もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第09話「梅雨の明けない夏」
 朝からありすの姿を見ていない。夏休みのことだから朝きっちり起きてるのはちとせぐらいのもので、ふだんの休日から朝の遅いありすを見掛けなくてもいつも通りといえばいつも通り。しかし、出掛けてる様子も無いのに昼食にも姿を見せないのは異常だった。いや、ありすは昨日のあれから夕食時にも姿を見せなかったのだ。
 ちとせはありすの具合が悪いのではないかと何度か様子を見に行ったみたいだけど、そんなことが原因じゃないのははっきりしてる。ありすは僕の顔を見るのが嫌なのだ。年頃の女の子なんだから男のオナニーを見ただけでも嫌悪感を覚えるだろうに、それを、それを……アダルトビデオのフィニッシュさながらに、僕はありすのお腹の上で射精してしまったんだ。
 いったいなんてことしてしまったんだろ。妹に精液をぶちまけるなんて。いや、これが本当の妹ならそんなに深刻に考えることはなかったんだろ。もし仮に相手がちとせだったら「不潔」だの「変態」だのと罵られようが、笑って誤魔化して済んだ話かもしれない。いや、ちとせならすべて見透かしたような素振りで罵ることすらしなかっただろう。
 でも、ありすはしばらく前にやってきたばかりの義理の妹でしかない。理屈ではちとせと同じ家族ということがわかっていても、まだほとんど実感は無い。むしろクラスメイトの女の子が居候してるような、そんなイメージの方が実感に近い。ありすが人気声優だとかいうのは同居し始めてすぐはかなり意識したけど、実生活の上でのイメージにおいてそれが結びつくことはほとんど無かったから、普段はとくに意識しなくなっていた。
 つまりこの時点で僕はありすを肉親である妹としてでもなければ、憧れの対象であるアイドル声優としてでもなく、ごく普通のクラスメイトの女の子として感じていたことになる。妹ならその関係はよほどのことが無ければ崩れることは無いし、憧れの対象なら関係が崩れるのも容易だけど、最初から触れられる対象じゃないとして諦めも付く。クラスメイトにしても自分にとって関わりの薄いその他大勢の一人なら、例えずっと嫌われ続けたって致命的ではない。でも、ありすは義理の妹として同居し、日夜顔を合わせなければならない存在なのだ。この状況で居続けるのは耐えられなかった。
(謝らなきゃ……)
 僕の理性はそう言ってる。でも、何をどうやって謝れば良いんだ? ストレートに事実を説明したって絶対に誤解されそうな気がするし、単に精液を掛けたことだけ謝っても、それだけで済ましてくれるとも思えない。
 だいたいオナニーなんて健全な男の性欲処理行為なんだから、その最中にいきなり飛び込んできて抱き付いたありすの方が悪いんじゃないか。つい、そう開き直りたくなる気持ちに駆られるけど、それじゃ事態が解決しない。あんな時にオナニーなんかしてたのが、そもそも間違いだったんだ。
 深夜、みんな寝静まる安全な時間でもないのに、何であんなことしてたんだろ? そうだ、はるなが持ち込んできた『ドキドキファンタ』のエロ同人誌が原因だ。あの同人女があんなもの置いていったりしなかったら、こんな事態にはならなかったんだ。
 僕ははるなの関西弁を思い出すと、無性に腹が立ってきた。

 その日も午後からはるなはやってきた。不機嫌な僕の態度にも気付かないように、彼女はいつものペースだった。
「昨日の同人誌どうやった? それとも沢村はふつうのヌード写真集とかの方が好みやったか?」
 相変わらず女の子のくせに慎みも何も無い話題を口に出してくることに僕は苛立ち、問題の同人誌を投げ付けた。
「こんなもの、他人の部屋に置いて帰るな!」
 その怒鳴り声に、ようやくはるなは驚いたように僕の顔を見た。
「妹はんにでも見付かってしもたんか? そら、災難やったな。『お兄ちゃんのエッチ!』とか言われて嫌われたんやろな。でも、家族やさかい毎日顔合わせてたら、そのうち妹はんもお兄ちゃんとはそんなもんやて諦めてくれるで」
 その物言いが無責任に聞こえて僕はキレた。
「そんな適当に済む話だったら誰も怒るか!」
 そうかと言って、本当にあった出来事を赤の他人のはるなに説明できるわけもなく、そのもどかしさは余計に僕を苛立たせた。僕は思わずはるなの襟首をつかみ、そして突き放した。バランスを失ったはるなの体は後ろの方にふらつき、背後にあったベッドの上に倒れこんだ。
「何すんねん! 暴力ふるうようなことやあらへんやろ」
 その関西弁のきつい口調に僕は逆ギレし、はるなを殴りつけようとしたのか、それとも組み敷こうとしたのか、動機なんか完全に忘れてしまったけど、次の瞬間、僕はベッドの上でr仰向けになったはるなの上に覆い被さるような格好でいた。
 僕の体重に手足を押さえつけられたはるなは、これまでのきつい口調とは一変したようなか細い声で言った。
「沢村の好きにしてええよ」
 はるなの瞳は涙を湛えてるように潤んでいた。
「沢村に何があったんか、うちは知らん……でも、それで沢村の気が収まるんやったら、うちのこと……」
 最初、頭に血が上っていた僕ははるなが何を言ってるのかわからなかったが、その言葉の意味することに気付くと、焦って跳ね起きた。
「バ、バカ! 何を考えてるんだよ」
 慌てて取り繕うようにはるなの腕をつかんで起こし上げた。
「悪かったよ。そういうつもりじゃないんだ」
 僕は異様に気まずく思って何とか謝ろうとした。
「ええんよ。うちが悪かったんやさかい、沢村は気にせんでええで」
 はるなは零れた涙を拭いながら、まるで威勢を張るかのようにそう言った。でも、その体が震えているのははっきりと目に見えた。
「すまんな。しばらくうちは来んといた方が良さそうやね。締切日には原稿取りに来るさかい、ちゃんと仕上げといてな」
 涙声にそう言いながら、はるなは帰って行った。問題のエロ同人誌は結局、置き残したままだったが。
(おいおい、これ、どうしろというんだ……)
 部屋に置いておいて下手にちとせやありすの目に触れたら一大事である。いや、これが普通のエロ本なら、ちとせは「男の子なんてそんなもんなんだね」ってくらいで済みそうなのは経験的に知ってはいるけど、中身がファンタアップルをネタにしたエロ漫画じゃ変に勘ぐりされてしまう恐れがある。ありすにいたってはどういう反応してくるかもわからない。
「お兄ちゃんとなんか、もう一生口きかない!」なんて絶交宣言されるのも嫌だけど、「こんなお兄ちゃんとは一緒の家に住めない!」って家出でもされてしまったら大事である。もっとも、そんな未来の心配してる暇があったら、現状の問題を解決する方が先なんだけど……

「あの子、泣いていたんじゃない?」
 はるなが帰る時に会ったのか、彼女が来たときに出してくれた飲み物のコップを片付けにキッチンに降りた僕に、ちとせはそう言った。
「女の子に興味があるからって、いきなり襲ったりしたらダメだよ」
 誰がそんなことするかっ! いや……似たようなことしてた気はするけど。
「よその女の子を襲いたくなる前に、私に相談しなさいね」
 そんなことちとせに相談してどうするんだ? いや、ちとせのことだから深い意味なんて何も考えてないんだろうけど。
「でないと、せっかくのカノジョを泣かせて帰しちゃったら、もう付き合ってもらえなくなるよ」
 おいこら。はるなは僕のカノジョなんかじゃないし、付き合ってもいないぞ。そりゃ夏休みになって連日男子の家をたずねてくる女子がいたら、傍目にはそう見えるのが自然なのかも知れないけど。

 その日の夕食にはありすは出て来ていた。しかし、僕に口を聞こうとしないどころか顔さえ合わせようとしてくれない。僕の方から口を開いて何とか状況を打開したくも思ったけど、ありすの全身から「お兄ちゃんなんて、だいっきらい!」オーラが立ちこめてるようで、うかつに声を掛けられなかった。
 翌日もその翌日もありすの態度は変わらなかった。ただでさえ似合っていないきつい眼鏡に冷たく無表情な横顔が、とても言葉に出来ないような痛みを僕の心臓に与え続けていた。
 ただ、ありすの様子を伺っている僕を見るちとせの表情が、日に日に楽しそうに変わっていくのが気になった。

 そして四日目。僕とありすの関係は相変わらず改善されていない状況だった。しかし、ちとせは今にも大声で笑い出しそうなくらいニコニコしている。何がそんなに上機嫌なのかわからない。
 そんなちとせに誘われるように、ありすの表情が少し緩んだような気がした。ところがありすはすぐに顔を引き締めなおすと、にらみつけるように僕を一瞥して顔を背けた。食事のたびにこれじゃ、料理を味わう気分にもなれない。いや、ちとせの料理はレパートリーも少なく、とくに味わうようなものでもない普通の家庭料理なんだけど……
 早く何とかして関係を修復したいのだけど、ありすは極力僕を避けてるのか食事以外では顔を合わさないし、食事の時はちとせもいるから、とても話題を切り出せない。直接、ありすの部屋まで行って話をしようかとも考えたけど、不機嫌なありすが部屋に入れてくれるとは限らないし、妹とはいってもまだ付き合いの短い女の子の部屋に無理やり押し掛けることは躊躇する。かといってドア越しに話し掛けたりしたら、ちとせにまで筒抜けである。僕は早くありすに謝りたかったが、機会がつかめないままずるずると時間は過ぎていった。
 食事の時の笑顔が気になって、僕はありすが部屋にすっこんでいなくなってから、そのことをちとせに問い質した。
「何がそんなに楽しそうなんだ?」
「だって、二人とも仲良しさんなんだもの」
 ちとせはそういって含み笑いをした。
(どこが仲良しさんなんだ?)
 互いに全然話もしないし、顔をそむけさえもしてるのに仲が良いわけないだろ。それとも、ちとせには二人が互いに同じような態度をとってるように見えてるのかも知れないけど……

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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