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『冒険少女隊ドキドキファンタ』第1話(前編)
《第1話「ファンタ・エルフ」》

「ただいまー」
 林檎は奥のリビングにいるはずのお母さんに声を掛けると、そのまま2階の自分の部屋に駆け上がった。
「さぁ、始めるぞぉ!」
 カバンをベッドの上に放り投げると着替えもそこそこに、林檎は小学校の頃から使ってる学習机の足元に鎮座した無骨なタワーPCの電源を入れた。スタンバイで落としてるとはいえ、それでもOSの起動時間がもどかしい。
 自分のいない間に家族に触られることも想定してあるから、デフォルトでユーザー選択画面が出てくる。些細な手間ではあるけど、パスワードをいちいち打ち込むのも面倒だ。デスクトップ画面が現れ、ハードディスクの頻繁なアクセスが終わったのを確かめると、林檎はデスクトップ上のアイコンの1つをクリックした。
 やや時間を置いて鮮やかなグラフィックのウインドウが現れる。「冒険ファンタジー世界・ドキドキワールドにようこそ!」とそこには書かれてあった。それは林檎が夢中になってるネットゲームのクライアントソフトの起動画面だった。
「何よ。またシステムのパッチが出てるよ」
 その起動画面の上にいきなり開いたダイアログ画面を見て、林檎はうんざりしたようにつぶやいた。何のことはないクライアントソフトのアップデート通知なのであるが、このゲームはそのアップデートが頻繁なので週に1回はゲームの開始前にアップデートをしてクライアントソフトを起動しなおす必要があるのだ。
 しぶしぶアップデートボタンをクリックすると、専用のダウンロードソフトが起動して自動的に処理を始める。林檎の家には光ファイバーのネット回線が繋がってるからダウンロードに多くの時間が掛かるわけでもないし、OSのアップデートみたいにアップデート処理が長い上に終わったと思ったらPCを再起動しろと言われるわけでもないけど、余計なことに時間を費やされるのは嫌だ。
 アップデートの終わったクライアントソフトは自動的に起動しなおし、再びその起動画面を表示した。これでようやくゲームが始められると林檎は気合を入れようとしたが、それは階段を上って来る足音で挫かれた。
「林檎、ゲームばっかりやってないで、ちゃんと勉強しなさいよ!」
 ドアの向こうでお母さんの声がした。毎日毎日聞き飽きたセリフだけど、ここで口応えなんかしたらネットワークを遮断されたり、PCを取り上げられたりするかもしれない。林檎はいつものように適当に生返事を返した。
「はぁ~い。わかってるよ~」
 それでお母さんが本当に信用してるのかどうかはわからないけど、定例的ないつものやりとりである。
「それから、お父さんは今晩早く帰って来るから、晩御飯は一緒で良いでしょ? 少し時間は遅くなるわよ」
 お母さんはそう言うと階段を下りて行った。

「よぉし、始めるぞ~!」
 母親の忠告も何のその、林檎は気合を入れなおすと再びネットゲームに向かい始めた。スタートボタンをクリックするとアカウントIDとパスワードの入力が要求される。それが受理されれば自分のホーム画面が現れ、キャラクターの基本設定や前回までの結果が反映されたパラメータが表示される。
「グレードアップはまだまだだけど、今日中にレベルアップは出来そうね」
 林檎はジュニアグレードのサーバーの1つを選択するとこのオンラインゲームの世界に入っていった。

 この『冒険ファンタジー ドキドキワールド』は国内の大手ゲーム会社の手による、比較的古参のMMORPGである。最近のオンラインゲームがアイテム課金に移りつつある中、あくまで月額基本料金を貫いているため、タダで遊びたいとか、金に力を言わせてキャラを強化したいという一部のユーザーには評判が悪いけど、堅実に経験だけでレベルアップ出来るオーソドックスなシステムには定評がある。
 『ドキドキワールド』のシステム的な特徴のひとつとして、グレード毎のサーバー空間をマルチレイヤー化してあることにある。ユーザーはキャラのグレードに応じたサーバーに接続して、そこでゲームをプレイすることになるが、全てのサーバーは1つの仮想マップを共有し、マップ上のレイヤーという概念を用いることで全てのユーザーが同一のマップ上でゲームを楽しむことができるのだ。
 マップ上の全てのエリアは3つのカテゴリーのいずれかに属する。「タウン」はスタート場所でもあり、情報収集や各種のアイテム売買、補給の場所である。それに隣接する「フィールド」は一般的な活動の場であり、モンスター退治の修行や依頼解決の仕事などは主にここが舞台となる。最後の「フロンティア」は未開の土地であり、何が起こるかわからないとされている場所。
 プレイヤーキャラは各自のグレードを意識せずに自由に会話でき、パーティーを組むことが出来るが、「タウン」や「フィールド」ではレイヤーの管理機構が働くため、その行動はグレードによって制限される。すなわち対戦するモンスターは自動的に各自のグレードに合わせた難易度のモンスターが割り振られ、キャラとの対決も同一グレードのキャラ同士でないと行えない。この制限によって例え初心者であっても一撃でやられてしまうような強力なモンスターと出くわすことはないし、高位グレードのキャラでも片手間で倒せるような弱いモンスターとは当たらないようになっている。例え自分が別のグレードのキャラに助太刀しようとしても、その相手モンスターにとっては自分の攻撃は無効であり、またこちらを攻撃してくることもない。
 一方、「フロンティア」ではそんな制限は取り払われるために、どんな強さのモンスターが襲ってくるかもわからない状態となる。これはレベルの低い低位グレードのキャラにとっては非常に危険が伴う状態であるが、一方で違うグレードのキャラとも同一条件でパーティーが組めたりするメリットもあり、強力なモンスターを倒した場合は多くの経験値を積むことも出来る。
 メリットとデメリットは表裏一体であり、当然ながら全てはプレイヤーの自己責任ということになるが、初心者用のビギナーズグレードだけは「フロンティア」には立ち入れないようになっている。
 ちなみにHPが0になった場合は「強制入院」となり、ただちに現在のグレードの初期状態のレベルまで戻され、装着中のアイテムの1つがランダムに失われ、再起の町・ホスピタルポリスからのやり直しとなってしまう。

 林檎のキャラ、《ぷちりんご》はアドニス大陸東方の港湾都市、ポートモノリスにいた。沖合いにある島嶼地方の冒険を終えてこの町にたどり着いたところである。典型的な黒い魔道士装束に身を包んだそのキャラは、身に付けたアイテムも実用一点の堅実なものばかりで見た目に地味以外の何ものでもなかった。
「おねえちゃん、いい回復アイテムがあるんだが……」
 商人らしきキャラが売り込みに来た。
「回復魔法が使えるから、いらない」
 林檎は返事をキーボードで打ち込んだ。回復魔法なんて魔道士にとっては基本である。誰がどう見ても魔道士としか思えない自分に回復アイテムを売りつけようだなんて、何を考えているんだか。見た目、NPCとも思えなかったし……
 林檎はキャラを町の繁華街に向けた。こんな大きな町には自分のような魔道士を見ると仕事を依頼してくる機能の一つや二つは用意されている。あるいは簡単な冒険へのパーティーの誘いも。もっとも、さっきのように物を売りつけようとしてくる商人の方が圧倒的に多いのだが……

「そこの魔道士、パーティーを組まないか?」
 しばらく歩いていたら、そう声を掛けられた。相手は女剣士である。キャラ名はサクラとあった。
「近くのフロンティアに幻獣探しに出掛けるんだが、なんせ剣士や騎士ばかりで攻撃メンバーは足りててもバックアップが不安でな。回復魔法を使える魔道士や聖職者を探していたんだ」
「うん、いいよ」
 サクラの誘いに林檎は応じた。パーティーに参加した場合はたとえ自分が攻撃に参加しなくても回復魔法の行使によって経験値を稼げる。ちなみにレイヤー管理機能が働く「タウン」や「フィールド」でも回復魔法はグレードを超えて全てのキャラに有効なので重宝されるのだ。
「あんた、前に会ったことないか?」
「え?」
 サクラにそういわれて、林檎は首を捻った。目の前の女剣士はシニアグレードのキャラであるが、シニアグレードの剣士とパーティーを組んだことは一度もない。
「そうだ、ロドリス島のイケナタウンでパーティー組んだことがあっただろ。あの時は私もまだジュニアグレードになったばかりだったが」
 そう言われて、林檎は思い当たった。
「ああ、あの時の……。でも、もうシニアグレードって凄いね」
「何言ってるのよ。あれから3ヶ月も経ってるのにまだジュニアグレードのあなたの方が珍しいよ」
「うう……」
 それを言われると悔しかった。ネットに繋ぐ暇がなくてキャラが成長しないなら仕方がないとは思うけど、毎日と言っていいくらいプレイしてる割には、林檎のキャラはレベルアップが異様に遅かった。薄々何かおかしいとは思ってるのだけど、実生活でも目立つ自分の不幸体質の一環だと半ば諦めてもいるのだ。
 実のところを言えば、林檎がこのゲームを始める直前のバージョンアップの際にキャラクタージェネレーター機能の一部にバグがあって、魔道士タイプを選んだ場合にレベルアップに必要な経験値が異様に大きな数値になってしまっていたのだ。このバグはすぐに改修されたのだけどユーザーには通知されず、こっそり変更されたためにバグがあったことは公表されていない。その間に生成された魔道士キャラのパラメータの書き換えもこっそり行われたのだが、どういうわけか林檎のキャラだけは忘れ去られていたのだ。
 ただ、レベルアップの成果としては現れてこないけど、林檎のトータル経験値そのものはかなり大きな数値になっていて、表面上に現れないこの数値を利用した魔法効果などには大きな影響を与えているのだけど、林檎自身はそのことには気付いていない。

 パーティーの他のメンバーとは町外れの広場で落ち合った。騎士が2人、剣士が3人、銃士が1人、弓兵が1人……なるほど、攻撃メンバー主体のパーティーである。そして、回復要員は林檎のほかにもう1人の魔道士がいた。同じジュニアグレードである。
「私、フロンティアの冒険は初めてなんです」
 その魔道士プラムはそわそわするように言った。どうやらビギナーグレードから上がってきたばかりらしい。
「大丈夫だよ。モンスターは他のメンバーが相手になってくれるから、私たちは回復魔法に専念してれば良いだけだから」
 そうは言ったものの、不意に背後から襲われたりしたら自分で戦わなければならないことになる。林檎は回復魔法には自身があったが、襲撃に即応できるような速攻の攻撃魔法には自身がない。いざとなったらシールド魔法で攻撃をかわすか、護身用の短剣で立ち向かうしかなかった。
 前にも述べたが、フロンティアで襲ってくるモンスターにはレベルの制限がない。ジュニアグレードのキャラなんか一撃で病院送りにしてしまう強力なモンスターも珍しくはないのだ。一撃でやられてしまうといくら回復魔法や回復アイテムがあったって役には立たない。非常にシビアだが、このシビアさがフロンティアの醍醐味とも言える。

「私たちが出向くのは、このポートモノリスの南西にあるハイリゲンシュタットの森だ。この森に最近になって未知の幻獣が出没し、付近の住人や旅人たちを襲ってるという。依頼内容はこの幻獣の正体を明らかにし、捕獲もしくは撃退することだ。依頼金は全て成功報酬で1万5000ゼニー。配当は自動振り分けだけど、一人当たり最低1000ゼニーは期待できると思う」
 サクラは一同に冒険の依頼内容を説明した。ゲームの開設当初はともかく、今では大きな町の近郊での冒険で、これだけ多額の報酬を期待できる依頼は滅多にない。主流なのはもっと内陸で最寄のタウンから遠く離れた辺鄙なフロンティアとか、随時拡張されるマップ領域の新大陸での冒険であり、それらは一日中接続してるようなニートの高位グレードのキャラたちだけで独占されるのが現実である。だから、この依頼は美味しかった。
「何か質問はある?」
 剣士の一人が手を挙げた。
「その幻獣とやら、横殴りはありか?」
 横殴りとは他のキャラとの戦闘中で弱ったモンスターを、横から割り込んでの攻撃で倒し、それによって得られる経験値をごそっと横取りしていくことである。
「あなたたちのモラルに任せるわ。もっとも、こんな美味しい仕事に裏があるのは当然だから、1人で何とかなるようなモンスターじゃないのは確かだと思うけど」
 そう、美味しい依頼には困難が付き物である。でも、これだけ人数がいるなら何とかなると林檎は思った。
「他には?」
 サクラは一同を見渡した。
「あのー……」
 林檎は恐る恐る手を挙げた。
「あたしんち、もうすぐ夕食だから、冒険の前に落ちても良いですか?」
「仕方がないわね。2時間後に再集合ってことで、いったん解散しましょうか? 遅刻したら置き去りだけどね」
 サクラは他のメンバーに同意を求めたが、特に反対はなかったので2時間後に同じ広場で再集合ということになった。

 林檎がサーバーからログアウトすると、ちょうどお姉ちゃんの梨紅が会社から帰って来た声を聞いた。
「ただいま。晩御飯、まだ?」
 お姉ちゃんは林檎より6つ年上で、短大を出て去年から会社勤めをしている。昔からお姉さんぶってて何かと林檎のことを馬鹿にしてるんだけど、林檎から見れば食い意地が張ってがさつな女としか思えない。
 そのまま、階段を上ってきたお姉ちゃんは林檎の部屋の隣の自分の部屋に入っていくが、通りすがら林檎に余計なことを言っていくのがいつものことだ。
「林檎、またネトゲーやってるんでしょ。いい加減にしないと、ゲーム脳で頭が変になるわよ」
 いつもそんな風に自分がお姉さんであることを誇示して、自分の林檎に対する優位を確認してるようだった。ま、お姉ちゃんの頃にはまだ常時接続のブロードバンドなんてものは我が家には無くて、ネットは電話回線を使った従量制の課金で、電話が使えないとかとんでもない電話代の請求が来たからってお母さんに怒られてるのを見た記憶がある。そんなお姉ちゃんの時代のことを考えると、何の心配も無くネットが使い放題の今は幸せだと思う。お姉ちゃんの嫉妬もわからないではないけど……。
 まもなくお父さんも帰ってきたので、青森家では久々に家族が揃った夕食になった。お母さんとお姉ちゃんが林檎がネットゲームばかりやってるとお父さんに言い付けたりして憂鬱なんだけど、お父さんは叱ったりはしなかった。
「林檎。パソコンもネットもゲームばかりするものじゃないぞ」
 お父さんはそうだけ言って、林檎のことにはそれ以上触れようとせず、いつもお母さんとお姉ちゃんから庇ってくれている。家にブロードバンドを引いたのも、自分のお古のPCを林檎にくれたのもお父さんだから、あまり林檎が責められると自分の責任になるってこともあるんだろうけど。
 林檎のPCはお父さんのお古だけど、けっして世代遅れの低性能のマシンというわけではなかった。1年ぐらい前にお父さんが学生時代の友人のアドバイスを受けながら作った自作PCで、CPUは今でも見劣りしない高性能だし、メモリはマザーボードの上限まで搭載してる。おまけに最新のGPUカードを増設してるから最新の3Dゲームも怖くないスペックなのだ。そんなPCが林檎のところに回って来た理由は、お父さんが仕事で新しいノートPCが必要になったから、林檎の高校進学祝いで買って貰うはずの新しいPCの予算がそれに回った代わりということだった。
 もっとも、お父さんの書斎には別の古いPCもあったけど、OSが古くてセキュリティのサポートとかも終わってしまった機種だからって、林檎には回せなかったらしい。この高性能な自作PCのスペックのおかげで、必ずしも必要スペックとしてユーザー環境に優しいとは言えない『ドキドキワールド』もストレスを感じることなくプレイできるのだった。
「お父さんもPCを始めた頃はゲームばかりやってたからなぁ」
 お父さんの頃にはもちろんネットゲームなんて無かったけど、今では成人向けしかないようなPCゲームにもコンシューマー機で出てるような一般向けのゲームがいろいろあったらしい。それに、林檎には信じられないことだけど、お父さんの時代には学校でパソコンの授業とかは無かったらしいし、ゲームも雑誌に載ってたプログラムを打ち込んで遊んだりもしてたらしいのだ。
 林檎はそんなお父さんに親しみを覚えていて、家族の中で一番大好きだった。

「梨紅、今夜は彼氏とデートだったんじゃないの?」
 林檎のゲームの話題がひと段落した後、お母さんはお姉ちゃんにそう聴いた。お姉ちゃんは以前から付き合ってる人がいて、すでに両親にも紹介を済ませた公認の仲らしい。
「急な仕事が入ったからって、ドタキャンよ。もう知らないわよ、あんなやつ……」
 なんかずいぶん怒ってるらしい。でも、そんな風に怒ってるお姉ちゃんを見るのは珍しいことでもなく、いまだに付き合いが続いてるってことは、ほんとうはたいして怒ってないのかもしれない。

     ☆ ☆ ☆

 その同じ頃、都心の一角にあるあるサーバーレンタル会社のサーバールームの1つで、大掛かりな作業をしているチームがいた。
「急に実験の予定を入れてしまってすいません、主任」
 技術者の1人がまだ若いリーダー格の男に頭を下げた。
「お嬢様の都合が今晩しか空いてないんじゃ、仕方が無いよ」
 主任と呼ばれた男はそう言った。彼らは『ドキドキワールド』を手掛けてる大手のシステム開発会社の研究スタッフで、このサーバールームはその会社が丸ごと借り切ってるスペースだった。この中のいくつかのサーバーは『ドキドキワールド』の運営に割り当てられていて、今も稼動中である。
 彼らが陣取っていたのはそれとは別のサーバーマシンの前であり、マシンから出てきたいくつかのケーブルが、頭の部分にカプセルのようなパーツをつけたリクライニングチェアのようなものに繋がれていた。
「まだセットアップ出来ないの?」
 傍らにいた、その場に場違いのロリータファッションの女性が言った。
「もうすぐですよ、お嬢様」
 主任は彼女を宥めるように言った。
「このシステムはプレイヤーの意識をクライアントアプリとシンクロさせることで、あたかも自分自身がゲーム上のキャラクターになったかのようにステージ上の後継を知覚し、思考通りにキャラクターをコントロールできます。もちろん、その自由度はクライアントアプリの自由度に左右されますから、従来のゲームパッド等の入力による自由度と比べて優れているというわけではありませんが、より実体験に近い感覚でプレイできるでしょう」
 彼女は促されるまま、リクライニングチェアに腰を落とした。そして、彼女の頭部を覆うようにカプセルがセットされた。
「すでにもっとコンパクトな家庭向けのシンクロナイザー装置が量産テストに入ってますが、今日は実験データを取らせていただきますので、この大型の試作装置で我慢してください」
「わかったわ。それで、具体的に何をするの?」
 彼女は主任の目を見つめた。
「接続先のサーバーには『ドキドキワールド』のサーバーシステムのバックアップが組み込まれています。お嬢様にはプレイヤーキャラになりきって、ゲームの世界を体験して、その感想を聞かせていただきたいのです。まぁ、実験段階で本物のシステムに繋ぐわけにはいきませんから、クローズドな環境で他にはNPCしかいませんが……」
「それじゃ、詰まらないわね」
 イタズラっぽく笑う彼女に、主任は困ったような顔をした。
「そんなことは仰らずに。商品化前にお嬢様にチェックしていただくことは社長からの命令ですから」
「お父様にも困ったものね」

 その時、一瞬、部屋が暗闇になった。すぐに照明は復活したし、UPSで電源補償されてるサーバーマシンたちの動作にも何の影響も起きなかったが、この部屋にいた一同には何か嫌な予感が感じられた。しかし、誰もそのことを口にしなかった。
「落雷でもあったのかしら?」
「これくらいのことは何でもありませんよ。セットアップももう終わりそうです」
 その主任の言葉を裏付けるように、間髪置かずして技術者たちから準備完了の報告があった。
「主任、セットアップ完了しました」
 報告を受けた主任は、自分たちの会社の社長令嬢に向かって言った。
「それではシステムを起動しますよ、お嬢様」
 1階上のフロアで作業していた別のシステム会社の操作していたスパコンが謎の暴走を始めたのはそれとちょうど同時だった……

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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