もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第03話「関西弁の悪魔の誘い」
 六時間目の授業が終わり、ありすが転校してきた最初の長い一日は終わろうとしていた。肝心のありす自身は終業のチャイムとともに速攻で教室から姿を消していた。別に正体がバレて騒がれるのを恐れたとか、ありすが年季の入った帰宅部少女だとか、あるいは人気ゲームの発売日だったとか、そういうことではない。
 現役高校生のアイドル声優として人気上昇中の一条ありすは、この歳で声優やってることからわかるように、養成所や専門学校上がりで大手の声優専門のプロダクションに所属しているわけではなく、児童劇団の子役上がりで、現在のタレント活動も劇団の事務所を通している。
 児童劇団といってもメインは小学生前後の児童だけれども、中学生や高校生の子役の需要も無いわけではないから成長しても劇団に留まり続けているメンバーもいる。もっとも、学業とか本人の意思とかで劇団を離れていくメンバーも歳が上がるに連れて多くなり、さらに本格的なタレント活動を目指すメンバーはその専門の方面に移っていくから、高校を卒業した後も残るメンバーはごくわずかである。そういうわけで高校2年生のありすは劇団でもかなりの年長組に入るから、一般の児童の劇団員とはレッスン等も完全に別メニューになっている。
 ありすの所属する児童劇団、《劇団うみすずめ》は主宰者の意向もあって学業時間内の活動は仕事にしろレッスンにしろ行わないことになっている。そんなわけでありすの場合、声優の仕事は基本的に土日だけ、それ以外に週2回、放課後に劇団に通って演技のレッスンを受けている。
 ありすが速攻で姿を消したのは、今日がそのレッスン日に当たっていたからだ。前の学校に比べると劇団までの時間は二倍くらいになったというから、平日のレッスン通いも大変みたいだ。

 そんなことを思いながらゆっくりと帰り支度を整えていると、まりあが不機嫌そうにふくれっつらしてやってきた。
「あーちゃん、もう帰っちゃったの? コスプレの話しようと思ってたのに……つまんない」
 ま、ありすはそんな話、したくなかったと思うぞ。ありすにとっては今日のレッスンは逃げるためのいい言い訳になったわけだな。
「そうだ。今日、けーちゃんの家、行っていい?」
「却下」
 僕は即答した。
「どーして? あたしが用があるのはあーちゃんよ」
「ありすなら来てもいないぞ。用事で遅くなるって言ってたからな。それにおまえ、見たいアニメがあるときは断りもせずに勝手に上がり込んでるくせしやがって」
 貧乏なまりあの家にはいまどき珍しくテレビすらない。見たいアニメがあるときは昔からうちに来て見てるのだ。そんなアニメの視聴環境だから、こいつの見るのは平日のゴールデンタイムか土日の日中に放送してるアニメばかりで、深夜アニメなどという禁断の果実を目にしたことは無いはずだ。
 こいつの貧乏人感覚からすればビデオデッキなどという高級品は学校などの公共施設や金持ちの家にしかないことになってるので、一般家庭で深夜アニメを録画して見られるとは思ってもいないらしい。
「だって、ちーちゃんはいつでも見に来ていいって言ってくれたよ」
 ふつう、それは社交辞令だとか世間のご愛想だと受け取らないか?
 いや、ちとせは我が双子の姉ながらかなり天然の入ってる人間だから、本気でそう思って言ってるような気はするけど、それでも普通は遠慮するだろ。
「テレビぐらい粗大ゴミの日にでも出歩けば、そこらでそれなりのもの拾って来れるだろ」
「あ、けーちゃん知らないんだ。今は家電リサイクル法とか出来て、テレビをゴミに出したらいけないんだよ」
 貧乏人のくせに、変に知識だけはあるやつである。
「じゃ、捨てる代わりに貰ってきてやったら感謝されるだろうが」
「それはそーなんだけどね……テレビなんか持ってたら電気代が掛かるとか、公共放送の集金が来るとか、生活保護が受けられなくなってしまうからって父さんが許してくれないんだよ」
 いまどきテレビを持ってるぐらいで生活保護を受けられなくなるかどうかってのは知らないけど、まりあの父親なら言いそうなことではある。
 そう、まりあの家は生活保護で暮らしてる父子家庭だった。父親がアル中で身を崩し、母親が愛想を尽かして逃げていって、今では廃人同然の父親とまりあの二人暮しである。家はうちの近所の今にも壊れてしまいそうなボロアパート。家賃は安そうだけど、それでも生活保護のお金から家賃を引いたらろくな生活費は残るまい。
 以前は地区の福祉委員の人が何とか父親を更生させようとしてたみたいだけど、もうとっくに見放して、事務的に生活保護が下りて来てるだけみたいである。
「しかし、おまえ、そんな貧乏なのによくうちの高校なんか入れたな」
「だってあたし、学費全額免除の特待奨学生だもん」
 そういえば昔から試験の成績だけはインチキみたいに良かったやつである。学費全額免除といっても教材費や教科書代は実費だけど、教科書は一学年上の先輩のお下がり、その他もアルバイトで何とか間に合わせてるらしい。
 まりあは結局、今日はありすと交渉できないと知ると、がっかりしたように去って行った。

 余計な邪魔者もいなくなったところで僕もさっさと帰ろうと席を立とうとしたとき、不意に背後から呼びかけられた。
「沢村~~、ちょっと話があるんやけど」
 妙になれなれしい関西弁の女の子の声に、僕は嫌な予感がしてびくっと身震えた。そして恐る恐る振り返ると、すぐ後ろの席の萌黄はるながニヤニヤしながら立っていた。学年の初めに大阪から転入してきたこてこての関西人少女である。
「あんたの妹とかいう今日来た転校生のことやけどなあ。他のクラスメイトは騙せても、うちの目は騙せへんで」
 すでに確信を抱いたかのように目をきらりと光らせて、はるなは僕に迫って来た。ありすのことというと、やっぱり……ついに来るものが来たかと僕は焦った。
「何のことかな?」
 どうにかして話題をはぐらかせたかったが、とっさにネタが浮かばない。
「とぼけんでええよ」
 はるなは見透かしたように言う。
「あの子の正体は、一条ありす。『ドキドキファンタ』で売れっ子の人気アイドル声優やな」
 じばりストレートな指摘に誤魔化すすべも無い。
「まぁ眼鏡っ子ぶって顔を隠しとるのは正体知られとうないゆう理由があるんやろうけど、うちが言いふらしたらその目論見はパーやな」
 いや、眼鏡を掛けてるのは本当に視力が悪いかららしいけど……
「いったい何が言いたいんだ?」
 はるながこのことをネタに何かを脅迫しようとしてるのは察したけど、何が狙いなんだろ? ありすには悪いけど、とくにありすから頼まれてるわけでもないから守秘義務の優先順位はあまり高くない。割に合わない要求を出されたら「どうぞ正体をバラしてやってください」と言って逃げるだけだ。そんなふうに要求に対するボーダーラインを見積もり始めた僕に、はるなの出した要求は意外なものであった。
「あのなぁ……うちと付き合ってくれへんか?」
 それは告白か?
 はるなは傍目から見ればそれなりにかわいい部類の女の子に見える。でも、どぎつい関西弁と、それに伴って発せられる関西人根性が著しく品位を下げてるようで、少し遠慮したいタイプだ。こいつと付き合えるのは本場の関西人、吉本のお笑い芸人みたいな人間ぐらいだろうと僕は思う。
「ええな?」
 僕が返事に給してるのに、はるなは強引に突付いてくる。
「お、おい。まだオレは……」
 お前と付き合うだなんて言ってないぞと、はるなのペースに巻き込まれないように必死で抵抗を試みようとする僕だったが、そんなことお構いなしといった感じではるなは強引に進めようとする。
 冗談じゃない。いくら生まれて以来、彼女いない歴十数年の僕だって、女の子なら誰でも良いってわけはない。自分の付き合う女の子はもっと慎重に選びたいぞ。
「何ぐずぐずしてるねん。早う行くで!」
 渋る僕の腕を無理やり引っ張り、はるかは何かに切迫してるかのように勢い強くどこかへ連れて行こうとする。
「さあ、着いたで!」
「こ、ここは?」
 そこは漫研の部室だった。
「夏のモエケットで『ドキドキファンタ』の同人誌出すんや。人手が足らんから沢村にはきっちり働いてもらうで!」
 どうやら付き合えというのは同人誌作りに付き合えってことかいっ! 交際してくれとかいう解釈は僕の勘違いだったらしい。こいつには現実世界の恋愛感情なんて欠片も持ち合わせていないんだろうな。僕はまじまじとはるなの顔を見つめながら思った。
「それから、もう一つ頼みがあるんやけど……」
 はるなはずうずうしくさらに要求を追加するつもりらしい。
「一条ありすのサイン、もらって来てくれへんか? うち、ファンやねん」
 おいこら。ありすのファンがありすの正体をネタに僕を強請るか?
「悪いな。プライベートでその手の依頼は受け付けないことにしてるから」
 これもありすに頼まれたことではないけど、気を利かせたちとせに強く釘を刺されてることだった。
「サインが欲しいなら、サイン会のイベントでもチェックしとくんだな」
 はるなは少しがっかりした表情を見せた。
「しゃあないな。じゃ、沢村には夏の同人誌だけで勘弁してやるわ」
 何が勘弁してやるだ、この脅迫犯め……と怒鳴りつけてやりたかったけど、ありすのことで騒ぎを起こしたりもできないから、結局その要求を呑まざるを得なかった。この瞬間、薔薇色の夏休みとかいう僕の予定は消し飛んでしまった……

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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