もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第13話「そして、さよなら…」
「敬ちゃん、起きなさい!」
 その日の朝、僕はちとせに叩き起こされた。一瞬、学校に遅刻するのかと心配したが、考えてみればまだ夏休み。登校日だというわけでもない。いつもなら昼近くまで寝てるところである。
「何だよ。今日は朝から何かあるのか?」
 寝ぼけながら応える僕に、ちとせは言った。
「用も無いなら起こさないわよ。さっさと起きなさい! それに……」
 一瞬言葉を詰まらせ、なぜか顔を赤らめながらちとせは続けた。
「そこの寝ぼすけ猫さんもちゃんと起こしてくるのよ!」
 ちとせの視線の先を見て僕は背筋が凍った。そこには一糸まとわぬ姿でありすが横たわっていたからだ。その僕だって同じだ。気付かないままに朝立ちの性器をちとせの前にさらけ出していた。
(まずい……)
 僕は慌てて掛布団を引っ張り、ありすと僕の下半身を隠した。
「今頃取り繕ったって遅いわよ。ちゃんと起きて来なさいね!」
 ちとせはその光景を追求することなく、そう言って去っていった。
(ちとせに見付かってしまった……)
 僕は頭の中がパニクった。いくらちとせが天然系のボケボケだからといっても、この光景を目にしたら僕たち二人の関係に気が付かないわけはない。「昨晩は暑かったから二人とも裸で寝てたのね」なんて反応は常識的にありえない。
 ちとせに知られたら両親に伝わるのは時間の問題だ。そうなったら僕とありすはどうなってしまうんだろう? 僕は頭を抱えて現実逃避したくなった。
「夢だ。そうだ、これは夢なんだ。もう一度寝て起きたら現実の世界に戻れる……」
 僕は二度寝を決め込もうとしたが、ちとせの言葉に含まれていた軽い怒気を思い出した。ちとせは滅多なことでは怒りを面に出したりはしないけど、怒ってる時には微妙に言葉や態度に怒気がこもる。他人にはほとんどわからないレベルみたいだけど、双子の僕にははっきりとそれが感じられる。
 ここで起こしに来たちとせを無視して二度寝なんかしてたら、ちとせの怒りに油を注いでしまうのは火を見るより明らかだった。ちとせを本気で怒らせたら……この家では食事にありつけなくなってしまう。
「そうだ。ちとせを宥めて両親には口止めしてしまえば良いんだ」
 僕はちとせがちくったりしないうちに起きていこうと思い、傍らで幸せそうに寝息を立てているありすを揺り起こした。しかし、すべてはもう終わっていたことに、この時の僕には気付かなかった。

 僕に起こされたありすは、そのまま風呂場にシャワーを浴びに行った。僕はキッチンで朝食の準備をしているちとせのところに行って、うまく口止めしようとタイミングを見計らっていたが、なかなかきっかけがつかめない。
「ありすちゃんが上がったら、敬ちゃんもシャワー浴びてらっしゃい!」
 なんか僕たちが不潔だって怒りのオーラが漂ってるみたいだ。
「こんな時間に起こして、今日はいったい何があるんだ?」
 僕は話題を逸らそうと、そう訊ねた。
「お義母さんがありすちゃんを迎えに来るのよ」
「迎えにって……?」
 思い掛けない答えに僕は訊き返した。
「ありすちゃん、もうこの家には住めないって……敬ちゃんには心当たりあるでしょ?」
 穏やかなちとせの口調が余計に僕の胸を痛撃した。二人のことがもうとっくにバレていて、それでありすが連れて行かれるってか?
「ちとせが何か言ったのか?」
 僕はすでに気付いてたちとせが父か義母に告げ口して、それでありすを迎えに来るのかと考えた。でも、そうではなかった。
「私はそんなことしないわよ」
 一息おいてちとせは続けた。
「これはありすちゃんが自分で決めたことなのよ。出て行くなんて話、おとついの晩に聞かされただけだから……」
 一昨日にはもう、今日出て行くことは決まっていたらしい。昨日のプレゼントや外食はすべてありすが出て行く別れのあいさつだったなんて、僕はまったく気付かなかった。昨晩ありすと抱き合った時だって、これからもずっと一緒にいるつもりだったのに……
「敬ちゃん……昨夜はちゃんと優しくしてあげた?」
 僕は黙って肯いた。

 やがて、ありすがシャワーを終えてやって来た。すでに外出の服装だった。
「お兄ちゃん、ごめんなさい……」
 ありすは今日、自分が出て行くこと、そしてそれを黙ってたことを僕に謝った。
「でも、私の気持ちは本当だよ……」
 僕はそれには応えず、交代でシャワーを浴びに向かった。
 三人で朝食をとる間も僕は黙っていた。別にありすのことを怒っていたわけではない。ただ、ありすがいなくなってしまうという不安に直面し、何を言葉にすれば良いのかわからなかったのだ。
 キリストの最後の晩餐というのは弟子たちに囲まれた賑やかなものだったらしい。でも単に「最後の晩餐」と口に出したとき、それは沈黙に包まれた冷たく寂しいイメージが思い浮かぶ。この日の朝食がそうだった。僕とありすは禁忌を犯した大罪を償うために引き離される罪人のように感じた。

 しばらくして義母がやってきた。ことがことだけに僕には義母と顔を合わせる勇気も無く、自分の部屋に閉じこもった。いつ呼び出されて責め立てられるか、僕はびくびくと怯えていたが、結局呼び出されることは無かった。
 最後に身支度を整えて、出て行く間際になってありすがやって来た。
「お兄ちゃん……」
「もう行くのか?」
 ありすはこくりと肯いた。
「ありすはお兄ちゃんのことが好き。本当はいけないことなのに気持ちが止まらないの。このままこの家にいたらどんどんダメになって、お兄ちゃんに迷惑掛けてしまう……だから、お母さんに迎えに来てもらったの……」
「迷惑なんて掛けたっていいさ。いつまでもありすがそばにいれば、僕は……」
 ありすは不意に僕の口を唇で塞いだ。そしてゆっくりと離れる。
「私たち、兄妹になる前に出会ってたら良かったのに……」
 とめどなく流れてくる涙をありすは拭った。
「お兄ちゃん。今度、また出逢うことがあったら、ありすをお嫁さんにしてくれる?」
「ああ」
「約束だよ……」
 ありすは右手の小指を突き出した。僕は自分の小指をそれに絡める。そして、ありすを引き寄せきつく抱きしめた。僕たちはまるで今生の別れに来世での逢瀬を誓い合う恋人同士だった。

「お義母さん、敬ちゃんに『ありがとう』って言っといてって……」
「え?」
 ありすが行ってしまった後、ちとせが言った言葉は僕にとって意外だった。
「ありすちゃんが一番大変だった時に、敬ちゃんがいてくれて良かったって……」
 事情をつかめず呆然としてる僕に、ちとせは事の顛末を語り始めた。

 すべての原因は、ありすが博多のイベントに出掛けていったあの日に始まっていた。
 タレント業では零細な劇団《うみすずめ》では所属のタレントがイベント等に出掛けるときは東山先生が同伴するのが普通だった。しかし、その日は他の用件で東山先生は付いていけず、劇団には他に適当な人がいなかった。何か初めての仕事ならそういうわけにはいかなかったが、『ドキドキファンタ』のイベントだし、見知ったスタッフや共演者も一緒ということで、ありすのことは主題歌のレコーディングを担当したレコード会社のディレクターに任せることになったらしい。
 しかし、これが最悪だった。博多での宿泊先のホテルにはたまたま別の用件で『ドキドキファンタ』を放映しているキー局のプロデューサーがいたのだが、この男が品行の良くないことでは業界で有名な人物だったらしい。よく自局のドラマの主演女優に手を付けてるという噂があったらしいのだが、そんなことありすが知るわけもない。
 この晩もこの男はその権力をいいことに『ドキドキファンタ』の出演声優に手を付けようとしていたのだが、ちゃんとマネージャーの付いてる声優さんはガードが固くて手が付けられない。そこでありすが格好の餌食となってしまったわけだ。ありすのことを頼まれていた音楽ディレクターも泊まる部屋が離れ離れで、ずっとありすのことを見ていられたわけじゃない。
 件のプロデューサーは巧みにありすを自分の部屋に呼び出し、そしてキー局プロデューサーとしての権力で脅し、ありすを手篭めにしてしまったらしい。脅されたありすは叫んで助けを呼ぶことも出来ず、相手のなすがままに犯されてしまい、そして傷心の状態でイベントに出る気力も失い、一人で帰って来てしまったらしい。
 博多から戻って来たありすは最初に劇団に駆け込んで、東山先生に泣き付いたらしい。東山先生は作品関係者にいろいろ手を回したけど、そのプロデューサーの権力は絶大で、誰も見て見ぬふりを決め込むだけだったらしい。結局、真相は伏せられ、ありすだけが悪者にされてしまったのがこの事件のすべてだった。もちろん各方面からありすに向けられた非難は東山先生が防波堤になってくれていたから本人に直接届くことは無かったけど、それ以前にありす自身は深く傷付いていた。
 あの日、僕と兄妹としての一線を越えてしまったありすの事情はそういうことだったらしい。
 意外にもちとせはありすと僕のことはすべて知っていた。ありすは何事もちとせには包み隠さず話してたらしい。さすがにあの日のことは自分の中で整理が付くまではちとせにも話せなかったみたいだけど……傷心のありすに付け込んで兄としての立場を逸脱してしまった僕と違い、ちとせは最後までちゃんと姉としての立場を全うしてたようだ。

 ちとせから事情を知った僕は、自分のやって来たことが傷心状態のありすに付け込んだだけだったということを理解した。その後でありすが僕に好意を抱いたとしても、それが本当に純粋な恋愛感情から発したものかどうかなんて保証は無い。ありす自身、そう思い込もうとしてただけかもしれない。
 しかし……それでも僕がありすを好きだったことだけは本当だ。僕も僕で、初めて肌を許してくれた女の子に過大な幻想を抱いていたのかも知れない。それが本当の恋愛なのかどうかなんて、どうでもいい話だ。とにかく僕はありすが好きだった。
 それがありす自身が選んだことだとわかっても、僕はありすを失った事実を素直に受け入れることなんか出来なかった。ほんの数か月前まではそんなものありはしなかったのに、ついさっきまでそこにあった温もりと、胸の中に大きく広がっていたとても大切なものの喪失に、僕の心は深く傷付いてしまった。

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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