もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第12話「二人の関係」
 ありすの変化は僕を戸惑わせた。あの日、勢いに任せて一線を越えてしまったとはいえ、依然僕たちの関係は親の連れ子同士の義理の兄妹でしかない。その日以来、べた付き甘えるありすに対して僕は血の繋がった肉親の兄と同様にふるまってやろうと心掛けたけど、本当の妹なんていない僕にそれが十分に務まらないことは分かっていた。
「きっと今は誰か本当に甘えられる人にそばにいて欲しいのよ。それがたまたま敬ちゃんだったわけね」
 ちとせはそう言って、ありすが立ち直るまでは好きなように甘えさせてあげろと言った。しかし、四六時中子猫のように僕に付きまとい甘えるありすに、僕はいつしか戸惑いを通り越していとおしさを感じ始めていた。それはけっして兄が妹に対して感じるものなんかではなく、僕自身ありすをこのままいつまでも手放したくないと思い始めていた。
 ありすは口にこそ出さなかったけど、彼女の態度を見ても僕に兄以上のものを求めてるようだった。そにうち……最初は冗談だったのかも知れないけど、ありすは僕と唇を重ねて来た。もちろん、それはただのフレンチキスで、国によっては十分に兄妹間の親愛の情と認められるものだったけど。それ以来、僕たちはキスを交わす間柄になってしまった。人目をはばかる行為であるから、それは自宅で、ちとせのいない時に限られていたけど、僕たちにはそれが日常の行為になっていった。
 僕にはもう、ありすはいなくてはならない存在になっていた。妹としてではなく、一人の女の子として。すべてに気付いてたわけじゃないだろうけど日増しに親密さを増してる僕たちのことは当然ちとせに勘付かれていたのだろう。ある晩、ちとせは僕を呼び出して言った。
「まるで恋人同士さんみたいね。でも、仲が良過ぎても良いって話じゃないのよ」
 そんなことはわかっている。でも、もう僕は自分の感情を抑えられなくなっていた。これが本当の血を分けた妹なら最初からそんな感情は抱かなかったのかもしれないし、理性がそれを抑えることも出来ただろう。でも、僕とありすはたった二、三か月前に出会っただけの、遺伝子的にはあかの他人の男女である。本能的に肉親の感情を抱くよりも恋愛感情の方を強く抱いたとして、それにブレーキを掛けるものなんて何も無かった。
 何か言いたげだけど、それ以上は何も言えないでいるちとせの困惑だってわからないわけではない。「うん」と生返事で答えたけど、それが嘘に等しいことは自分が一番痛感していた。しかし、このまま感情の赴くままに流されていった帰結がどうなるかなんて、漠然とは危惧していたものの、それがそんな近くまで迫っていたとは、この時の僕には気付かなかった。

 はるなから電話のあった翌日。本来なら『ドキドキファンタ』のイベントに出掛けていたはずの日曜日。僕は何の予定も無いまま、普段の日曜通りの時間に起き出した。ちとせもありすも出掛けているらしく不在で、リビングにはさも当然のようにテレビの前に陣取ってるまりあがいた。
「けーちゃん、おはよう。ちーちゃんとあーちゃんは買い物に出掛けたよ」
 この欠食児童みたいな貧乏人に留守を預けて外出とは、二人とも物騒なやつら……と思ったが、とりあえずありすがイベントに出掛けて行ったわけじゃないのはわかった。
 日曜の朝といえば『ドキドキファンタ』の放送日である。ありすがアフレコをサボったのは二回だったが、今日の放送ではまだありすの声が流れていた。この作品の製作スケジュールがどうなってるのかは知らないけど、一般にテレビアニメのアフレコは放送の二、三週間前には終わってるという話だ。その通りだとすると、もう来週辺りの放送から危なくなってくる。ありすのファンタアップルも今日が聴き納めかもしれない。

 今回のエピソードは三クール目に入ってパワーアップしたファンタアップルにとって初めて訪れた大きな試練だった。巨大な敵ボス《ゲームマスター》の気まぐれから生み出されたパワーアップアイテムが林檎の元に転がり込んできたのだが、それを身に付けたキャラはバーサーカーとなって敵味方問わずに攻撃してしまうという代物だった。しかも本人にはその自覚が無いという凶悪なアイテムである。
 林檎自身はそのアイテムに何か違和感を覚えて使用をためらっていたのだが、それをラッキーとばかりに横取りしたファンタピーチがバーサーカー化して、メロン、チェリー、レモンの三人を傷付けてしまう。林檎はピーチを庇おうとするが、ピーチはそれを良いことに責任をすべて林檎になすりつけ、五人はみんな互いに不信感を抱いてバラバラになってしまうという話だった。
 少女向けのこの作品のことだから、次回にはわだかまりも解決して元の五人に戻るだろうとは思うけど、心なしかありすの演じる林檎の様子がひどく痛々しかった。

 昼食の時間になって二人は帰ってきた。
「お兄ちゃん、これ、眼鏡のお礼だよ」
 ありすは包装紙に包まれた箱を一つ、僕に渡した。
「お礼なんて別にいいのに……」
 僕はそう言いながら包みを開けた。中には双眼鏡が入っていた。眼鏡のお礼に双眼鏡って……駄洒落かいっ!
「声優さんの追っかけには必需品だよ」
 おまえが言うなと心でツッコみながらも、僕はありがたく頂戴しておいた。
「それからお兄ちゃん、今日の晩ご飯、外食でいいでしょ?」
「外食?」
 うちでは外食なんて、たまに父が帰国した時に呼び出されたりするぐらいしかなく、いつもはちとせの手料理だけだ。家計をやりくりしてるちとせに言わせれば、外食なんて割高でもったいないし、贅沢な味を覚えたら自分の料理なんか不味くて食ってくれなくなるからダメってことで、この件だけは口に出すのもタブーって感覚だった。
「お姉ちゃん、いつも食事の支度で大変でしょ。だからたまにはゆっくり食事を楽しんでほしいからって、私のプレゼントなの」
 何か普通の家庭では母の日にでも見られそうな話である。
「それなら外食なんかよりも、ありすが夕食を作ってやった方が喜ぶんじゃないか?」
 普段はボケボケなくせして金銭感覚にだけは厳しいちとせのことを思い出して言ったのだが……
「そ、それは言ってはいけないことよっ!」
 なぜか焦ったような口ぶりでありすは答えた。こいつ、うちに来るまでは一人で暮らしてただろうに、自炊は出来ないらしい。どうせ声優の仕事をサボって家で暇してるんなら、ちとせに料理でも習えば良いだろうにと思ったけど、口には出せなかった。
 それにしても、僕への眼鏡のお礼はともかく、ちとせにまで感謝のプレゼントとは何か気を遣い過ぎって気もしたけど、僕は二つ返事で諒承した。家族なんだからそんなに気配りする必要は無いって言いながら……

 その日の夕食は駅前の飲食店街の外れにある小さなステーキハウスだった。少しエレガントなムードの漂うこじゃれた店だったが……僕たちには不相応な高そうな店だった。こんなところで大丈夫かと心配したけど、ありすは笑顔で言った。
「お仕事のギャラ、使わずに貯めてあるから……」
 確かに生活費は三人分とも親から出てるみたいだし、小遣いはありすの分もちゃんと出てるから、ありすが声優の仕事で稼いだお金は浮いてることになるけど、こういう子役上がりの高校生でも一人前のギャラは出てるのかな? いわゆる養成所上がりの新人声優の場合、週一本のレギュラーだけじゃとても食ってはいけないって話は聞くけど、まぁ外食一回分ぐらいは心配する必要は無いのかも知れない。
「でも、これはお姉ちゃんへのごちそうだから、お兄ちゃんは自腹で払ってね」
 お、おい……
「うそ、冗談よ。お兄ちゃんの分もちゃんと出すから」
 お金の心配については本当にありすに全部出させてごちそうになって良かったのかどうか気になったけど、とりあえず食うものは食った。
「カラオケ行こ!」
 ステーキハウスを出た僕たちは、ありすに引っ張られて近くのカラオケBOXに入った。部屋に案内されるや否やリモコンを確保したままコードブックの新譜コーナーをチェックしていたありすは、目的の曲を見付けると、さっそく入力してマイクを取った。
「せっかく練習したんだから、お兄ちゃんとお姉ちゃんは聞いてね」
 それは先月末にシングルが発売されたありすのデビュー曲、つまり『ドキドキファンタ』の新OPテーマだった。どうやらこれが歌いたかった……というか、僕とちとせに聴かせたかったらしい。振り付けまで付けて本格的だったけど、客席からステージを見るならともかく、狭いカラオケBOXの一室で至近距離で目にしてもよくわからない。
 でも、夏のイベントツアーに向けて一生懸命練習したんだろうな。結局、一回も実演しないまますっぽかしてるけど。だから、カラオケBOXとはいえ、振り付け付きでありすの生歌を聴けたのはとてもレアなことなのかも知れない。
 初めて聴くありすの生歌は……予想してたより下手だった。まぁ僕たちの前で歌うことにあがっていたのかも知れないけど……こりゃ、CDやアニメで流れてるOPの歌はミキシング段階で相当に調整を掛けてるとみた。
 特別なステージはその一曲だけで、あとは普通のカラオケだった。ありすが基本的にマイクを離さないやつだというのはよくわかった。でも、下手糞だ。本当にこれでよくCDなんか出したものだと思う。いや、他の声優さんと比べてもありすが特別に下手だってわけじゃないんだろうけど……
 しかし、お姉ちゃんへの感謝とか言っておきながら、ちとせには全然マイクを渡してないと思うぞ。感謝はステーキハウスだけで終わってるのかも知れないけど。ま、ちとせの方も歌なんか歌えないって顔で困った表情を見せてたから、一、二曲強引に歌わせた以上に無理強いするのも良くないだろうし。いや、こいつはこいつで本当に歌える歌が無いって可能性も否定できないけど、実のところどうなんだろうか?
 とりあえず、歌えるだけ歌いつくしてたありすは満足だったろう。アニメの声優やってるからってその手の曲ばかりじゃなく、むしろ一般のアイドルソングの方が多かったりするのは普通なんだろうけど、かわいみなみの曲を何曲か集中的に歌ってたのは印象的だった。先輩との付き合いで歌い慣れてるのか、それとも歌の手本として挑戦してるのか、あるいは単に好きな曲として歌ってるのか、そのどれかはわからないけど……

 その晩。その日の『ドキドキファンタ』をCMカット編集して保存用のDVDメディアに収めた僕は、ネット上を巡回して他人の感想発言とかをチェックしていた。イベント絡みでありすに対する発言はあいかわらず不愉快なものが多かったけど、それらは極力読まないようにしていた。それから、僕が常連になってるある個人サイトの掲示板に自分の感想等を書いて、この日の日課は終わった。
 僕がそろそろベッドに入ろうかとした時、そっとドアが開いてパジャマ姿のありすが入ってきた。
「お兄ちゃん、一緒に寝ていい?」
 僕は返事に窮した。相手が普通の妹なら、それはただの添い寝の意味と受け取るべきなんだろうけど、すでに一線を越えてしまった僕たちにとってそれは別の意味も有り得た。そんなことはありすだって知ってるはずだ。
「お兄ちゃん、ありすのこと好き?」
 ありすは思い詰めた表情で言った。
「も、もちろん。当然だろ」
「家族としてじゃなくて、女の子として、だよ」
 即答に窮して僕は唾液を飲み込んだ。なんてことを訊くんだ、と僕は戸惑ったが、ありすは切なそうな瞳で答えを求めていた。どうやら冗談半分で訊いてるわけじゃないみたいだ。
「本気で訊いてるのか?」
 ありすはこくりと肯いた。
「好きだよ。僕はありすのことが好きだ。本当はいけないことなんだろうけど……」
 僕は何となく目を逸らしながら言った。互いに見つめ合って言ってしまえば、僕がありすを追い詰めるような気がしたからだ。
「よかった……ありすもお兄ちゃんが好きだよ。本当に好きだよ」
 ありすはそう言って僕に抱き付いて来た。僕もありすを抱きしめ、しばらくお互いの温もりを感じ合った・
「お兄ちゃん……」
 ありすはか細い声で切り出した。
「私、お兄ちゃんに謝らなければいけないの」
 何か言い難いことを言い出そうとしているありすに、僕は性行為に付きものの結果について危惧した。この前は避妊なんて余裕なんか無かったから、妊娠してたって可能性は十分ありえる。
 まさかそのまま産ませるわけにはいかないから中絶させるにしても手術代が掛かるし……中絶手術って保険が効いたんだっけ? それにそのことを隠し通せるわけはないから、いずれ両親にもバレてしまうだろう。その先のことを考えようとしたら頭の中が真白になった。
 でも、ありすの話はそんなことではなかった。
「ありす、今はお兄ちゃんのことが大好きだよ。でも……あの時はそうじゃなかったの。私はお兄ちゃんなんかどうでも良かった。ありすのこと優しく抱いてくれる人なら誰でも良かったの。たまたまお兄ちゃんがいたから、ありすはお兄ちゃんを騙してあんなことをしたの……」
 あの時のことって……僕とありすが兄妹の一線を越えた時のことなのか? 誰でも良かったって……僕を騙したって……そんなの女の子が簡単にすることじゃないだろ。あの日、いったい何があったんだ?
「お兄ちゃん。あの日のことで責任を感じてありすのことが好きだって言ってくれるんなら、嫌いになってくれてもいいよ。ありすは自分勝手で酷い女の子だから……」
「嫌いになんかなるものか! あの日のことなんか無かったって、僕はありすが好きだよ」
 涙を浮かべながら告白を続けようとしているありすを、僕は再びきつく抱きしめた。
「ありすのこと許してくれるの?」
「許すも何も、怒ってなんかいないよ」
「お兄ちゃん……ありすもお兄ちゃんのことが好きでいいのね」
「ああ」
 僕がそう答えると、ありすは僕の首に腕を回し、体を持ち上げ、僕に深く口付けた。
「お願い、お兄ちゃん。お兄ちゃんとの関係があの時のままだと嫌なの。本当にお兄ちゃんのこと好きになったありすと、エッチして……」
 僕はそのありすの誘いを断れず、また後先考えず、その結果がどうなるかも分からずに感情の赴くままにありすを抱いた。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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