もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第02話「見知らぬ家族」
 コの字になった三棟からなる大きな洋館の屋敷の、真ん中の棟の玄関から中に通された亜梨子を迎えたのは、この家の奥方、つまり父親の正妻だと思しき女性だった。見た目、母と同じくらいの三十代半ばぐらいに思える。
「よく来てくれたね、亜梨子ちゃん!」
 女性は亜梨子を手放しで歓迎するような感じで、少し拍子抜けした。自分の旦那が他の女性に産ませた子供を歓迎するなんてことは、テレビドラマとかの中ではまずありえないことだったからだ。もちろん、表面だけそう装ってるという可能性もあるのだけど。
「ああ、初対面だったわね。私は春香、あなたのお父さんの今のお嫁さんよ」
 そう名乗られても、どう返したら良いのかわからない。
「春香……おばさま?」
「そうよ、初めましてね」
 春香と名乗った女性はそう言って微笑んだ。
「うち……いえ、私は亜梨子です。よろしくお願いします」
 亜梨子はぺこりと頭を下げた。
「亜梨子ちゃん、あなたは生まれた時からこの家の子なんだから、他人行儀にする必要はないのよ。気楽になってね」
 そう言って、春香は居間へ案内した。後ろに控えていたメイドさんたちが亜梨子のところにやってきた。日本橋のメイド喫茶にでもいてそうな若いメイドさんたちだった。いや、こっちではメイド喫茶があるのは秋葉原とかいうところだったかな。
「お嬢様、お荷物をお運びします」
 亜梨子の背負ってたリュックがたいそうな荷物だと思ったのだろう。慣れない申し出に断りそびれて、亜梨子はそれを預けた。外国の空港とかによくいると聞く偽ポーターとかじゃないんだから、盗られてしまうってわけでもないだろうし。

「ずいぶん大きな荷物だけど、いったい何が入ってるの?」
 廊下を歩きながら春香に訊かれたけど、亜梨子には答えられなかった。父親の家がこんな大きなお屋敷だなんて少しも思ってなんか無かったから、それを答えるのはみっともなくて恥ずかしい気がしたからだ。
(普通の家の優しいパパだったら、連れて行ってもらおうかと思ってたんだけどなぁ)
「学校の宿題以外で足りないものがあったら何でも揃えてあげられるから、そんなに荷物は要らないと思うんだけど……」
 確かに、こんなお屋敷に住むような家だったら何でもお金で簡単に揃えてくれそうだ。でも、亜梨子がその重い荷物に少しだけ期待を持っていたのは、けっしてお金では買えないようなささやかな思い出だった。たぶん、こんな屋敷に住んでいてはわからないような……

 少し大きな居間の中は冷房が効いていて、さっきまでいた炎天下とはまるで別世界だった。部屋の一方には五十型以上はありそうな大画面テレビが設置されていて、その脇にはいくつかのAV機器が並んでいた。それとは反対側にガラステーブルとそれを取り囲むように多めのソファーが並べられていた。ソファーはテレビの正面にも置かれていて、それだけでもかなり大勢くつろげそうだった。
「連絡くれれば迎えを出したのに、洋子……お母さんから聞かなかったの? こんな日差しの中を歩いてくるなんてびっくりしたわよ」
 春香は亜梨子をテーブルに向いたソファーに座らせると、内線で何かを指示した。程なくしてさっきとは別のメイドさんがグラスに注いだオレンジジュースを運んできた。
「あなたたちは生まれ付き直射日光には弱いんだから。そうでなくても、こんな日中に二時間も道路を歩いてきたら誰だって熱中症になっておかしくはないのよ。ちゃんと気をつけなさいね」
 確かにその寸前だったかも知れないと、ストローをすすり始めた。オレンジジュースそのものはそこらの市販のものと変わらないような気がしたが、生まれてから一番美味しく感じた。
 体が欲するままに、亜梨子は自分でも驚くほどの勢いで橙色の甘酸っぱい液体を吸収していった。ちょうど飲み干したのを見届けてから春香は言った。
「ずいぶん汗もかいたでしょ。お風呂はまだだけど、シャワーで流してらっしゃい」

 そういえば汗で濡れたシャツはそのままで、冷房の効いた部屋の中では体を冷やし始めていた。おまけにその汗のにおいが自分でもはっきりわかるくらいに漂い始めていた。
 さっき亜梨子のリュックを運んでくれたメイドさんの一人が浴室に案内する。
「着替えは用意してあるからね」
 自分の着替えなら持ってきてるのだが、急かされた勢いに口を開く間がなかった。浴室には別のメイドさんがいて、亜梨子のために用意したらしい着替え一式を持っていた。亜梨子がジュースを飲んでる間に手配済みだったらしい。

 何人か分のスペースのある脱衣場は、この家の風呂が一人用ではない大きなものであることを表していた。亜梨子は銭湯はしらないけど、小学校の修学旅行で泊まった旅館の風呂場がこんな感じだったことを思い出した。用意された着替えは案の定、亜梨子が着てるような安物のカジュアル服じゃなく、さっぱりとしたデザインではあったけどそれなりにするブランド品みたいだった。
 浴室はやはり一般家庭のユニットバスなんかとは違い、温泉旅館の大浴場を小さくしたような感じのタイル張りだった。シャワーが4個並んでるところをみたら、それくらいの人数が入れそうだ。
 春香の言葉どおり、浴槽はまだ空っぽの状態だからシャワーで汗を流すしかない。コックを捻るとすぐに温かいお湯が出てきたのには感激した。自宅のガス給湯器のシャワーはお湯が温かくなるまで時間が掛かるのだ。夏場は別に良いのだけど、冬場は堪える。
 そんな感じで、機嫌よく汗を流し始めた亜梨子だったが、しばらくして不意の出来事に襲われたのだった。

 亜梨子が髪を洗ってると浴室のドアが開いて誰かが入ってくる気配を感じた。大きな風呂だから他の誰かが一緒にシャワーを浴びに入ってきても仕方が無いと思ったけど、自分は今日初めてこの家にやって来た身であるから、誰がやって来たのかは気になった。
 まさかメイドさんの誰かが「お嬢様、お背中を流しましょうか」とかいうサービスまでしてくれるとは思わなかったけど、初対面の人ならどう対応すればいいか悩みどころである。
 しかし、次の瞬間、耳に入ってきた言葉に亜梨子はパニクった。
「なんだ、満梨花か」
 聴こえてきたのは男の声だった。満梨花って何?ってこともあったが、一番重要なのはそこではない。恐る恐る亜梨子が振り返ると、1つ置いた横のシャワーに同い年ぐらいの男の子が立っていた。しかも、真っ裸で。
「う、う、ううう……」
 亜梨子は何か叫びたかったが、とっさのことで声が出ない。
「どうしたんだ? 満梨花」
 相手はこちらを向いた。少しも隠そうともしない見てはいけないものが亜梨子の視界を直撃してしまった。
「い、い、いやぁ! へんたい!」
 次の瞬間、無意識のうちに亜梨子は手にしてたシャワーのノズルを相手に向かって投げ付けていた。

テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学

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