もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第04話「二人の部屋」
「満梨花ちゃん、少し落ち着きなさい。それじゃ、亜梨子ちゃんが困ってるわよ」
 春香の言葉に我を取り戻したように、満梨花の機関銃のような声は止んだ。そして深呼吸してから亜梨子の横に座り込んだ。
「綾香ちゃんもお疲れ様」
 春香の声に、亜梨子はもう一人の人影を認識した。どことなくさっきの弘美に似てるが、スポーツ少女という雰囲気はない。むしろ、亜梨子が苦手な優等生タイプというか委員長タイプというか、そんな気配がしてる。
「あなたが亜梨子ね」
 綾香はそう言ってゆっくりと近付いてくると、いきなり亜梨子の口を掴んで中を覗こうとした。
「ふぁがふぁがふぁが……」
 亜梨子は突然の行動に抗議しようとしたが、ちゃんとした声にならない。
「何をしてるの、綾香ちゃん!」
 慌てて春香も止めようと立ち上がったが、綾香は亜梨子の犬歯を確認するとすぐに手を離した。
「血族の証はちゃんと持ってるのね」
 綾香は悪びれもせずそう言った。
「当たり前やん!」
 亜梨子は怒ったように睨み付ける。
「そんなこと確かめなくても、ちゃんと満梨花ちゃんと同じ両親の血を引いてるんだから……」
 そう言って咎めようとする春香に、綾香は言った。
「最近、コモンの社会で育ってる血族の中には、血族の証を抜いてコモンと同じような義歯を付けてる者が増えてるって話だから……そんな誇りを失ったようなことしてたら、この家の子供として認めるつもりが無かっただけよ」
 そう、綾香が確かめた犬歯こそが、亜梨子たちの血族とコモンと呼ばれるこの世界の一般人とを区別する唯一の肉体的な特徴だった。
 亜梨子たちの血族……この世界ではハイエルと呼ばれる種族の犬歯は一般人であるコモンの犬歯と比べると、他の歯の倍以上の高さと鋭利な先端を持つように発達していて、まるで肉食動物の牙を思わせる存在だった。普段は口腔の中に隠れていて一般人との区別は付かないが、大きく口を開いたときに現れるそれは、一般人からは畏怖の対象となっていた。
「ま、ちゃんと証は確認できたから、この家の子として認めてあげるわ」
 綾香は偉そうな態度で言った。
「私は、綾香。あなたとは同い年だから、これからよろしくね、亜梨子」
 そう言い放つと彼女は出て行った。
「なんちゅうやつやねん!」
 あまりに勝手な態度に亜梨子は腹が立った。そして、少し心が落ち着いてきたら一つのことに思い当たった。
「確かに双子やなかってんな……」

 綾香が去った後、またしばらく満梨花の言葉の攻勢に付き合わされることになり、亜梨子は出来る範囲で何とか話を合わせようと努力を続けた。あたかも永久に続くのではないかと思われたが、亜梨子の困った表情を察したのか、春香がそれを中断させた。
「満梨花ちゃん、亜梨子ちゃんを部屋に案内してあげて」
 余所者の自分は客間にでも通されるのかと思ったが、そうではなかった。そこは母屋の二階に並ぶ家族の居室の一室で、南側に窓の開いた日当たりの良い部屋だった。部屋のドアには「Alice & Marica」と彫られた木製のプレートが掛かっていた。
「うちは子供部屋は二人で一部屋になってるの。満梨花ちゃんと同じ部屋だけど、構わないでしょ?」
 春香はそう言ったが、亜梨子に拒否権があるとは思えない。部屋の中は……このお屋敷なら当然だろうけど、2LDKぐらいのマンションだとすっぽりそのまま入ってしまいそうな大きさだった。
 ドアのあるほぼ中央を境に、机や本棚、ベッドなど二組の調度品がほぼ対称に置かれていた。家具はどれもお揃いだったが、一方は少女趣味あふれる小物や装飾品に埋まっていて、もう一方はそのままの殺風景な光景だった。
「こっちはずっと亜梨子ちゃんのために空けてあったから、自由に使ってね」
 そう言われると本当に自分がこの家のお嬢様のように思えて来るけど、目の前の何の飾りっ気もない家具を目にすると、まだ実感がわかない。どちらかというと、クラスメイトのお嬢様のお屋敷に泊まりに来た庶民の娘って気分だった。
 部屋の端にはクローゼットの扉がある。大きな部屋の割にはこじんまりとしたクローゼットだと思ったら、それは単なる扉で、中はそれなりの大きさのウォーク・イン・クローゼットになっていた。そしてすでに何着かの服が入っていた。
「サイズは満梨花ちゃんに合わせて用意したんだけど、違ってたり、気に入らなかったら言ってね」
 春香はそう言ったが、どれも自分の普段着みたいな、そこらの量販店で買ったような安物でないのは確かだった。気に入らないなんてとても言えたものじゃない。
「夕食になったら呼びに来させるから、持ってきた荷物を開けてらっしゃい」
 春香はそう言って出て行った。後には自分と満梨花だけが残った。
「大きな荷物ね。なに持ってきたの?」
 満梨花は珍しそうに覗き込んでくる。その視線はリュックの中身というより、リュックにくくりつけられた大きな包みに注がれてるようだった。
「そうや。パパってどんな人なん?」
 亜梨子は満梨花の問いを無視するように言った。春香に訊こうと思ってたことだったが、言い出しにくくてつい訊きそびれてしまったのだ。
「どんな人って言われても……優しい人かな」
 主観に基づく漠然とした答えだった。もちろん、亜梨子の期待したのはもっと具体的な父親像である。
「そんなら、日曜日に遊園地とか連れて行ってくれるん?」
 優しいと聞いて亜梨子が思い描いたのは庶民的なマイホームパパだった。
「遊園地って、ジェットコースターとか観覧車があるところね……」
 観覧車は街の中にもあるとツッコもうかと思ったが、やめた。
「うちは特別だから、そういうところは連れてってもらったことは無いわ」
 満梨花は少しだけ寂しそうな顔をして訊き返した。
「亜梨子ちゃんは洋子ママに連れてったもらったことがあるの?」
「小さい頃にね」
 異変の影響で二十年延期され、一九九〇年に開催された大阪万博の跡地にある大型遊園地を思い浮かべながら亜梨子は答えた。大阪万博自体は亜梨子の生まれる何年も前の行事なので知らないが、遊園地に併設された記念公園には当時の面影を残す建築物がいくつか残っている。その一つである大阪万博のシンボルともいうべき大きなモニュメントの塔が亜梨子は好きだった。
「最近は行かないの?」
「ママかって忙しいんや」
 夏休み中はずっと留守になるからって自分をこの家に寄越したぐらいだし……。女手一つで自分を育ててくれてるんだから多忙も仕方が無いと思ってた亜梨子だけど、この家を見てからはちょっと考え直した方が良さそうな気がしてきていた。
「遊園地に行かへんのやったら、映画とかに連れてってくれるん?」
 亜梨子はレストランとかとも訊こうとしたが、思い留まった。メイドさんを何人も雇ってるお屋敷である。専属のシェフがいて、そこらのレストラン以上の料理が当たり前なのかもしれない。
「映画だったらお家で見れるよ」
 首を振りながら満梨花は答えた。
 居間にあった大きなテレビのことだろう。確かにあれくらい大画面で見たらビデオディスクの映像も迫力はあるだろうけど、でも、映画館で見るのとはやっぱり違うんじゃないかと亜梨子は思った。
「ほな、どこも連れてってもろたことあらへんの?」
 亜梨子は内心、満梨花がかわいそうに思えてきた。ひょっとしたら母親の違う満梨花だけ仲間はずれにされてどこにも連れてってもらえないのかとも思えたからだ。そうでないにしても、お金持ちの家ってのは退屈そうに思えてきた。
「そんなことないよ」
 満梨花はそう言った。
「毎年、八月にウエスト・ミッドガルドにバカンスに連れてってもらうの」
 ウエスト・ミッドガルドというのは、かつてヨーロッパと称されたユーラシア大陸(ミッドガルド大陸)の西方を差す現地名である。海外旅行なんて経験のない亜梨子にとっては、毎年海外でバカンスというのは違う世界の話のようだった。
「今年は亜梨子ちゃんも一緒だね」
 嬉しそうにそういう満梨花だったが、亜梨子は別のことを考えていた。
「キャンプとかには連れてってくれへんの?」
「リゾートホテルに泊まるから、キャンプなんかしなくていいよ」
 何か話がかみ合わないような気がしたけど、もうどうでもいいやと思った。
「やっぱし、林間学校、行きたかったなぁ……」
 亜梨子はがっかりとしたようにつぶやいた。
「もしかしてパパがキャンプに連れてってくれるかと期待したうちが間違いやった」
 重いのを我慢して背負ってきた一人用のテントセットが無駄になったとわかると、どっと疲れが襲ってきた。

テーマ:自作小説(ファンタジー) - ジャンル:小説・文学

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2007 もえるおはなし all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。