もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第05話「家族の食卓」
 ベッドの上で眠り込んでしまった亜梨子は、夕食時を告げにきたメイドさんの声で起こされた。そのまま満梨花と一緒にダイニングルームに連れられたが、すでに他のメンバーは揃ってるようだった。
 テレビとかだとお屋敷のダイニングルームには極端に細長いテーブルがあって、主人公はその一端で寂しい食事をしてることが多いけど、さすがにそんな光景は無かった。やや長めの大きなテーブルの上座に春香ともう一人男性が座っていて、テーブルの両サイドに子供たちが並んでいた。昼間見掛けた同い年の三人以外にも小学生くらいの子供が何人かいるようだ。
 亜梨子は一番上手に近い左側の席に案内されたが、その横には綾香がいた。満梨花は綾香の正面の席で、その隣、亜梨子の正面は空席だった。

「亜梨子、よく来たね」
 上座にいる男性が声を掛けた。どうやら自分の父親らしい。学校の日曜参観で見掛けるクラスメイトたちの父親に比べると少し若作りに見えたが、母親や春香と同じくらいの年齢であるのは見て取れた。満梨花が言ってたように優しいのかどうかはわからないけど、厳しい顔つきではなかった。
「私がおまえのパパの一樹だ」
 それから両サイドの子供たちを見回して言った。
「おまえたちも知っていると思うが、今まで別に育ってきた兄弟の亜梨子だ。今日からこの家の一員として迎えることになった。簡単ながら今日の夕食は亜梨子の歓迎の宴として用意した。十分に祝福して迎え入れて欲しい」
 そうは言ったが、テーブルの上には空の皿とフォークやスプーンのような食器が並んでいるだけだった。やはりお金持ちの家は夕食もコース料理みたいに順番に運ばれてくるのだろうか。入ってきた時には気付かなかったが、部屋の入口付近にはメイドさんや執事さんが控えていた。
「その前に、亜梨子に家族を紹介しておこう。隣にいるのが私の妻の春香だ。この家にいる間は母親同様だと思ってほしい」
 春香は微笑んで会釈したので、亜梨子も釣られて会釈し返した。
 次に一樹の視線は亜梨子の正面の空席に向かった。
「長女の佳澄だが、事情があって今は別居している。週末はいることが多いから、その時にでも紹介しよう」
 高校か大学で寮にでも入ってるのかなと亜梨子は思った。
「次女はおまえだ」
 一樹は亜梨子に向き直った。
「ここにいる他の兄弟たちはみんなおまえの弟や妹たちにあたる。そのつもりで接してやってほしい」
 亜梨子はビクッとした。兄弟がいると知ったのも最近なのに、いきなり多くの弟や妹たちのお姉さんだって言われたって……
「三女は満梨花。知っての通り、おまえとは双子の妹だ」
 満梨花は軽く手を振っていた。そして一樹の視線は亜梨子の隣に移った。
「四女の綾香だ。綾香には兄弟のまとめ役をしてもらってる。おまえの妹ではあるが、ちゃんということは聞いてやってくれ」
 やっぱり委員長タイプなんだと亜梨子は心の中で苦笑した。
「五女の弘美、それから次男の浩樹だ」
 次男?……亜梨子は引っ掛かった。長男はどうしたんだろ? 長女のように不在だとかいう話も無かったし、他に空席も無い。ずっと前に亡くなったとかいうことなんだろうか。
「綾香とこの二人は三つ子で、おまえと同じ学年だから、話題も合うだろう」
 綾香もそうだったけど、弘美も浩樹も素っ気無かった。弘美はともかく浩樹には腹が立っていたので、こっそりアッカンベーをしてやった。浩樹は怒って何か言い返そうとしたみたいだったが、隣の綾香に押し止められていたようだった。この三人とは何か付き合いにくそうな気がした。
「六女の夏美と七女の秋菜、二人は小学校四年生だ」
 二つしか違わないと言え、小さな妹たち二人は亜梨子の方を恐る恐る覗き込みながら会釈した。浩樹にしたアッカンベーを見てびびったんだろうか。亜梨子は慌てて二人に微笑み返した。
 それにしても、この二人も双子だろうか。何か双子とか三つ子の確率が高そうな家系だと思った。
「最後に三男の冬樹、三年生だ」
 末っ子の小さな弟は二人の姉以上に脅えてるようだった。単に人見知りが激しいだけかもしれないけど。
 兄弟が一巡したところで一樹は使用人からメイドさんと執事さんそれぞれ一人を呼び寄せた。
「当家の執事長の二階堂と、メイド長の八千草さんだ。二人には住み込みで働いてもらっている」
 二人は亜梨子に向かって深々と会釈した。執事長は亜梨子を門まで車で迎えに来た人だった。父親よりは年上の男性だが、初老というよりはまだまだ熟年という感じの歳に見える。メイド長の方は恰幅の良い中年のおばさんって感じで、メイドというよりも家政婦といった方が似合ってる感じだった。
「私や春香がいない時に困ったことがあったら、この二人に相談するがいい。主に日常生活に関係することは八千草さん、その他の家のことについては二階堂だ。他にも使用人はいるが、日替わりのパートやアルバイトが多くて、それぞれ担当の仕事もあるから、簡単な頼みごと以外はこの二人を通すようにしてほしい」
 アニメとか見てると金持ちのお嬢様には専属のメイドさんとか執事さんとかいたりするけど、やっぱりそんなのは物語の中だけの話なんだろうかと亜梨子は思った。

 一通り紹介が終わると、料理が運ばれてきた。とは言っても、レストランのコース料理のようにスープから順番に食べるのに合わせて運ばれてくるとかいうんじゃなくて、スープやサラダからメインディッシュのステーキ、そして皿に盛られたライスまで一度に運ばれてきた。他にオードブルの大皿がいくつか。控えていたメイドさんや執事さんたちも給仕役の二人を残して姿を消した。庶民の御馳走に毛が生えたくらいだと感じたけど、そんなとこが現実なのかもしれない。
 なんか隣で綾香を初め、周囲からマナーのチェックでもされてる気がして食べ始めるのに勇気が要った。いい加減なママだけど、テーブルマナーぐらいは教えてもらってるんだと気負ったのは良いけど、そっちに意識が集中して料理の味はよくわからなかった。
 ステーキは肉の種類とか産地とかはわからないけど、何回かファミレスで食べたことのあるものよりずっと分厚くて、柔らかかった。こんなお肉、毎日食べられたらなあとか思ったけど、卑しいと思われるかもしれないので声には出さなかった。
 食卓の光景は静かだった。まるっきり沈黙ってわけではなかったが、隣同士でこそこそと話してる他は、声を上げて会話したりはしないようだった。亜梨子も母親が仕事のときは一人で夕食をとることも多いけど、一緒のときは何かと会話があるものなのにとか思った。
「後で呼びにやるから、私の部屋に来なさい」
 食事を終えて席を立つときに父親が言った。

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第04話「二人の部屋」
「満梨花ちゃん、少し落ち着きなさい。それじゃ、亜梨子ちゃんが困ってるわよ」
 春香の言葉に我を取り戻したように、満梨花の機関銃のような声は止んだ。そして深呼吸してから亜梨子の横に座り込んだ。
「綾香ちゃんもお疲れ様」
 春香の声に、亜梨子はもう一人の人影を認識した。どことなくさっきの弘美に似てるが、スポーツ少女という雰囲気はない。むしろ、亜梨子が苦手な優等生タイプというか委員長タイプというか、そんな気配がしてる。
「あなたが亜梨子ね」
 綾香はそう言ってゆっくりと近付いてくると、いきなり亜梨子の口を掴んで中を覗こうとした。
「ふぁがふぁがふぁが……」
 亜梨子は突然の行動に抗議しようとしたが、ちゃんとした声にならない。
「何をしてるの、綾香ちゃん!」
 慌てて春香も止めようと立ち上がったが、綾香は亜梨子の犬歯を確認するとすぐに手を離した。
「血族の証はちゃんと持ってるのね」
 綾香は悪びれもせずそう言った。
「当たり前やん!」
 亜梨子は怒ったように睨み付ける。
「そんなこと確かめなくても、ちゃんと満梨花ちゃんと同じ両親の血を引いてるんだから……」
 そう言って咎めようとする春香に、綾香は言った。
「最近、コモンの社会で育ってる血族の中には、血族の証を抜いてコモンと同じような義歯を付けてる者が増えてるって話だから……そんな誇りを失ったようなことしてたら、この家の子供として認めるつもりが無かっただけよ」
 そう、綾香が確かめた犬歯こそが、亜梨子たちの血族とコモンと呼ばれるこの世界の一般人とを区別する唯一の肉体的な特徴だった。
 亜梨子たちの血族……この世界ではハイエルと呼ばれる種族の犬歯は一般人であるコモンの犬歯と比べると、他の歯の倍以上の高さと鋭利な先端を持つように発達していて、まるで肉食動物の牙を思わせる存在だった。普段は口腔の中に隠れていて一般人との区別は付かないが、大きく口を開いたときに現れるそれは、一般人からは畏怖の対象となっていた。
「ま、ちゃんと証は確認できたから、この家の子として認めてあげるわ」
 綾香は偉そうな態度で言った。
「私は、綾香。あなたとは同い年だから、これからよろしくね、亜梨子」
 そう言い放つと彼女は出て行った。
「なんちゅうやつやねん!」
 あまりに勝手な態度に亜梨子は腹が立った。そして、少し心が落ち着いてきたら一つのことに思い当たった。
「確かに双子やなかってんな……」

 綾香が去った後、またしばらく満梨花の言葉の攻勢に付き合わされることになり、亜梨子は出来る範囲で何とか話を合わせようと努力を続けた。あたかも永久に続くのではないかと思われたが、亜梨子の困った表情を察したのか、春香がそれを中断させた。
「満梨花ちゃん、亜梨子ちゃんを部屋に案内してあげて」
 余所者の自分は客間にでも通されるのかと思ったが、そうではなかった。そこは母屋の二階に並ぶ家族の居室の一室で、南側に窓の開いた日当たりの良い部屋だった。部屋のドアには「Alice & Marica」と彫られた木製のプレートが掛かっていた。
「うちは子供部屋は二人で一部屋になってるの。満梨花ちゃんと同じ部屋だけど、構わないでしょ?」
 春香はそう言ったが、亜梨子に拒否権があるとは思えない。部屋の中は……このお屋敷なら当然だろうけど、2LDKぐらいのマンションだとすっぽりそのまま入ってしまいそうな大きさだった。
 ドアのあるほぼ中央を境に、机や本棚、ベッドなど二組の調度品がほぼ対称に置かれていた。家具はどれもお揃いだったが、一方は少女趣味あふれる小物や装飾品に埋まっていて、もう一方はそのままの殺風景な光景だった。
「こっちはずっと亜梨子ちゃんのために空けてあったから、自由に使ってね」
 そう言われると本当に自分がこの家のお嬢様のように思えて来るけど、目の前の何の飾りっ気もない家具を目にすると、まだ実感がわかない。どちらかというと、クラスメイトのお嬢様のお屋敷に泊まりに来た庶民の娘って気分だった。
 部屋の端にはクローゼットの扉がある。大きな部屋の割にはこじんまりとしたクローゼットだと思ったら、それは単なる扉で、中はそれなりの大きさのウォーク・イン・クローゼットになっていた。そしてすでに何着かの服が入っていた。
「サイズは満梨花ちゃんに合わせて用意したんだけど、違ってたり、気に入らなかったら言ってね」
 春香はそう言ったが、どれも自分の普段着みたいな、そこらの量販店で買ったような安物でないのは確かだった。気に入らないなんてとても言えたものじゃない。
「夕食になったら呼びに来させるから、持ってきた荷物を開けてらっしゃい」
 春香はそう言って出て行った。後には自分と満梨花だけが残った。
「大きな荷物ね。なに持ってきたの?」
 満梨花は珍しそうに覗き込んでくる。その視線はリュックの中身というより、リュックにくくりつけられた大きな包みに注がれてるようだった。
「そうや。パパってどんな人なん?」
 亜梨子は満梨花の問いを無視するように言った。春香に訊こうと思ってたことだったが、言い出しにくくてつい訊きそびれてしまったのだ。
「どんな人って言われても……優しい人かな」
 主観に基づく漠然とした答えだった。もちろん、亜梨子の期待したのはもっと具体的な父親像である。
「そんなら、日曜日に遊園地とか連れて行ってくれるん?」
 優しいと聞いて亜梨子が思い描いたのは庶民的なマイホームパパだった。
「遊園地って、ジェットコースターとか観覧車があるところね……」
 観覧車は街の中にもあるとツッコもうかと思ったが、やめた。
「うちは特別だから、そういうところは連れてってもらったことは無いわ」
 満梨花は少しだけ寂しそうな顔をして訊き返した。
「亜梨子ちゃんは洋子ママに連れてったもらったことがあるの?」
「小さい頃にね」
 異変の影響で二十年延期され、一九九〇年に開催された大阪万博の跡地にある大型遊園地を思い浮かべながら亜梨子は答えた。大阪万博自体は亜梨子の生まれる何年も前の行事なので知らないが、遊園地に併設された記念公園には当時の面影を残す建築物がいくつか残っている。その一つである大阪万博のシンボルともいうべき大きなモニュメントの塔が亜梨子は好きだった。
「最近は行かないの?」
「ママかって忙しいんや」
 夏休み中はずっと留守になるからって自分をこの家に寄越したぐらいだし……。女手一つで自分を育ててくれてるんだから多忙も仕方が無いと思ってた亜梨子だけど、この家を見てからはちょっと考え直した方が良さそうな気がしてきていた。
「遊園地に行かへんのやったら、映画とかに連れてってくれるん?」
 亜梨子はレストランとかとも訊こうとしたが、思い留まった。メイドさんを何人も雇ってるお屋敷である。専属のシェフがいて、そこらのレストラン以上の料理が当たり前なのかもしれない。
「映画だったらお家で見れるよ」
 首を振りながら満梨花は答えた。
 居間にあった大きなテレビのことだろう。確かにあれくらい大画面で見たらビデオディスクの映像も迫力はあるだろうけど、でも、映画館で見るのとはやっぱり違うんじゃないかと亜梨子は思った。
「ほな、どこも連れてってもろたことあらへんの?」
 亜梨子は内心、満梨花がかわいそうに思えてきた。ひょっとしたら母親の違う満梨花だけ仲間はずれにされてどこにも連れてってもらえないのかとも思えたからだ。そうでないにしても、お金持ちの家ってのは退屈そうに思えてきた。
「そんなことないよ」
 満梨花はそう言った。
「毎年、八月にウエスト・ミッドガルドにバカンスに連れてってもらうの」
 ウエスト・ミッドガルドというのは、かつてヨーロッパと称されたユーラシア大陸(ミッドガルド大陸)の西方を差す現地名である。海外旅行なんて経験のない亜梨子にとっては、毎年海外でバカンスというのは違う世界の話のようだった。
「今年は亜梨子ちゃんも一緒だね」
 嬉しそうにそういう満梨花だったが、亜梨子は別のことを考えていた。
「キャンプとかには連れてってくれへんの?」
「リゾートホテルに泊まるから、キャンプなんかしなくていいよ」
 何か話がかみ合わないような気がしたけど、もうどうでもいいやと思った。
「やっぱし、林間学校、行きたかったなぁ……」
 亜梨子はがっかりとしたようにつぶやいた。
「もしかしてパパがキャンプに連れてってくれるかと期待したうちが間違いやった」
 重いのを我慢して背負ってきた一人用のテントセットが無駄になったとわかると、どっと疲れが襲ってきた。

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