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『冒険少女隊ドキドキファンタ』第1話(後編)
 夕食が終わって部屋に戻った林檎は、すぐさま『ドキドキワールド』を再開した。待ち合わせ場所の広場にはすでにサクラとプラムがやってきていた。2人は何かを会話してる様子だったが、林檎が近付いてみると、話題はサクラが胸に付けてる羽根飾りのことだった。
「これはファンタ・エルフの称号を与えられたキャラに贈られる特別なアイテムなの。どこにも売ってないし、売り払ったりも出来ないわ。譲与だって出来ないからRMTにも使えないし、これが付いてたって別に何か特典があるわけでもないから気にするようなものじゃないわ」
「ファンタ・エルフって何ですか?」
 プラムは初めて聞く言葉のように頭にクレッシェンドマークを浮かべながら訊ねる。それは林檎にも初耳だった。
「このゲームの隠し機能みたいなものかな。私もよく知らないけど、ランダム発生的にあるイベントをクリアした人に授けられる称号らしい。この称号があるからってゲームが有利になるとか、そういうことは無いみたいだけど……」
 どうやら本人もあまり理解はしていないらしい。
「私の場合は、空中都市国家バルバの虹の橋のドラゴンを死の谷の魔王の呪いから解いてやったときにお礼にもらったんだ」
 空中都市国家バルバというのはアドニス大陸からずっと東の大海の果てにあるランバダ島の上空に浮かんでいる町である。町に上がるための空間ゲートの入口に強力なモンスターがいるため、レベルの低い林檎はまだ行ったことが無い。
 称号とかいうのには憧れるけど、実利が無いんじゃ狙って獲得するほどのものではない。それより、今の自分は早くグレードアップしてサクラに追い付かなくちゃ。

 間もなくパーティーは揃ったので、一行はポートモノリスの近くにあるフロンティアの一つ、ハイリゲンシュタットの森に向かった。
 森の中はけっこう広く、視界も制限されて見通しが良くない。一行は三チームに別れて森の中を探ることになった。平原なら騎士を先行させるという手もあるが、森の中では騎士の行動力も制限される。剣士三人が各チームのリーダーとなり、サクラのチームには銃士と弓兵、残り二チームには騎士と魔道士が一人ずつ付くことになった。
「俺は斉藤一だ」
 林檎のチームの剣士が名乗った。もちろん本名ではない。恐らく「悪即斬」の人をあやかったキャラ名だろう。
「拙者はトリスタンと申すでござる」
 妙に時代劇掛かった口調で騎士が名乗った。その割にはキャラ名はアーサー王伝説の円卓の騎士が由来らしい。
「私は《ぷちりんご》、よろしくね」
 二人に比べると全然RPGらしくないキャラ名を林檎は名乗った。もっとも、画面上のキャラにマウスカーソルを合わせたらキャラ名は表示されるから実のところ名乗りあう必要なんか無いのであるが、まぁ、挨拶みたいなものである。
「俺たちは森の東側を進んでいく。ターゲットを発見したら狼煙を上げて合図する手はずだから、他のチームが集まってくるまで余計な手出しはするな。ただ、向こうから不意に襲ってくる可能性もあるから注意してくれ」
 斉藤一は二人を見回した後、林檎の方に一歩近付いた。
「とくに戦闘になったらお前さんの回復魔法が頼りだから、その前にやられたりはするなよ」
 何か私だけ念押しされてるけど、そんなに頼りなく見えるのかな、と林檎は少し落ち込んだ。
「じゃ、行くぞ」
 斉藤にしたがってトリスタンと林檎は鬱蒼とした森の奥へと進みだした。

 ターゲットの「未知の幻獣」はなかなか現れなかった。むしろ樹上からヒルのように際限なく落ちてくる吸血スライムを初めとする雑魚モンスターの始末に手間が掛かった。こればかりは林檎も自分は回復担当だからと避けるわけにも行かないので、慣れない短剣を振り回して退治するしかない。
 林檎は今に始まったことじゃない自分の不幸体質を思い出し、これはハズレルートだったんじゃないかと思った。ターゲットの「未知の幻獣」は別の二チームのどちらかのルートに現れて、このルートは延々と経験値もあまり稼げない雑魚モンスターの相手ばかりさせられるんじゃないかと。これじゃ他のチームから狼煙の合図があってもすぐには向かえそうにない。
 一撃か二撃で倒せる雑魚モンスターとはいえ、これだけ集中的にやってくると何回かはダメージを食らってライフポイントが削られていく。今のところは蚊に刺された程度で痛くもないけど、この調子でもっと強力なモンスターにやってこられたら大変だ。
「魔道士さんよ、大丈夫か?」
 大きな剣の一振りでモンスターを一度に二、三匹倒しながら斉藤が言った。林檎と違ってこの程度の相手にダメージは皆無らしい。
「ええ、何とか」
 林檎はそう答えながら、もう一人の仲間、トリスタンの方を見た。騎士は馬を下りて、槍で吸血スライムと戦っていた。どうやら馬が吸血スライムにやられて動けなくなってしまったらしい。おまけに槍では戦いにくい感じだ。
「騎士さんよ、付いて来れるか?」
「面目ない。馬はここに置いていくしかないでござるな」
 この手のゲームのお約束として、放置された馬にモンスターの危害が及ぶことは無い。戻ってくる頃には馬も回復しているだろう。

 三人はなおも森の奥へと進んだ。「未知の幻獣」は見付からないし、他のチームからの狼煙の合図も無い。いつの間にか雑魚モンスターの出現が減ってきて、やがてそこだけ森が途切れて大きな岩がある場所にたどり着いた。
「ここらで休憩でもするか」
 斉藤はそう言いながら岩に腰を掛けようとした。すると、その岩はいきなり振動を始め、そして地中からどんどん盛り上がってきた。三人は慌ててその場を離れたが、岩だと思ったのは実は巨大なモンスターだったのだ。
「こいつがターゲットでござるかな?」
 しかし、そのモンスターの姿に林檎は闘志ではなく愛らしさを感じた。なぜなら、モンスターはデフォルメされたラブリーなハムスターの姿をしていたからだ。
「かわいい……」
 間合いをとった場所から斉藤は狼煙を上げた。手はずでは、このままモンスターと退治したまま他のチームの合流を待つことになる。
「俺たちだけでも倒せそうな気がするんだがなぁ」
 どう見ても人畜無害のような外見のモンスターは弱そうに見えた。
「見掛け通りとは限らないでござる」
「なんか、倒すのかわいそう」

 やがてサクラのチームがやってきて、少し遅れて最後のチームもやって来た。
「これが《未知の幻獣》なの?」
 サクラは呆れたように言った。とても依頼書にあったような人を襲うモンスターには見えないからだろう。
「他にそれらしいモンスターなんかいなかったからな」
 斉藤がそう言ったが、それは他のチームの連中も同じようだった。
「やっぱり倒すのはやめようよ」
 林檎はそう言ってみんなに同意を求めた。
「でも、この大きさじゃ生け捕りにして連れて行くのは無理だぞ」
 依頼を達成するにはモンスターを倒すか生け捕りにしなければならない。もちろん、依頼を放棄するって選択もあるのだが、そんなくたびれもうけのようなもの、パーティーのメンバーのほとんどは望まないだろう。
「一緒に付いて来てもらえば良いんだよ」
 林檎はそういうと、モンスターを説得しようと近付いた。しかし、そんな林檎に突如としてモンスターの腕が襲い掛かった。
「危ない!」
 林檎がモンスターに殴り飛ばされそうになった寸前、一瞬の差でサクラが剣でモンスターの腕を受け止めた。しかし、モンスターの力は強烈で、サクラの剣は折れ、林檎ともども弾き飛ばされた。
「交渉決裂ってわけね」
 サクラは林檎に言い聞かせるようにそう言った。そして折れたのとは別の剣を取り出した。
「見掛けに騙されないで! こいつはかなり凶暴なモンスターよ」
 サクラの言葉に他のメンバーたちも身構えた。
「だから、回復魔法担当は下がっていて」
 林檎を下がらせ、サクラはモンスターに向かって身構える。よく見ると、腕を負傷している。林檎を庇ったときに傷付いたようだ。
「待って!」
 林檎はサクラを呼び止めると、呪文を詠唱し始めた。
「治癒の風(キュア・ウインド)」
 林檎がマジックワンドを振り下ろすと一陣の風がサクラを包み込んだ。するとサクラの怪我は治り、ライフポイントも回復した。
「ありがとう」
「お互い様だよ」
 サクラはモンスターに向かっていった。戦いになった以上、モンスターを倒すのは他のメンバーたちの仕事である。林檎とプラムの仕事は後方で戦況を確認しながらダメージを負った仲間を回復させることだ。
 戦いは予想以上に梃子摺った。パーティーメンバーの攻撃は熾烈だったが、それにも増してモンスターがタフ過ぎたのだ。いくら攻撃を受けても一行にダメージを負ってるようには見えない。反対にこちらのメンバーは何度も大きなダメージを食らってる。その都度、回復魔法を使ってるから今のところ脱落者はいない。しかし、回復魔法を何度も続けるとマジックポイントが消耗してしまう。林檎のマジックポイントは半分を切っていたし、プラムは残り少しというところだった。
「パーティーを組み直して出直した方が良いかな」
 サクラが悔しそうに呟いた。
「今日中に倒さなきゃ、他のパーティーに横取りされる可能性もあるんだが」
 冒険の依頼は市役所に行ってもらってくるのが普通である。毎朝の開庁時に並んでいたキャラの順番で好きな依頼を選ぶことが出来るのだが、その日のうちにクリアできなかった依頼は再び市役所で募集されることになってしまう。こういう美味しい依頼はなかなか手にすることが出来ないから、何としてでも今日中に倒したいのである。
「魔道士さんよ、攻撃魔法は使えないのか?」
 斉藤が林檎に訊ねて来た。
「炎の球(ファイヤーボール)とか、雷撃(ライトニング)なら少しは。でも、あんな大きなモンスターには効かないよ」
 おまけに攻撃魔法はマジックポイントを消耗する。一回でも攻撃に使ってしまえば後は回復魔法も使えなくなるだろう。
「ダメ元でも良いさ。やつだって不死身じゃないはずさ。やつのダメージ回復を超えるだけの攻撃を集中してやれば手掛かりはつかめるはずさ。ダメなら出直せば良いだけだろ、なあ、隊長さんよ」
 斉藤はそう言ってサクラに同意を求めた。
「そうだな」
 サクラは仕方が無いというような表情で答えた。
「よし、やってくれ。俺たちは攻撃魔法でダメージを負ったところを集中攻撃する」
 林檎は呪文の詠唱を始める。回復魔法に比べれば魔術式の組み立てが複雑なため、呪文も長くなる。
「雷撃(ライトニング)!」
 林檎が力強くマジックワンドを振り下ろすと、天空から強烈な雷がモンスター目掛けて落ちてきた。
 結末は呆気なかった。モンスターは雷の一撃だけでピクリとも動かなくなったのだ。身構えていたメンバーたちも拍子抜けした様子だった。
「凄いじゃないか」
 斉藤は感心したように言った。しかし、当の林檎は戸惑っていた。
「そんな……こんなに威力のある魔法じゃないよ」
 攻撃力ならファイヤーボールの方が多少は大きい。それをライトニングにしたのは林檎はしばしばファイヤーボールを外してしまうからだ。マジックポイントも少ないから無駄は出来ないし、何より仲間に当ててしまっては大変である。
「そういうことでござるか」
 倒れたモンスターを覗き込んでたトリスタンが言った。
「どうしたんだ?」
 サクラが駆け寄っていくので林檎も付いていった。
「ここを見るでござる」
 トリスタンが指したのは雷が直撃したモンスターの頭部だった。そこは焼け焦げた岩石状の皮膚が剥がれ、中身が剥き出しになっていた。それはどう見ても金属製の物体だった。
「ロボット?」
 プラムが不思議そうに呟いた。
「恐らく、雷の直撃を受けて内部の回路がショートして機能停止したのでござろう」
「ロボットか……どうりで俺たちの攻撃が効かなかったわけだ」
 斉藤が感心したように言った。この『ドキドキワールド』では一部に科学の発達した都市が出てくるが、大半の舞台はオーソドックスな中世風の都市である。ポートモノリスもそんな中世風の都市のひとつに過ぎなかったから、こんなところでロボットなんかが出てくるなんて誰も思わない。みんな相手が生物のモンスターだと思い込んで攻撃していたのだ。
「なるほど、それで《未知の幻獣》ってわけか」
 納得したようにサクラは言った。

 お約束のモンスターが持っていたアイテムの戦利品を配分した後、一行は帰路に経とうとしていた。
「市役所へは私が報告に行くから、明日にはみんなに報酬が支払われると思う」
 サクラは一同にそう言った後、切り出した。
「帰りはどのルートにする? 一番楽なルートを行きたいのだが」
 三つのチームの通ってきたルートについて、どこが楽だったかという話になったのだが……
「拙者は愛馬を途中で置いて来たでござるよ」
 もと来た道を戻るしか無いというようにトリスタンが言った。
「ええっ? あんな道、もう嫌だよ!」
 林檎は吸血スライムを思い出してうんざりして思わず口に出していた。
「そうだな。功労者様のお言葉には従うしかあるまい」
 同意するように斉藤が言った。
「そんな……拙者一人であの道を帰れというでござるか?」
 他のメンバーたちはどっと笑った。

 その時、林檎は倒れたモンスターの脇で何かが動いてるのに気付いた。
「ちょっと待ってて!」
 林檎はモンスターのところに駆け寄った。よく見るとモンスターの胴体の部分から皮膚がめくりあがり、ロボットのボディーの扉のようなものが開くところだった。
「くそ! 忌々しい人間どもめ!」
 乱暴な声がしたかと思うと、中から一匹の小さなモンスターが現れた。
「俺様が百年掛けて作り上げたこの機械人形をガラクタにしてしまいやがって!」
 声の主はそばに林檎がいることには気付いてない様子だった。
「この世界は本来、俺たちの一族が神様からもらう予定だったんだ。それを新参者の人間が横取りしやがって、今じゃどこに行っても人間たちの我が物顔だ。俺たちの一族も多くは人間に殺されてしまったが、この俺様はそうは行かないぞ。いつか絶対に人間どもを根絶やしにしてやる!」
 モンスターは苦心して作ったロボットが倒されたのがよっぽど悔しかったのか、人間に対してずいぶんと怒ってる様子だった。
「あなた、人間を滅ぼしたいの?」
 林檎はモンスターに訊いた。
「当たり前だ。人間は本来この世界にいてはいけないものだからな」
 モンスターはそう答えると、ようやく相手がその人間であることに気付いて慌てた。
「人間め、わが一族の呪いを掛けてやる!」
 モンスターは林檎の知らない古の言葉で呪文を唱え始めた。しかし、その時にはすでに林檎は自分の呪文の詠唱を終えていた。
「炎の球(ファイヤーボール)!」
 残りのマジックポイントは少なかったが、これくらいのモンスター相手なら大丈夫。それに至近距離なら外すことも無い。
 林檎がマジックワンドを振り下ろすや否や、モンスターは炎に包まれて黒焦げになってしまった。
「さてと……」
 林檎はその場を去って仲間のところに戻ろうとしたが、その前にいきなり光に包まれた女性キャラが現れた。
「私はこの世界の秩序と安寧を司るエルフプリンセスです。この世界の破壊を企み、人類の抹殺を願おうとする邪悪な始原魔族の一匹を倒してくださってありがとう。ぷちりんごさん、あなたにはファンタ・エルフの称号が与えられます。どうか、この羽根飾りを受け取ってください」
 エルフプリンセスはそう言って林檎に羽根飾りを渡すと、どこかに消えてしまった。
「ファンタ・エルフ?」
 そういえばサクラもその称号を持ってるという話だった。渡された羽根飾りは確かにサクラの付けてるものと同じ種類のデザインで、少し色が違っていた。あの小さなモンスター、そんなに大物だったのかな、と林檎は半信半疑だった。

「何してる? もう出発だぞ!」
 サクラの声が聞こえたので林檎は慌てて戻った。トリスタンじゃないけど、置いてかれたら一人で町まで戻れる自信は無い。
 トリスタンの必死の懇願で、帰路は林檎たちが来た道を戻ることになった。しかし、不思議と帰路には吸血スライムたちが出て来なかった。林檎の羽根飾りにはサクラは気付いたようだったけど何も言わなかった。
「また一緒にパーティーが組めると良いな、新米のファンタ・エルフ」
 最初の集合場所で解散するとき、サクラは林檎にだけ聴こえるようにそう言った。
「うん」
 林檎は頷いてサクラと別れた。

 時計は夜中の12時を過ぎていた。
「あ、もうこんな時間……」
 林檎は慌てて『ドキドキワールド』からログアウトした。明日は宿題の提出が無かったことを確認すると、メールのチェックだけしてPCの電源を落とした。
「早く寝なくちゃ……」
 林檎はパジャマに着替えるとベッドに潜り込んだ。
「ファンタ・エルフって何なんだろう?」
 先輩であるサクラが知らないってことは、どこにも公式の情報は無いのだろう。隠し機能なんてものは珍しくもないけど、たいていは分かりやすい実利があって、公式情報は無くてもユーザーでは常識的に情報が広まってるものである。でも、ファンタ・エルフはそんなものではないみたいだ。
 考えながら林檎は深い眠りについていった。
 その時、すでに『ドキドキワールド』の世界では異変が起こっていたのだが、林檎たちユーザーはまだ誰もそのことを知らなかった。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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