もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第04話「ありすと委員長」
 ありすがやってきて半月ばかり経った土曜日。私立の進学校であるうちの高校に土曜休校などというものは無く、平日の朝と変わるところは無い。
「おはよう、お兄ちゃん」
 洗面台で歯磨きを終えた僕に順番を待ってた寝ぼけ眼のありすが声を掛ける。
「ああ、おはよう」
 そう、挨拶を返すのも慣れてきたとはいえ、まだ何かギクシャクとする感じだ。寝起きのありすはまだパジャマ姿で、触れれば壊れそうなほど無防備な容姿をさらしている。おまけに当人曰く「新聞やテレビが見れないのは困る」とばかりに家でも一日中眼鏡を掛けてるありすも、この時だけは素顔をさらけ出していて、毎朝かわいさを実感できる至福の瞬間である。
 声優さんには目が悪い人が多く、ビジュアル系のアイドル声優でふだんは素顔でメディアに出てる人でもアフレコスタジオでは眼鏡を掛けてることが多いとかいう話だけど、それは日常生活では掛ける必要が無く、とくに目を使うときだけ掛けてる人の話。ありすみたいに一日中眼鏡を掛け続けてるぐらいならコンタクトレンズでも使ってた方がタレント的には有利だと思うんだけど、当人は何かトラウマでもあるのか、それともこだわりなのか、顔出しの仕事で必要なとき以外は眼鏡を掛け続けてるらしい。
 ま、ありすの視力がどの程度のものなのか僕は知らないけど、朝、眼鏡を掛けていないときはたまに洗面台ではなく、トイレのドアに向かって歯を磨いてるのを見掛けたことがある。単に寝ぼけてただけかもしれないけど……

 そんなわけで、あくまで実用本位の眼鏡のフレームは外見的に少しきつい印象を周囲に与えてしまってるみたいで、転校から半月も経てばクラスではそれなりの評価が下されてしまっている。
 ま、本人の性格はまんざら悪くも無いのでほどほど打ち解けてはいるのだけど、少し気の弱い同性のクラスメイトからは敬遠され、そして何かと仕切り屋タイプのクラスメイトには反感を抱かれてるようだった。で、そんな人間関係が家族である僕の目にまっすぐ飛び込んでしまうことはありすにとっては嫌なことだっただろうし、僕だって気分のいい話ではない。家族が同じクラスにいるというのはこういうところで困りものである。
 そして問題はこの日の終業後に起こった。

 土曜日は半日授業なのでお昼に授業が終わると、僕は急いで帰り支度を始めた。このところ平日の放課後はずっとはるなの同人誌作りに付き合わされてるから、土曜ぐらいはまっすぐ家に帰ろうと決意していたのだ。もちろん、まっすぐ家に帰ったからってとくにするべき用事は無いのだけど。
 幸いはるなは四時間目の世界史の先生に言いつけられ、教材の運搬を手伝わされていて教室にはいない。この機会を逃がすわけにはいかない。僕は速攻で学校を飛び出そうと席を立った。そして教室の外に向かって駆け出そうとしたとき、不意に大声で呼び止められ、足が止まった。
「待ちなさい、沢村さん!」
 声の主はクラス委員長の北村あやかみたいだけど、僕は彼女に「さん」付けで呼び止められる覚えは無い。何かで呼びつけられるときはいつも「くん」付けだったはずだ。恐る恐る声がした方向に振り向くと、声の主はこちらを見ているわけではなかった。その視線をたどると、その先にはもう一人の沢村姓を持つクラスメイト、つまりありすがいた。
 なんだ、僕のことじゃないのかとまずは胸をなでおろした僕だけど、あやかの声が穏やかそうじゃなかったので、ありすが何か問題を起こしたのではないかと気になり、おちおち帰れなくなってしまった。
「沢村さん、あなた今日の日直でしょ!」
 どうやら日直の仕事をサボって帰ろうとしてるありすを咎めてるらしい。
「わたし、急いでるから天野さんに代わってもらったのよ」
 ありすのそばにいて名指しされた天野さんはこくりと頷いた。天野さんはどのクラスにでも一人はいるような気の弱そうな女の子で、他人から頼まれたことは断れないというタイプである。ありすにすれば近くの席にいて親切そうな相手に頼んだだけなんだろうけど、どうやら委員長のあやかは天野さんの気の弱さに付け込んで、ありすが無理やり押し付けたと思ってるんだろう。
 ま、今度、天野さんが日直のときにありすが代わってやると言っても、天野さんはそんなこと出来なさそうな人だから、押し付けたというのも実質的に合ってるのかも知れない。でも、転校して来てからまだ半月しかならないありすに、そこまでの機微を求めるのも酷というものだ。
 しかし、自分の正義に反することには厳しいあやかは、寸ともありすを許そうという気配は無い。
「そんなこと通用すると思ってるの!」
 ここは何とかあやかの誤解を解いてやるのが、曲がりなりにも兄としての勤めなんだろうけど、こういう正義モードに入ったあやかを相手にすることはクラスの誰もが敬遠してしまいたくなるほど困難なことだ。
 僕は帰りがけで突っ立ったまま、どうするべきか考えあぐねていた。ここでありすを見捨てたら兄としての印象は悪化してしまうだろうし、かといってあやかに立ち向かうだけの度胸は無い。第三者が現れて助けてくれたら良いんだけど……などと無責任に逃げの思考を始めたときだった。
「あ、お兄ちゃん!」
 ありすは僕の存在に気付いたように、こちらを向いて大声でそう叫んだ。言うまでも無く、それは助けを要請する叫びに感じた。覚悟の出来ていない僕は、とっさに何をすべきか戸惑った。相手がありすじゃなかったら全然知らんぷりをして脱兎のごとく逃げ去ってたところなんだけど、兄としての躊躇が逃げる機会を失わせてしまった。
 おまけにありすの声に釣られて、あやかまでこっちを振り向いてるし……冗談じゃない。これまで何事も無くやってきたのだし、これからもクラスの中で委員長ににらまれるような存在にはなりたくないぞ。ありすの問題はありす自身の問題であって、血のつながらない僕には何の責任も無いからな。
 しかし、事態の急変は一瞬に起こった。
「あと、よろしくね!」
 僕に向けたと思わしきありすの声は予期せぬ方向からやって来た。ありすはあやかの注意が僕の方に向いたのを見計らったように素早く教室の出口まで移動していたのだ。そして、ありすはそう言うと一目散に駆け去ってしまった。
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい!」
 慌ててあやかが呼び止めようとするが、もう後のまつりである。敵の不意を突いた見事な逃亡だった……などと感心してる場合じゃない。ありすに逃げられたあやかの矛先は当然のように僕に向けられてくる。
「沢村くん……妹さんの不始末は当然、お兄さんが償ってくれるんでしょうね!」
 あやかは振り上げた拳を僕の方に向けることでありすに逃げられた不始末から自分のメンツを守ろうとしてる様子で、怖い表情でこちらに迫ってくる。
「わ、わかったよ委員長。日直の仕事は僕が代わってやっておくから」
 理不尽な気がしたけど、今の委員長には逆らわない方が良い気がする。いくら兄妹だからって連帯責任だなんて校則は無いはずだが、ここで下手に言い逃れなんかしようものなら、後でどんな火の粉が降り掛かってくるかわかったものではない。放課後に残った日直の仕事程度でこの場が収まることなら、それに越したことはない。
「あと、本人にちゃんと言い聞かせておくのよ!」
 あやかはそう言うと、荷物をまとめて去っていった。いつのまにか教室に残ってる生徒もまばらになっていたので、僕はさっさと仕事を片付けようとしたが、そこで天野さんと鉢合わせしてしまった。
「私が沢村さんに頼まれたから……」
 彼女はそう言って、自分が日直の仕事を続けようとする。
「天野さんはいいよ。ありすの代わりは僕がやるから……」
 僕はそう言って彼女と代わろうとするが、彼女は手を止めない。
「私が頼まれたんだから、私がやります」
 彼女は何か脅迫観念に襲われてるような表情だった。まさか、自分がやらないとありすにいじめられるとでも思ってるんじゃないだろうか。
 仕方がないから仕事を二人で手分けしてやることにした。半分の労力でもやったことはやったことで彼女も満足するだろうし、僕も仕事が半分になればもうけものである。
 しかし、ありすは何を慌てて出て行ったんだ? そう思ってよくよく思い出してみると土曜の午後からは『ドキドキファンタ』のアフレコがあるとか言ってたっけ。先週も先々週もそう言ってありすの帰りが遅かったような気がする。
 声優の仕事、それも『ドキドキファンタ』のアフレコなら仕方がない。最初は家に帰ったらありすに思いっきり文句を言ってやろうというくらい頭に来てたんだけど……
「愛しのファンタアップルのためなら日直の仕事を代わってやるくらいかまわないか……」
 黒板を拭きながらそう呟いていたら、いつのまに教室に戻って来てたのか、それをはるなに聞かれてしまった。
「それはええ心掛けや。その調子であんたのファンタアップルへの愛情を同人誌に叩き込んでくれへんか」
 結局、今日もはるなに捉まって、同人誌作りに付き合わされるはめになってしまった。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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