決めてどうするんだ? いや、この発言でまりあがありすの正体には気付いて無さそうなことは確信したけど……そういえばこいつ、アニメキャラの声には異様に鋭いくせに、その声を出してる声優さんにはまったく興味を持ってなかったみたいだったな。きっと、林檎の声を一条ありすって声優が出してるってことも知らないのかも知れないな。
「コスプレするの? 私が?」
 あまりの唐突なことで理解しきれていないらしいありすは、首を傾げながらそうつぶやいた。いや、どうせありすにやらせるのなら、青森林檎よりも変身後のファンタ・アップルのコスプレを見てみたいぞ。でも、どうせ後になって事態を把握して冷静になったら、ありすだってそんなの断るだろうにきまってるけど。
 ともあれ、ありすの正体について当分の危機は去ったと思った僕は、まりあのせいで食いそびれた昼食を補完するため学食に向かって席を立った。その時、背後で怪しげな眼光が僕のことを見つめていたのには気付かなかった。

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第01話「妹はアイドル声優」
「いもうと、いりませんか?」
 学校から帰宅し、家に入ろうとした僕は、ふと背後から聞こえた声に振り向いた。そこには牛乳ビンの底があった。
「い・も・う・と、い・り・ま・せ・ん・か?」
 牛乳ビンの底から再び同じ声が聞こえた。それも、かわいい女の子のような声で……
 いや、もとい。「かわいい」が掛かっているのは声だけだから、正しくは、女の子のようなかわいい声で、だ。いまどき宅配の牛乳なんてのも珍しいから最近の牛乳ビンにはそんなギミックでも追加されてるんだろうかとか思ったりもしたが、それよりもこんなところに牛乳ビンがあることの方が謎である。もちろん、我が家で牛乳をとってるわけではない。
「あの……」
 牛乳ビンはさらに何かを話し掛けて来た。いや、牛乳の宅配の勧誘なら要らないんだけど……。そう答えようとした僕に、声は続けた。
「妹は要りませんか?」
 い、妹? 牛乳の勧誘じゃなかったのか? 最近は妹を宅配してくれる時代になったのか?
 僕は改めて牛乳ビンの底を見つめた。そして、ようやくその牛乳ビンの底は何かの一部であり、その下に人の顔らしい輪郭があり、さらに全体では女子高生の制服を身に付けた人型の存在であることに気付いた。
 マンガやアニメでしか見たことがないようなものだが、その牛乳ビンの底は分厚い眼鏡のレンズだったようだ。すると、そこにいる女子高生の格好をした存在は、典型的なド近眼のがり勉少女とかいうものではなかろうか?
 いや、マンガならこの分厚い眼鏡の下に飛びっきりの美少女が隠されてるってパターンだけど、現実的にそんなのは期待出来ない……などと僕があれこれ考えていると、返事を貰えない彼女は心細そうにもう一度訊ねた。
「妹なんて、要らないのですか?」
 妙に感情のこもったその問い掛けに、僕は思わず答えてしまった。
「要らないなんて言ってないよ」
 すると、その言葉を待っていたかのように彼女は僕に抱き付いて来た。
「ありがとう、お・に・い・ちゃ・ん!」
 この声、どこかで聞いたような……ふとそんな気がしたが、それよりいくら牛乳ビンの底とはいえ女の子に抱き付かれたことで、僕は大いに戸惑ってしまった。そんな僕の顔を間近で見上げながら、彼女は眼鏡を取って微笑んだ。
「き、君は……」
 僕はその顔に見覚えがあった。そして声にはそれ以上に聞き覚えが。
「妹のありすだよ。これからよろしくね。ムギュっ」
 彼女は今放映中の人気アニメ『冒険少女隊ドキドキファンタ』の主人公で萌えキャラ、ファンタ・アップルの口調でそう言いながら、僕を一度強く抱き締めると、離れた。
 少し距離を置いて見る彼女の素顔は間違いなく一条ありす……ファンタ・アップル役で人気の高校生アイドル声優その人だった。

「どう? 驚いた?」
 声の出ない僕に別の声が聞こえて来た。いつのまに現れたのか、ありすの隣にもう一つの人影……僕の双子の姉であるちとせがいた。
「せっかくの出会いだから、印象的に演出してみたの」
 ちとせはそう言うと、ありすと顔を見合わせて笑い転げた。
 演出? すべては仕組んだことだったのか? じゃあ、出会いって何だ?
「妹ってのもウソなんだな?」
 騙された気分で悔しくなった僕はそう言って訊き返した。本当にウソだったら悔しすぎる。いや、現実的に考えたらウソの可能性の方が高いんだけど。
「ううん、それは本当よ。お兄ちゃん」
 ありすはそれまでと違って作りの無い普通の女の子らしい声で言った。おそらくこれが地声なんだろう。
「パパが向こうでありすちゃんのママと再婚したのよ。それでありすちゃんが同居することになったってわけよ」
「再婚? そんな話、聞いてないぞ」
 僕とちとせの父は現在、海外に単身赴任中で仕事が忙しいのか、もう何年も帰って来てない。母は僕たちが小学生の頃に病死している。父はそれ以来、仕事に没頭するようになったから、まさか再婚なんて話があるなんて想像もしてなかった。ま、僕たちも実際に海外での父の生活を知ってるわけじゃないから、どこまで仕事に忙しいのかは知ったことではないけど。
 でも、僕にとっては今初めて聞いたことで寝耳に水だったのに、ちとせはどうして知ってたんだ?
「日曜日、ありすちゃんから電話があったから、パパに問い質したのよ。敬ちゃんには印象的な出会いを体験させてあげたかったから黙っていたけど」
 おいおい、日曜から今日まで僕を騙し続けてたってわけかよ、この天然ボケ女。双子の弟の僕が言うのも何だけど、ちとせは典型的な天然ボケで、時々こういう非常識なことをして僕を困らせてくれる。本人には悪気は無いんだろうけど。
「そんなわけだから、敬ちゃんもちゃんとありすちゃんのこと家族として扱ってあげなさいね」
 ちとせはそう言って一方的に締めくくった。「家族として」というところに何か心持ちアクセントがあるような気がしたけど、義理でも妹なら当然のことだろ。それとも、異性として意識するなってことなのか? いや、僕だってそのくらいの常識はわきまえてるつもりだけど……
 僕はそう思いながらも、もう一度ありすを見た。素に戻ったありすは笑顔を続けていたが、そこにはもうファンタ・アップルの萌えの気配は欠片も無かった。やっぱり一瞬でも妹萌えを期待した僕はバカだったんだろうか。

「沢村ありすです。よろしくお願いします」
 転校生の自己紹介は一言で終わってしまった。ま、年度初めのクラス替え直後の自己紹介タイムじゃないんだから平日の朝のホームルームで長々と自己紹介なんかしてる時間は無いのだけど、だからといってこれじゃ、あっさり過ぎるぞ。もっとも、僕の自己紹介ってわけじゃないんだし、その自己紹介がもたらす結果の人間関係なんて知ったことじゃないけど。
 ありすはさすがに牛乳ビンの底じゃないけど、フレームの大きな眼鏡を掛けていた。牛乳ビンの底は僕をからかうための悪戯だったみたいだけど、目が悪いのは本当らしい。でも、アイドル声優として顔出ししている彼女の仕事に眼鏡を掛けたものなんて無かったからクラスにも何人かいるだろう声優オタクたちの目は欺いたらしく、誰もありすの正体に気付いた者はいない様子だった。
 問題はなぜありすが僕と同じクラスに転入して来たかだ。この学校に来ることは通学時間の問題で以前の学校に通えないからだということは聞いた。妹だとか言っときながら同じ学年なのは、単に僕の誕生日の方が早かっただけに過ぎない。でも、クラスなら他に幾つもあるのに、よりによって何で僕と同じクラスなんだ?
 相手がファンタ・アップルみたいな萌えキャラだったら、一緒のクラスだと心が和む。しかし、眼鏡を取ったらそれなりの美少女とは言え、現実のありすは萌えっ気の無い普通の女子高生にすぎない。同じクラスにまだ気心の知れない家族がいるってことは、当事者にとってはすごくプレッシャーの掛かる事態なのだ。
 そんな僕に追い討ちを掛けたのは担任の一言だった。
「沢村敬一。おまえはお兄さんなんだから妹が困ったら面倒みてやれよ」
 普通ならクラス委員に押し付けられるはずの転校生の面倒は、その一言で僕に押し付けられることになってしまった。ま、自分の妹なら仕方の無いことだけど。それよりもその一言で僕とありすの関係が、関係者だけの秘密ってわけにはいかなくなったのが致命的だった。いや、妹だって知られたら困るってわけじゃないんだけど、いまさら妹が出来たっていうのも恥ずかしいし、あれこれ言われるのも面倒だしねぇ……
 その日の午前中、僕の心はずっと複雑だった。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

はじめまして
 小さい頃から妄想にふけり、変わったお話をしたためるのが好きでしたが、物書きを生業とする職業には残念ながら就くことが出来ませんでした。
 それでもその時々にいろいろと書きたい話が思いつくわけで、こんな場を設けてしまいました。ラノベ風の軽いお話から、凝ったSFやファンタジー、あるいはアニメの二次創作までどんなものを書くのかわかりませんが、気長にお付き合いください。

 妄想は尽きないけど筆(タイピング)は遅いので、更新は不定期になると思いますが、よろしくお願いします。
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