もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第07話「強引な地球球体説」
「ちゃんと勉強しておいたのに、どうして?」
 夕食の席でちとせはそう言って首を傾げていた。一学期の期末試験も終わり、ぼちぼち結果が返ってきてる時分である。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
 今日は仕事もレッスンもないので一緒に夕食をとってるありすが訊ねた。
「地学のテストなんだけど、この前、敬ちゃんに教えてもらったとおりに答えたのに、それが不正解になってるのよ!」
 地学? そんなのちとせに教えたっけ?
「どういう問題なの?」
 ありすは興味深そうに質問を続ける。ちとせは問題用紙と答案用紙をありすに示しながら言った。
「授業のときに試験に出すから調べとけって言われたから、敬ちゃん得意そうだし、教えてもらったのよ。で、その時に教えてもらったとおりに書いたんだけど、その答えが間違いだって……」
 それを聞きながら問題と答案を見比べてたありすは、いきなりキツイ目で僕をにらみつけた。
「お兄ちゃん、これ酷いよ!」
 付き付けられた答案用紙を見た僕はようやく何のことか理解し、心当たりを思い出していた。

「敬ちゃん、理科、得意だったよね?」
「ちとせに成績で負けたことが無いくらいにはな」
 ちとせがそんな風に僕に声を掛けてくるのは、たいてい宿題を教えて欲しいとか、そんなときだ。普段から予習復習を欠かさないちとせは、文系科目に限っていえば学年でも上位の成績を上げている。しかし、理系の科目、とくに理科全般に関しては体質的に合わないのか成績も良くないようだ。
 対する僕は文系科目は全然ダメ。数学はそこそこ良い成績だけど、得意というまでには至らない。しかし、理科、とくに地学と物理に関しては毎回満点かそれに準じる成績を残しているので自身はある。
 そんなわけだから他の科目でちとせが僕に訊ねて来ることなんて有り得ないのだけど、理科に関しては例外だった。
「あのね。地学の先生が調べて置けって言ったんだけど……」
 ちとせの言った質問はつぎのようなものだった。地球が丸いと実証されてきた方法とその仕組みを説明しろと……
「そりゃ簡単だよ」
 僕は言った。
「ガガーリンが宇宙に行った時、地球を観察したら丸かった……それだけさ」
「仕組みは?」
 ちとせは訝しがるように僕を見つめた。
「目で見たら丸いってわかるんだから、仕組みも何も要らないだろ?」
「そういえばそうね。でも、そんなので良いのかなあ?」
 ちとせはなおも疑わしそうだった。
「そりゃ、もっとミクロの世界の話なら、その現象が確かに観測されたのかどうかって証明が必要だろうけど、地球が丸いかどうかなんてマクロな世界の話、人間の目で確認するのが一番の実証手段だよ」

 その時はてっきりいつもの宿題か何かで、授業中に発表させられるものとばかり思ってたから、ちとせというより、地学の先生の意図しない答えを出させて困らせてやろうかとほんの悪戯心に思ったんだけど……期末試験に出る問題だったなんて知らなかったぞ。
 試験に出る問題だとわかってたら僕だってちちせに悪い点数を取らせたいとは思わないから、『緯度による夏至の日の太陽の南中高度の違い』だとか『月蝕の際の地球の影』だとか、ちゃんと先生が意図したような答えを教えてたはずだ。

「お兄ちゃん! こんな答え、正解になるわけ無いよ!」
 ありすはまるで自分が騙されたかのように、僕に悪意があったといわんばかりに責め立てようとする。
「それはちがうぞ、ありす」
 結局、僕は開き直ってちとせと同じ方法でありすを言いくるめようと考えた。
「あらゆる科学において一番大事なことは人間がこの目でしっかりとその現象を確認することなんだ。カミオカンデでニュートリノの観測をしてるのもそのためだ。ニュートリノの存在を理論的に証明するだけで良いんなら、何もあんな巨費を投じた設備なんか要らない」
「地球が丸い証明だって同じことさ。過去にいろんな方法で検証されてきたけど、ガガーリンが宇宙から目視して初めて、地球が丸いことの実証が完成したと言えるんだ」
「だいたいその設問、人間が目視で確認したことを除くなんて前提条件どこにも無いんだから、不正解にする方が間違ってるんだ」
 ありすは言い返す理屈が見付からないのか黙っていた。こいつも理系に弱い女の子らしい。
「やっぱり不正解って変よね。明日、先生に抗議して来る!」
 ちとせは奮い立って言ったが、結果は保証しないぞ、僕は。
「何か根本的におかしいと思う……」
 ありすは釈然としない表情でつぶやいた。

 翌日、ちとせは言葉どおりに地学の先生に抗議に行ったらしい。まさか本気で抗議するとは僕も予想しなかったけど。いくら屁理屈述べたって普通はクレームが効くとは本当は僕だって思っちゃいない。
 しかし、恐るべきことにちとせはその抗議を認めさせ、テストの答案を正答だと認めさせてしまったのだ。

「おいおい、いったいどんな手段で抗議したんだよ?」
 僕は非常に気になったのでちとせに訊ねた。
「別に特別なことなんて何もしてないわよ」
 ちとせは質問の意味がわからないといった表情を返した。
「先生が児童買春やってる現場を押さえたとか、パソコンの中の画像から児ポ法違反の証拠を握って脅したとか?」
「そんなわけないでしょ! まさか、そんな無理をしないと通らないような、屁理屈だったんじゃないでしょうね」
 話を聞けば、授業時間を除いて一日中しつこく先生に付きまとってたらしい。
「この問題で、どうして人間が宇宙から地球を目視したことが解答として間違ってるのか、納得いくように説明してください!」
 ふだんは天然してて言われたことは何でも信じてしまうようなちとせだけど、いったんこうなったら自分が納得できるまで執拗に食い下がって離れない怖さがある。そのことは双子の弟である僕が一番よく知ってることなのだけど、ふだんのぽわぽわしたちとせの雰囲気からは想像がつかないのも確かだ。
 それにしても、文系コースのセンター試験対策程度の授業でこんな抗議を受けた先生もびっくりしただろうな。

 ちとせの頑固さを示すにはもっと適切だと思える例がある。
 ちとせは入浴時間を決めていて、毎日必ずその時間にきっちり入る。来客があったり外出していて帰宅が遅くなったときなんかは別だけど、それ以外で入浴時間を変えたりすることは無い。もちろん僕はその時間を避けて入浴してるわけだけど、年に何回かはちとせの入浴時間を忘れてその直前に入ってしまうことがある。
 ちとせが入ろうとしてる時間に僕が先に入ってると、普通なら入浴時間を延ばして後で文句をぶつぶつ言うところだろう。ところがちとせは僕が先に入ってようがどうであろうが、そんなことはお構いなしに時間になれば入ってくるのだ。もちろん、タオルで体を隠したりもせずにすっぽんぽんで。
 ま、僕らは双子で生まれた時から一緒だから、お互いに裸を見られたところで恥ずかしがったりするものでもないけど、ふつう年頃の女の子が同じくらい以上の男兄弟と一緒に風呂に入ったりはしないだろうに。
 もっとも、一緒に風呂に入ってるからといってそれは時間的空間的に一緒だというだけの話で、だからといってお互いに背中を流し合ったりするわけでもなく、あくまで不干渉でいるだけである。ちとせにとっては普段の入浴シーンの背景に僕の姿が有るか無いかだけの違い程度のことかも知れない。僕もこんなことに慣れてしまってるから、特にちとせの裸を意識したりはしないけど、さすがに中学生の思春期の頃は意識しなかったというとウソになる。
 今だって、いろんな事情で僕の性器が大きくなってるところにちとせが入ってきて、それをもろに見られてしまうのには抵抗があるんだけど、わざとらしく隠したところでかえって面白そうに眺められるだけなので、見られてることを意識しないようにしている。お返しにちとせののも見てやろうかと思ったことも一度や二度じゃないのだけど、そのあたりはしっかり毛の下に隠れていて、無理やり押し広げでもしない限り見えそうにはないからさすがに実行したことは無い。
 ちとせがそんなふうに定刻通りに入浴するのはありすが先に入浴してた場合でも変わらないみたいだけど、ま、女の子同士だからトラブルも無くうまくやってるようである。でも、もし新しく増えた家族が男だったりしたらちとせはどうしたんだろうかというのは少し気になるところではある。

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第06話「ちとせあめ」
 日曜の朝八時といえば、普通の家庭では平日よりも少し遅い朝食を一家団欒で過ごしている時間だと思う。『冒険少女隊ドキドキファンタ』はそういう時間帯に放送している子供向けのアニメ番組だが、意外とオタク心をくすぐるマニアックな設定や、青田買いに近い新人声優が当たったおかげで、本来のターゲット層以外の視聴者にも好評な番組なのである。ま、その新人声優の一人に主演声優である一条ありすの存在もあるわけなのだけど……
 もうすぐ『ドキドキファンタ』の放送が始まるそんな時間に僕の家のリビングを占拠しているのは、一家団欒とは程遠い光景だった。
「けーちゃん、もうすぐ始まるよ!」
 他人の家の中を勝手に漁って取り出してきたスナック菓子をむさぼりながら、まりあはまったく遠慮なくチャンネルを切り替えていた。
「あーちゃんはいないの?」
「ありすなら、まだ寝てるだろ」
 毎週土曜日は『ドキドキファンタ』のアフレコで帰るのが遅いから、ありすは日曜の午前はずっと睡眠中である。
「あーちゃんも見ればいいのにね」
 まりあはまだ、ありすにファンタアップルのコスプレをさせようという目論見は捨ててないようだ。だからどうにかしてありすにその話題を持ち込みたいのだろう。でも、この番組ならありすは後で起きてから見てると思うぞ。ありすの持ち込んできた荷物の中にはしっかり最新のDVDレコーダーと液晶テレビがあったのはチェック済みだからな。まさか自分の演技を後からチェックしないほど図太くはないだろう。
 実のところ、僕にしたって主演声優のコメントをリアルタイムで聞きながら作品を鑑賞したいなんて贅沢な欲求はあるけど、それが満たされたことは無い。

 いつもパターン通りに流れてるゲームソフトのCMが終わり、『ドキドキファンタ』の放送は始まった。この番組は冒頭、アバンタイトルと呼ばれる部分で前回までのおさらいをしたり、今回の物語のさわりを流した後でOPが始まる構成になっている。
 先週までと同じパターンのアバンタイトルが終わりOPが始まった時、僕は違和感を覚えた。OPが先週までと違ってるのだ。画面の感じはがらりと変わり、先週までのOPには出て来なかったシリーズ中盤になって登場して来たキャラや、まだ見たことも無いキャラがいる。そういえば今週から3クール目に突入だなと思い出したけど、当然ながら変わったのは絵だけではない。
 新しいOP曲は先週までのベテランのアニソン歌手が歌ってたものよりも派手で軽快なアレンジの曲だったが、まるで新人声優にでも歌わせてるようにボーカルが貧弱になっていた。しかも、その声には十分すぎるほど聞き覚えがある。なんとOPを歌っているのはありすだった。あいつ、学校の芸術は僕と同じ美術を選択してたはずだけど……そういうやつにOPを歌わせるか? まさに昨今の声優商売恐るべしというとこだな。
 しかし、ありすのやつ、自分が主題歌を歌うなんて一言も言ってなかったぞ。時期的に見てレコーディングは妹としてやってくるより前に終わっていたんだろうとは思うけど。もっとも、この件に限らず、ありすは仕事の話はめったにしない。夕食の時に話題になるのももっぱら学校でのことだ。
 ま、確かにありすは学校ではよくトラブルを起こしてるタイプなので話題に事欠きそうにはないけど。それに、ありすが仕事や劇団のレッスンに行く日は帰りが遅くて一緒に夕食をとることはない。そのことも仕事の話題にはなりにくい原因なのかもしれないけど……

 予期せぬありすの歌に呆然としていた僕が我に返ると、テレビはもうCMも終わって『ドキドキファンタ』の本編が始まっていた。
 『冒険少女隊ドキドキファンタ』は『ドキドキワールド』というネット上のオンラインファンタジーRPGの世界をベースにした物語である。あるとき『ドキドキワールド』のシステム管理会社のサーバーにトラブルが生じ、隣にあった次世代のバーチャライズシステムを使った試作ゲームのサーバーと混線が起こり、システムが複雑に混乱してしまった。
 バーチャライザーを使ってテストプレイを行っていたゲームデザイナーの娘がそのまま『ドキドキワールド』のシステム空間に迷い込んで行方不明になってしまい、そして同時にサーバー上にゲーム世界を支配し、現実世界への干渉をもくろむ邪悪な情報生命体が発生してしまった。
 管理会社はゲームシステムの停止を考えたが、システム上に残された女の子がいる状態でそれを行うのは女の子の生命に関わるため不可能で、また外部ネットとの接続も基幹部分を情報生命体に支配されてセンターのサーバーだけを切り離すことは出来なくなっていた。
 そうしてゲームシステムに異変が始まったとき、一部のゲームプレイヤーにゲーム世界の管理者であるシステムマザー(女神)から救いを求めるメッセージと共に試作品のバーチャライザーが届けられた。彼らのプレイヤーキャラはこのゲーム世界ではファンタ・エルフの称号を得てファンタネームを持つ特別なキャラクターとなり、彼らはバーチャライザーによって各自のキャラと同化してこのゲーム世界の危機を救う冒険に出ることになった。

 ありすの演じるファンタアップルもそのファンタ・エルフの称号を持つキャラの1人だった。そしてそのプレイヤーが青森林檎である。林檎は背が低くてドジで、学校ではクラスの男子から馬鹿にされていた。そのウサ晴らしにこの『ドキドキワールド』に没頭するようになっていたのである。
 『ドキドキワールド』のプレイヤーキャラはゲームの進行につれていくつかの称号を得ることがある。この世界で最高の称号とされているのはロイヤル・ナイトで、これは純粋にキャラクターのレベルやパラメーターの数値で最高クラスの者に贈られる称号である。それに比べるとファンタ・エルフの称号は特殊である。ある特定のパラメーター値になったときに贈られる場合や、ある特殊なモンスターを倒したとき、あるいはこの世界の成り立ちに関わる秘宝を手にしたとき、または隠しフィールドをクリアしたときなど、気まぐれにエルフプリンセスの祝福が贈られ、それを受け取ったキャラがファンタ・エルフの称号を得るのだ。
 林檎はゲームには没頭してるもののさして強くはなく、このゲームのプレイヤーとしては平均的なレベルだった。その林檎のキャラがファンタ・エルフの称号を得たのはまったく偶然によるものに過ぎなかった。ある日、森で倒した一匹の弱っちいモンスターが、実はこの世界の創世伝説に関わる隠しキャラだったということで棚ボタ的に貰った称号だったのである。もちろん実力の伴わない称号であるが、そんな林檎の元にもシステムマザーからのメッセージとバーチャライザーは届けられたのだった。

 物語はそんな林檎が他のファンタ・エルフたちと出会い、ある時は協力し、ある時は敵対しながらプレイヤーとしての経験とレベルを上げて成長していき、そしてシステムマザーによって与えられた使命を果たしていくというストーリーである。
 今週からはシリーズ後半に入るターニングポイントの話。先週、敵に囚われていたエルフプリンセスを救出した林檎たち五人のファンタ・エルフはエルフプリンセスから新たなアイテムを貰ってパワーアップするという内容だ。

 今回は何回かに一回まわってくる人気の高い実力派アニメーターによる作監の回で、作画に関しては言うことなし。ストーリーもそれなりに起伏があってスリリングな展開で、見ていて没入してしまう出来だった。そんなわけで僕の目は画面に釘付けだったわけだが、同じ画面を見ているはずのまりあは間断なくお菓子を貪り食ってる。こいつ、他人の家でお菓子を貪って一食分の食費を浮かそうとしてるんじゃないだろうな。まあいつものことなのであまり気にはならなかったが。
 こうやって傍若無人に平然とよそ様の家のお菓子を食い漁ってるまりあであるが、そのまりあもけっして手を触れようとはしないお菓子がある。それは「ちとせあめ」と書かれた缶に入ったキャンディだ。
 ありすがこの家にやってきてすぐの頃、お菓子を探してこの缶を見付けたありすが「ちとせあめって、七五三で売ってる金太郎飴みたいなものでしょ?」と言って開けようとしているのを見て、思い止まらせるのに苦労したものである。

 「ちとせあめ」というのは、ちとせ専用の飴という意味である。
 ちとせは小さい頃から飴が好きで、家計を預かるようになってからは自分のお気に入りの飴を買い込んで常にストックしておくのが習慣になった。もちろん、ちとせは大雑把な性格であるからたくさんある飴の中で何個か食ったところで怒ったりはしない。問題は残り少ないストックをちとせの知らない間に食い尽くしてしまったときである。
 僕はちとせのことはよく知ってるからそんな飴に手を付けたりはしないのだが、まりあが出入りするようになってしばらくの頃、こいつがいつもの調子でちとせが大事に残してた飴を食い尽くしてしまったのだ。その数日後、ちとせが大騒ぎしてるから何事かと思ったら、大事に取ってあった飴が行方不明になってるという。まだ開封したばかりで2、3個食っただけだというから、ちとせの感覚では残りを短期間に誰かに食われてしまったなんて思いもしなかったらしい。必死であちこち探し始め、そのあまりな天然ぶりに僕が「頭の黒いネズミが食ったんじゃないのか?」なんてからかい半分に言ったら、今度は家中でネズミ駆除の対策をやり始め、やはりその日もテレビを見に来ていたまりあと僕も一日中それに付き合わされる羽目になってしまった。
 いや、まりあが自分が食ったって謝れば済む話だったのだけど、ちとせの反応があまりに深刻ぶっていたので、とても言い出せなかったようだ。最後に僕が余ってたお菓子の缶に「ちとせあめ」と書いて、「缶に入れとけばネズミも食えないだろ」と言ってちとせを納得させて収まったのだけど……。この時の騒ぎに懲りて、まりあももうこの缶の中身には手を付けなくなったのである。
 しかし、他人を疑わない人間がいかに怖いかというのは、僕もこの時に身をもって覚えてしまったから、ちとせ相手に悪戯するときはよく考えてからするようになったということも断っておく必要があるだろう。

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第05話「ありすの劇団」
 梅雨明けも近い七月上旬の日曜日、僕たち兄妹は三人揃って都心に出て来ていた。いくら双子だと言っても、もうこの歳になるとちとせと一緒に出掛けることなんか滅多にないし、もちろんありすとは初めてである。
 この日はたまたま普段は海外を飛び回ってる僕たちの父もありすの母(つまり、新しい母)も日本に立ち寄る都合が付いたということで、家族揃って夕食……というか新しい家族の顔合わせをしようということだった。それでいて自宅に立ち寄る時間は無いというのだから、相変わらず多忙な身の上らしい。
 夕方ごろ、一足先にやってきた義母と僕とちとせは対面した。ありすの母親ということで美人で若いお母さんというのを予想してたりしたんだけど、意外とただの普通の勤め人のおばさんだった。いや、ありすが人気声優だからって母親もタレントやってるわけじゃないんだから、他のクラスメイトの母親たちと同じ感じで当然なんだけど。僕たち自身の母親はずっと以前に亡くなっていて若い頃の印象しかないから、こういうときに比べられる対象でもない。
 いずれにせよ、初対面の義母は僕にとって緊張する相手には違いなかった。

 さて、その義母がありすの劇団にあいさつに行くというので、僕とちとせも付いていくことになった。ありすが幼少の頃から世話になってる児童劇団なので、たまに帰国したときにはあいさつに行くのが習慣になってるらしい。
 ありすの所属する児童劇団《うみすずめ》の事務所は、駅から続く表通りから少し奥に入ったやや古い雑居ビルの中にあった。劇団というからレッスン教室や練習用の舞台を備えた大きな建物かと思ってたのだけど、劇団員の練習とかは近くの大きな演劇専門学校の教室とか一般の貸しホールとかを借りてやっているらしい。
 事務所の中はこじんまりしていて何人かの事務員らしい女性がいるだけだった。《うみすずめ》といえば、ありす以外にも何人かの声優さんが所属しているから、それらの人がいるのかと期待してたりしたけど、よく考えたらここで仕事があるわけでもないので用も無いのに事務所にいるわけはない。そんなことありすの日常を見てたらわかることだ。普段は練習場や仕事場に直行してるから、事務所に用があるのは新しい仕事の打ち合わせの時ぐらいだろう。
 義母が事務の人に用件を伝えると、しばらくして奥から頭を何か布で巻いた年配の女の人が出て来た。劇団の主宰者の東山涼子先生らしい。後でありすに聞いたところでは、頭に巻いてあるのはターバンということらしい。
「先生、ご無沙汰してます。いつも娘がお世話になっています」
 義母は深々と頭を下げたので、僕たちもつられて会釈した。
「いえいえ、ありすちゃんには後輩たちの良い手本になってもらってますから。一条さん……いや沢村さんでしたか。再婚なさったそうで、おめでとうございます。お仕事がお忙しいようですが、お越しいただいてありがとうございます」
 義母と東山先生は世間並みのあいさつをかわしていた。
「こちらは?」
 東山先生の視線が僕とちとせの方に向けられた。すかさずありすが答えた。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん」
 先生にはそれだけで義母の再婚相手の連れ子だとわかったらしい。
「ずっと一人っ子だったものですし、前の主人が亡くなってからは日本に一人置き残したままになってましたから、兄弟ができたことを喜んでるようで助かってます」
「ありすちゃんの歳で親が再婚なんかしたら、世間では新しい家族に馴染まないことが多いって話を聞きますからね」
 2人の会話を聞いて「そうなのかな」と僕はつぶやいたが、それを聞き漏らしていないちとせに腕を引っ張られた。
「敬ちゃんだってかわいい妹が出来て、うれしいんでしょ? ありすちゃんのやってるアニメ番組、前から楽しみに見てたみたいだし……」
「あれはまりあがテレビを見に来てるのに付き合ってるだけだろ」
 ちとせのやつ、人前で恥ずかしいこと言いやがって。僕は少し居心地悪くなって赤面しながら下を向いてると、ちとせの言葉を真に受けた義母が言った。
「あら、妹にしてもらうよりお嫁さんにしてもらった方が良かったのかしら。ね、ありす」
 もちろん軽い冗談に過ぎない話だけど、このとき僕は思いっきりありすを意識してしまい、よけいに赤面し下を向き続けた。
「お母さん!」
 一方のありすはまるで気にもしてないかのように軽く抗議の意思を表明しただけみたいだった。だから顔を赤らめた僕はよけいにバツが悪く、しばらくありすの顔をまともに直視できなかった。

 その後、東山先生と義母たちの間でどのような会話がなされたのか僕は覚えていない。ありすのことが気になって頭がボーっとしていたからだ。とりたてて意味の無い世間話をしていただけのように思うけど。
 ちとせに背中を突付かれて僕は退出する時間が来たのを知った。もちろん頭の中はまだありすのことでいっぱいだ。妹としてのありすではなく、僕のお嫁さんになった妄想の中のありすのことで。妄想の中のありすは普段から眼鏡を外し、四六時中僕に萌えを振りまいてくれる……現実では叶えられないだけによけいに甘く切なく感じられる。ダメだ。妹相手に何を妄想に浸ってるんだろう。
 事務所を出てエレベーターで降りようとした時、入れ違いに若い女性がエレベーターの中から出てきた。その女性はすれ違いざまありすに声を掛けた。
「ありすちゃん来てたの?」
「うん。お母さんが先生にごあいさつに……」
「私はあしたの打ち合わせがあるから、じゃあね」
「じゃあ……」
 ありすとは仲の良い相手らしく気軽に口を交わしていた。しかし、どこかで見たような……
「今のは?」
「劇団の先輩のみなみちゃんよ」
 みなみちゃんって……そうだ。どこかで見たことのある顔だと思ったら、現在の《うみすずめ》稼ぎ頭で業界の歌姫と呼ばれているかわいみなみだ。今でこそ新人の台頭で顔出しの仕事は減ったものの、数年前は声優雑誌の表紙を飾ることたびたびだったという売れっ子の実力声優だ。ありすの出てる『ドキドキファンタ』にも脇役のいじわる魔女として出演していて、時には主人公のファンタアップルを脅かすほどの存在感を与えている。
 しまったと僕は悔やんだ。せっかく目の前にかわいみなみがいたんだから一言二言話をして握手をしてもらうんだった。僕はファンタアップル役で一条ありすという声優の名前を耳にする以前は、ずっとかわいみなみのファンだった。どれくらいファンかというと、物心付いた時には彼女が子役でレギュラー出演していた特撮番組を欠かさず見ていたぐらいだ……というのは冗談で、声優なんて仕事があるのを知ったのも小学校の高学年になってからだし、彼女が昔その特撮番組に出てたということを知ったのも最近の話だけど。
 でも、最初にファンになった声優がかわいみなみであるのは間違いないと断言できる。僕の持ってるCDの半分は彼女のアルバムだし……
 1階に着いたエレベーターから僕が降りると、ちとせが顔を覗き込むように言った。
「敬ちゃん、何か残念って顔してるけど、ひょっとして今の人のファンだったの?」
 悪いか。
 それを聞いたありすがポツリと言った。
「みなみちゃんのファンって多いもんね。私も何度かイベントのお手伝いしたけど、あんなに熱心なファンがいっぱいいるなんて大変みたい」
 何か他人事のように言ってるけど、最近の声優雑誌の扱いとかネット上の評判じゃ、ありすのファンだって相当にいるんじゃないのか?
「でも、お兄ちゃん。みなみちゃんのファンをやるなら、ちゃんと追っかけしないとダメだよ」
 お前が言うなよ。そりゃ何か? ありすのファンになるにはちゃんと追っかけをしないとファンとして認めてもらえないのか? イベントも一見さんはお断りってか。お高くつくタレントさんだな。ま、冗談として聞き流しておくぞ。

 その後、レストランで僕たちは父と合流した。とりあえず再婚には反対しないけど、寝耳に水で子供に黙っていきなり再婚するなとは釘を刺しておいた。いや、そう何度でもあることとは思わないけど。
 それからいろいろな話を聞いた。
 義母とは幼馴染だったこと。ありすの父親とは親友同士だったこと。互いのつれあいを亡くしてから数年経ってから外国で再会してからの馴れ初め……いや、普通そういうことは再婚する前に話すだろ。
 しかし、式は二人で勝手に挙げたみたいだし、二人ともずっと外国暮らしで同居してるわけじゃないから、親が再婚したと言ってもまだほとんど実感が無いのも事実だ。あるのはありすが妹としてやって来て同居してるということだけ。これが義母とも同居して何かと衝突があるというのなら話は別だけど、今のところ反対する理由は無かった。
 食事を終えた後、僕たちは両親と別れた。しかし、せっかく日本に戻ってきても自宅に立ち寄る暇も無いって、いったい何の仕事をしてるだろうか。

 帰りの電車の中、ありすはちとせにもたれかかるように眠っていた。疲れてたのか、それとも電車の中では寝る人なのかはよくわからない。掛けっぱなしのいつもの眼鏡は安らかなありすの寝顔にはまるで似合ってなかった。
 そういえば義母がありすの眼鏡を気にしてたみたいだったけど、どうやらこの眼鏡のフレームは亡くなったありすの父親の形見らしい。それでありすは大事にしていつも掛けてるってことのよう……似合ってないのにね。そういえば食事の時も父とはあまり話をしてなかったな。単に人見知りしてるだけかもしれないけど……

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