もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第14話「夏の終わり……」
 夏休みの残りの約二週間は、もう何をする気力も無いままに過ぎて行った。
 ありすの去った次の日曜日、モエケットと呼ばれる同人誌即売会の当日だったが、当然ながら僕は出掛ける気分ではなかった。でも、同じくサークル参加で出店してるちとせに強引に引っ張られて、結局のところはるなの思い通りに扱き使われてしまった。
 ほとんど開場前と量の変わらない在庫の山を抱えて疲れきって帰宅した僕は、録画していたその日の『ドキドキファンタ』をチェックした。とくに断りのメッセージとかを画面に見掛けることは無かったが、ファンタアップルの声はありすではなくなっていた。劇団の先輩のかわいみなみがこれまでのいじわる魔女役と二役で演じていた。
 劇団ではありすと仲良しで自らの趣味を物まねだというかわいみなみは、巧妙にありすのファンタアップルを真似ていた。何気に眺めてるだけの視聴者なら違いは分からなかったのかも知れない。しかし、僕にはその声の違いが痛切に響いた。
 翌週。夏休み最後の放送ではOPも歌だけ以前のものに差し替えられていた。もうこの番組からありすのいた痕跡はすべて失われてしまった。
 ファンタアップルの声が変わってから一週間。この作品のネットでの感想は怖くて見ることが出来ない。たぶん非難ごうごうでありすに対する誹謗中傷が飛び交ってるのに違いない。とくにその可能性の高い巨大匿名掲示板サイトは、もう巡回することも無いだろう。

 そして夏休みが終わった。
 ありすのいた部屋にはありすの荷物がまだ手付かずのまま残ってる。しばらく母親とアメリカに行ってみるけど、そのままアメリカに留学するのか日本に戻るのか、いずれにせよ定住先が決まったら連絡するから送ってほしいとのことだった。
「お兄ちゃん、ほしかったら一着ぐらいはかまわないけど、たくさん持っていかないでね」なんてわけのわからないタンスの張り紙も、引越し業者が来る前には剥がしておくべきなんだろうけど、何かそこだけ今でもありすがいるみたいで張ったままにしてある。
 さすがにタンスの中を物色したりはしなかったけど、ありすのベッドに寝転んで、ありすの痕跡を感じ取りたくなることはしばしばだった。
 雑然とした本棚や、散らかしたままの机の上はがさつなありすの性格を現していたけど、自分で決めて出て行くんなら片付けてからにしろとかツッコみたいところだけど、そのせいで部屋にはまだありすがいるかのような感じもした。ビデオレコーダーも録画予約が入ったままになってるけど、どうするつもりなのか謎である。ハードディスクがいっぱいになる前に解除してやるのが親切なんだろうな。

 九月。二学期最初の朝。前夜、溜め込んだ宿題の片付けて夜更かしをした僕は、揺り起こされる感覚で目覚めた。
「……ちゃん、起きて」
 しまった。目覚まし時計をセットしとくの忘れてたっけ?……と思って目覚ましの時刻を見たら、セットした時間にはまだ若干時間がある。それともこの目覚ましが遅れてるのか?
「お兄ちゃん、朝だよ、起きて!」
(お兄ちゃん……?)
 ちとせがふざけてるのかと思って、僕は怒ってやろうと上半身を起こした。しかし、そこにいたのはちとせじゃなかった。
「ありす?」
 そこにいるのは見紛うこともないありす本人だった。
「おはよう、お兄ちゃん。てへへ……帰って来ちゃった」
 僕は飛び起き、何気に照れ笑いしてるありすを抱きしめた。
「早く朝ごはん食べないとお姉ちゃんに怒られるよ」
 僕はありすを放すと、身支度を整えて一階のダイニングへ降りていった。テーブルの上には久しぶりに三人分の食器が並んでいた。
「帰ってくるなら帰ってくるって連絡しなさいよ。始業式の朝にいきなり帰ってくるなんて……」
 ちとせは少しご機嫌斜めのようだった。
「空港に着いたのが深夜だったから帰って来れなかったんだよぉ」
 僕が席に着いて三人揃ったところで朝食。いつもと比べて量が少なめなのは気のせいではないみたい。ありすが急に帰ってきたから二人分の朝食を三人で分けたってところなんだろう。ちとせの不機嫌の理由はこれかも知れない。

「お兄ちゃん」
 ありすに呼びかけられて僕は彼女の瞳を見た。
「約束……覚えてる?」
 約束? そういえば……と僕はありすとの別れ際に交わした約束を思い出した。十年近くも前に別れた幼馴染との約束なら忘れてしまっていても無理は無いけど、たった二週間ばかり前に別れたありすとの約束はいくらなんでも忘れているわけがない。
「今度また会えたらお嫁さんにしてくれるって言ったよね」
 ありすはそう言って封筒を取り出し、その中身を示した。
「ちゃんとお母さんとお義父さんの許可、もらってきたよ」
 それは二人の両親が記した婚約同意書と、保護者の署名欄が記載された婚姻届の用紙だった。
 ありすは悪びれず言った。
 おいおい、そりゃ確かに約束はしたけど、それはその場の空気ってやつで……いくらなんでも一方の当事者の知らないところで進展しすぎだろ。僕は慌てて弁解を試みようかとも思ったけど、今までに見せたことの無いありすの本当に幸せそうな笑顔を見て、そんな気は失せてしまった。
 僕がありすを好きなのは確かだし、今なら本当にお嫁さんにしたい。僕もありすもこれからどうなるかは分からないけど、その時になってお互いに好きならそのまま結婚すればいい。そうじゃないなら、その時はその時だ。
 ありすの笑顔に負けて僕はそれを受け入れようとしたけど、突然、何か殺気のようなものを感じた。
「あたしがけーちゃんのお嫁さんだよ!」
 成長不良の舌足らずな声……まりあだった。
「勝手に決めるな!」
 僕はどこからか勝手に沸いて出たまりあの言葉をきっぱりと否定したつもりだったけど……
「ひどいよ、お兄ちゃん……ありすを弄んでたのね」
「いや、こいつの言ってることは違うって……」
 なんだかありすが本気にしてしまったみたいで、どうやって誤解を解こうか悩む以前に頭がパニクってしまって働かない。
「そういえば敬ちゃんって、私にも結婚しようって言ってたよね」
 追い討ちを掛けるようなことを言ってるちとせ。おいこら、いくらなんでもちとせ相手にそんなこと言うわけないだろ……と言い返そうとして思い出した。
「それって、姉弟で結婚できないなんて知らなかった幼稚園の頃の話だろ!」
「私たち、本当は姉弟じゃないかもしれないし……」
「そんなわけ無いだろ」
 なんかやけに悪ふざけしてくるちとせ。いったい何を考えてるんだ?
「でも、お姉ちゃんにもその気があったんだよね、お兄ちゃん……」
 不安げな視線を向けるありす。おいおい、そんなわけのわからん話を本気にするんじゃない。
「ダメだよ! ぜったいにけーちゃんのお嫁さんはあたしなの!」
 まりあはまりあで勝手な自己主張をやめない。
「おまえら、いい加減にしろよ!」
 僕がそう叫びそうになったのよりも一瞬早くちとせが言った。
「こういうことだから、これはお預けね」
 ちとせは両親の同意書と婚姻届の用紙をありすから取り上げた。
「お、お姉ちゃん!」
 ありすは慌てて取り返そうとしたが、ちとせは素早くそれをかわして席を立った。
「結婚を前提にしたお付き合いなんて、二人とも自立してからにしなさい! 建前上は兄妹なんだから、人目をはばかるような付き合いを大っぴらに認めるわけにはいきません! わかったわね!」
 ちとせはいつになくきつい口調で言った。どうやら我が家では両親よりもちとせの方が権力は上らしい。
 ありすは不服そうにぐだぐだ言ってたけど、ちとせは聞く耳持たない様子。一方で無意味に勝ち誇ってるまりあ……こいつ、状況わかってるのか?
「さあ、早くしないと学校、遅刻するわよ!」
 ちとせに促されて登校の準備を整える僕たち。僕が玄関で靴を履いているとちとせがそばに寄ってきて言った。
「今の敬ちゃんには本気でありすちゃんを受け入れる心の準備なんて出来てないんでしょ? 状況に流されてるだけじゃ、お互い不幸になるだけよ。兄妹以上の付き合いなんて、もっとお互いに落着いてから始めなさい。そして、来るべき時が来たらちゃんと真剣に向き合えるように、覚悟を決めておきなさいね」
「ちとせ……」
「それから、私とのこともちゃんと考えて置きなさいね。正式に婚姻届は出せなくても、敬ちゃんがお嫁さんにしたいって言うんなら私はOKだから……」
 そのネタで引っ張るなよ、おい。
 なんか冗談ではぐらかそうとしてるみたいだけど、ちとせが僕とありすのことをちゃんと考えてくれているのはわかった。確かに僕とありすは流されるままに一線を越えた関係になってしまったけど、本当ならじっくり関係を築いていかなければいけないことだ。僕たちはこれからそんな堅実な関係を育まなければいけない。婚約とか結婚というのはその先の帰結に過ぎないんだから……

「沢村さん! 今日の日直、あなたじゃなかったの!」
 始業ギリギリに教室に飛び込んだ僕たちを待ち受けていたのは、クラス委員長の北村あやかの怒声だった。どうやら今日の日直はありすだったらしい。
「あ、忘れてた……」
 悪びれもなく舌を出すありす。
「忘れてたじゃないわよ! 当番なんだからちゃんとやりなさい!」
 相変わらずありすとは犬猿の仲って感じだ。
「どうせ今日は始業式なんだから。日直なんてすることないじゃん!」
 これまた平然と口答えするありす。ありすが八方美人じゃないのは別に構わないけど、だからといってここまでクラス委員長と仲が悪すぎるのも困りものだな。
「じゃあ、明日も日直やりなさいね」
「それは嫌!」
 僕はありすのとばっちりを受けないうちにと、こっそり自分の席に急いだ。
「遅いなぁ、沢村」
 背後から関西弁で呼び掛ける声。夏休み中頻繁に目にしてたからちっとも久しぶりって気がしない同人女だ。
「冬の新刊の話やけどなぁ……」
 いきなり同人誌の話題を振ってくるはるな。おいおい、僕が協力するのはこの前の一冊だけだったんじゃ……
「でもなぁ、あの在庫の山見たら、沢村ももう後には引けんやろ」
 いや、僕はもうやめたい。

 二学期が始まり、夏が去って秋が来た。いろいろあった夏休みだったけど、結局、ありすも戻って来て夏休み前と何ら変わらない日常が始まった。表面的に唯一つ変わったことといえば、ありすの眼鏡である。以前のきつくて似合わない眼鏡に代わって、今は僕が選んであげた眼鏡を掛けている。こっちの方が似合ってるし、心持ち表情も穏やかに感じられるようになった。とはいえ、がさつな性格までは変わらなかったけど……
 そしてしばらくして、ありすは再び劇団のレッスンに通い始めた。声優の仕事はもう無いけど、元々それが目的で劇団に入ったわけでもないし、続けていればいつか自分のやりたいことが見えてくるだろうってことらしい。
 テレビからありすの声が聴けなくなったのは寂しいけど、これからも僕はありすを応援していくつもりだ。兄として……いや、今はもうもっとありすに親密な存在として。そして、またいつかアニメの声優として復活する日が来るのを心待ちにしたい。

(了)

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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