もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第01話「妹はアイドル声優」
「いもうと、いりませんか?」
 学校から帰宅し、家に入ろうとした僕は、ふと背後から聞こえた声に振り向いた。そこには牛乳ビンの底があった。
「い・も・う・と、い・り・ま・せ・ん・か?」
 牛乳ビンの底から再び同じ声が聞こえた。それも、かわいい女の子のような声で……
 いや、もとい。「かわいい」が掛かっているのは声だけだから、正しくは、女の子のようなかわいい声で、だ。いまどき宅配の牛乳なんてのも珍しいから最近の牛乳ビンにはそんなギミックでも追加されてるんだろうかとか思ったりもしたが、それよりもこんなところに牛乳ビンがあることの方が謎である。もちろん、我が家で牛乳をとってるわけではない。
「あの……」
 牛乳ビンはさらに何かを話し掛けて来た。いや、牛乳の宅配の勧誘なら要らないんだけど……。そう答えようとした僕に、声は続けた。
「妹は要りませんか?」
 い、妹? 牛乳の勧誘じゃなかったのか? 最近は妹を宅配してくれる時代になったのか?
 僕は改めて牛乳ビンの底を見つめた。そして、ようやくその牛乳ビンの底は何かの一部であり、その下に人の顔らしい輪郭があり、さらに全体では女子高生の制服を身に付けた人型の存在であることに気付いた。
 マンガやアニメでしか見たことがないようなものだが、その牛乳ビンの底は分厚い眼鏡のレンズだったようだ。すると、そこにいる女子高生の格好をした存在は、典型的なド近眼のがり勉少女とかいうものではなかろうか?
 いや、マンガならこの分厚い眼鏡の下に飛びっきりの美少女が隠されてるってパターンだけど、現実的にそんなのは期待出来ない……などと僕があれこれ考えていると、返事を貰えない彼女は心細そうにもう一度訊ねた。
「妹なんて、要らないのですか?」
 妙に感情のこもったその問い掛けに、僕は思わず答えてしまった。
「要らないなんて言ってないよ」
 すると、その言葉を待っていたかのように彼女は僕に抱き付いて来た。
「ありがとう、お・に・い・ちゃ・ん!」
 この声、どこかで聞いたような……ふとそんな気がしたが、それよりいくら牛乳ビンの底とはいえ女の子に抱き付かれたことで、僕は大いに戸惑ってしまった。そんな僕の顔を間近で見上げながら、彼女は眼鏡を取って微笑んだ。
「き、君は……」
 僕はその顔に見覚えがあった。そして声にはそれ以上に聞き覚えが。
「妹のありすだよ。これからよろしくね。ムギュっ」
 彼女は今放映中の人気アニメ『冒険少女隊ドキドキファンタ』の主人公で萌えキャラ、ファンタ・アップルの口調でそう言いながら、僕を一度強く抱き締めると、離れた。
 少し距離を置いて見る彼女の素顔は間違いなく一条ありす……ファンタ・アップル役で人気の高校生アイドル声優その人だった。

「どう? 驚いた?」
 声の出ない僕に別の声が聞こえて来た。いつのまに現れたのか、ありすの隣にもう一つの人影……僕の双子の姉であるちとせがいた。
「せっかくの出会いだから、印象的に演出してみたの」
 ちとせはそう言うと、ありすと顔を見合わせて笑い転げた。
 演出? すべては仕組んだことだったのか? じゃあ、出会いって何だ?
「妹ってのもウソなんだな?」
 騙された気分で悔しくなった僕はそう言って訊き返した。本当にウソだったら悔しすぎる。いや、現実的に考えたらウソの可能性の方が高いんだけど。
「ううん、それは本当よ。お兄ちゃん」
 ありすはそれまでと違って作りの無い普通の女の子らしい声で言った。おそらくこれが地声なんだろう。
「パパが向こうでありすちゃんのママと再婚したのよ。それでありすちゃんが同居することになったってわけよ」
「再婚? そんな話、聞いてないぞ」
 僕とちとせの父は現在、海外に単身赴任中で仕事が忙しいのか、もう何年も帰って来てない。母は僕たちが小学生の頃に病死している。父はそれ以来、仕事に没頭するようになったから、まさか再婚なんて話があるなんて想像もしてなかった。ま、僕たちも実際に海外での父の生活を知ってるわけじゃないから、どこまで仕事に忙しいのかは知ったことではないけど。
 でも、僕にとっては今初めて聞いたことで寝耳に水だったのに、ちとせはどうして知ってたんだ?
「日曜日、ありすちゃんから電話があったから、パパに問い質したのよ。敬ちゃんには印象的な出会いを体験させてあげたかったから黙っていたけど」
 おいおい、日曜から今日まで僕を騙し続けてたってわけかよ、この天然ボケ女。双子の弟の僕が言うのも何だけど、ちとせは典型的な天然ボケで、時々こういう非常識なことをして僕を困らせてくれる。本人には悪気は無いんだろうけど。
「そんなわけだから、敬ちゃんもちゃんとありすちゃんのこと家族として扱ってあげなさいね」
 ちとせはそう言って一方的に締めくくった。「家族として」というところに何か心持ちアクセントがあるような気がしたけど、義理でも妹なら当然のことだろ。それとも、異性として意識するなってことなのか? いや、僕だってそのくらいの常識はわきまえてるつもりだけど……
 僕はそう思いながらも、もう一度ありすを見た。素に戻ったありすは笑顔を続けていたが、そこにはもうファンタ・アップルの萌えの気配は欠片も無かった。やっぱり一瞬でも妹萌えを期待した僕はバカだったんだろうか。

「沢村ありすです。よろしくお願いします」
 転校生の自己紹介は一言で終わってしまった。ま、年度初めのクラス替え直後の自己紹介タイムじゃないんだから平日の朝のホームルームで長々と自己紹介なんかしてる時間は無いのだけど、だからといってこれじゃ、あっさり過ぎるぞ。もっとも、僕の自己紹介ってわけじゃないんだし、その自己紹介がもたらす結果の人間関係なんて知ったことじゃないけど。
 ありすはさすがに牛乳ビンの底じゃないけど、フレームの大きな眼鏡を掛けていた。牛乳ビンの底は僕をからかうための悪戯だったみたいだけど、目が悪いのは本当らしい。でも、アイドル声優として顔出ししている彼女の仕事に眼鏡を掛けたものなんて無かったからクラスにも何人かいるだろう声優オタクたちの目は欺いたらしく、誰もありすの正体に気付いた者はいない様子だった。
 問題はなぜありすが僕と同じクラスに転入して来たかだ。この学校に来ることは通学時間の問題で以前の学校に通えないからだということは聞いた。妹だとか言っときながら同じ学年なのは、単に僕の誕生日の方が早かっただけに過ぎない。でも、クラスなら他に幾つもあるのに、よりによって何で僕と同じクラスなんだ?
 相手がファンタ・アップルみたいな萌えキャラだったら、一緒のクラスだと心が和む。しかし、眼鏡を取ったらそれなりの美少女とは言え、現実のありすは萌えっ気の無い普通の女子高生にすぎない。同じクラスにまだ気心の知れない家族がいるってことは、当事者にとってはすごくプレッシャーの掛かる事態なのだ。
 そんな僕に追い討ちを掛けたのは担任の一言だった。
「沢村敬一。おまえはお兄さんなんだから妹が困ったら面倒みてやれよ」
 普通ならクラス委員に押し付けられるはずの転校生の面倒は、その一言で僕に押し付けられることになってしまった。ま、自分の妹なら仕方の無いことだけど。それよりもその一言で僕とありすの関係が、関係者だけの秘密ってわけにはいかなくなったのが致命的だった。いや、妹だって知られたら困るってわけじゃないんだけど、いまさら妹が出来たっていうのも恥ずかしいし、あれこれ言われるのも面倒だしねぇ……
 その日の午前中、僕の心はずっと複雑だった。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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