もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第05話「ありすの劇団」
 梅雨明けも近い七月上旬の日曜日、僕たち兄妹は三人揃って都心に出て来ていた。いくら双子だと言っても、もうこの歳になるとちとせと一緒に出掛けることなんか滅多にないし、もちろんありすとは初めてである。
 この日はたまたま普段は海外を飛び回ってる僕たちの父もありすの母(つまり、新しい母)も日本に立ち寄る都合が付いたということで、家族揃って夕食……というか新しい家族の顔合わせをしようということだった。それでいて自宅に立ち寄る時間は無いというのだから、相変わらず多忙な身の上らしい。
 夕方ごろ、一足先にやってきた義母と僕とちとせは対面した。ありすの母親ということで美人で若いお母さんというのを予想してたりしたんだけど、意外とただの普通の勤め人のおばさんだった。いや、ありすが人気声優だからって母親もタレントやってるわけじゃないんだから、他のクラスメイトの母親たちと同じ感じで当然なんだけど。僕たち自身の母親はずっと以前に亡くなっていて若い頃の印象しかないから、こういうときに比べられる対象でもない。
 いずれにせよ、初対面の義母は僕にとって緊張する相手には違いなかった。

 さて、その義母がありすの劇団にあいさつに行くというので、僕とちとせも付いていくことになった。ありすが幼少の頃から世話になってる児童劇団なので、たまに帰国したときにはあいさつに行くのが習慣になってるらしい。
 ありすの所属する児童劇団《うみすずめ》の事務所は、駅から続く表通りから少し奥に入ったやや古い雑居ビルの中にあった。劇団というからレッスン教室や練習用の舞台を備えた大きな建物かと思ってたのだけど、劇団員の練習とかは近くの大きな演劇専門学校の教室とか一般の貸しホールとかを借りてやっているらしい。
 事務所の中はこじんまりしていて何人かの事務員らしい女性がいるだけだった。《うみすずめ》といえば、ありす以外にも何人かの声優さんが所属しているから、それらの人がいるのかと期待してたりしたけど、よく考えたらここで仕事があるわけでもないので用も無いのに事務所にいるわけはない。そんなことありすの日常を見てたらわかることだ。普段は練習場や仕事場に直行してるから、事務所に用があるのは新しい仕事の打ち合わせの時ぐらいだろう。
 義母が事務の人に用件を伝えると、しばらくして奥から頭を何か布で巻いた年配の女の人が出て来た。劇団の主宰者の東山涼子先生らしい。後でありすに聞いたところでは、頭に巻いてあるのはターバンということらしい。
「先生、ご無沙汰してます。いつも娘がお世話になっています」
 義母は深々と頭を下げたので、僕たちもつられて会釈した。
「いえいえ、ありすちゃんには後輩たちの良い手本になってもらってますから。一条さん……いや沢村さんでしたか。再婚なさったそうで、おめでとうございます。お仕事がお忙しいようですが、お越しいただいてありがとうございます」
 義母と東山先生は世間並みのあいさつをかわしていた。
「こちらは?」
 東山先生の視線が僕とちとせの方に向けられた。すかさずありすが答えた。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん」
 先生にはそれだけで義母の再婚相手の連れ子だとわかったらしい。
「ずっと一人っ子だったものですし、前の主人が亡くなってからは日本に一人置き残したままになってましたから、兄弟ができたことを喜んでるようで助かってます」
「ありすちゃんの歳で親が再婚なんかしたら、世間では新しい家族に馴染まないことが多いって話を聞きますからね」
 2人の会話を聞いて「そうなのかな」と僕はつぶやいたが、それを聞き漏らしていないちとせに腕を引っ張られた。
「敬ちゃんだってかわいい妹が出来て、うれしいんでしょ? ありすちゃんのやってるアニメ番組、前から楽しみに見てたみたいだし……」
「あれはまりあがテレビを見に来てるのに付き合ってるだけだろ」
 ちとせのやつ、人前で恥ずかしいこと言いやがって。僕は少し居心地悪くなって赤面しながら下を向いてると、ちとせの言葉を真に受けた義母が言った。
「あら、妹にしてもらうよりお嫁さんにしてもらった方が良かったのかしら。ね、ありす」
 もちろん軽い冗談に過ぎない話だけど、このとき僕は思いっきりありすを意識してしまい、よけいに赤面し下を向き続けた。
「お母さん!」
 一方のありすはまるで気にもしてないかのように軽く抗議の意思を表明しただけみたいだった。だから顔を赤らめた僕はよけいにバツが悪く、しばらくありすの顔をまともに直視できなかった。

 その後、東山先生と義母たちの間でどのような会話がなされたのか僕は覚えていない。ありすのことが気になって頭がボーっとしていたからだ。とりたてて意味の無い世間話をしていただけのように思うけど。
 ちとせに背中を突付かれて僕は退出する時間が来たのを知った。もちろん頭の中はまだありすのことでいっぱいだ。妹としてのありすではなく、僕のお嫁さんになった妄想の中のありすのことで。妄想の中のありすは普段から眼鏡を外し、四六時中僕に萌えを振りまいてくれる……現実では叶えられないだけによけいに甘く切なく感じられる。ダメだ。妹相手に何を妄想に浸ってるんだろう。
 事務所を出てエレベーターで降りようとした時、入れ違いに若い女性がエレベーターの中から出てきた。その女性はすれ違いざまありすに声を掛けた。
「ありすちゃん来てたの?」
「うん。お母さんが先生にごあいさつに……」
「私はあしたの打ち合わせがあるから、じゃあね」
「じゃあ……」
 ありすとは仲の良い相手らしく気軽に口を交わしていた。しかし、どこかで見たような……
「今のは?」
「劇団の先輩のみなみちゃんよ」
 みなみちゃんって……そうだ。どこかで見たことのある顔だと思ったら、現在の《うみすずめ》稼ぎ頭で業界の歌姫と呼ばれているかわいみなみだ。今でこそ新人の台頭で顔出しの仕事は減ったものの、数年前は声優雑誌の表紙を飾ることたびたびだったという売れっ子の実力声優だ。ありすの出てる『ドキドキファンタ』にも脇役のいじわる魔女として出演していて、時には主人公のファンタアップルを脅かすほどの存在感を与えている。
 しまったと僕は悔やんだ。せっかく目の前にかわいみなみがいたんだから一言二言話をして握手をしてもらうんだった。僕はファンタアップル役で一条ありすという声優の名前を耳にする以前は、ずっとかわいみなみのファンだった。どれくらいファンかというと、物心付いた時には彼女が子役でレギュラー出演していた特撮番組を欠かさず見ていたぐらいだ……というのは冗談で、声優なんて仕事があるのを知ったのも小学校の高学年になってからだし、彼女が昔その特撮番組に出てたということを知ったのも最近の話だけど。
 でも、最初にファンになった声優がかわいみなみであるのは間違いないと断言できる。僕の持ってるCDの半分は彼女のアルバムだし……
 1階に着いたエレベーターから僕が降りると、ちとせが顔を覗き込むように言った。
「敬ちゃん、何か残念って顔してるけど、ひょっとして今の人のファンだったの?」
 悪いか。
 それを聞いたありすがポツリと言った。
「みなみちゃんのファンって多いもんね。私も何度かイベントのお手伝いしたけど、あんなに熱心なファンがいっぱいいるなんて大変みたい」
 何か他人事のように言ってるけど、最近の声優雑誌の扱いとかネット上の評判じゃ、ありすのファンだって相当にいるんじゃないのか?
「でも、お兄ちゃん。みなみちゃんのファンをやるなら、ちゃんと追っかけしないとダメだよ」
 お前が言うなよ。そりゃ何か? ありすのファンになるにはちゃんと追っかけをしないとファンとして認めてもらえないのか? イベントも一見さんはお断りってか。お高くつくタレントさんだな。ま、冗談として聞き流しておくぞ。

 その後、レストランで僕たちは父と合流した。とりあえず再婚には反対しないけど、寝耳に水で子供に黙っていきなり再婚するなとは釘を刺しておいた。いや、そう何度でもあることとは思わないけど。
 それからいろいろな話を聞いた。
 義母とは幼馴染だったこと。ありすの父親とは親友同士だったこと。互いのつれあいを亡くしてから数年経ってから外国で再会してからの馴れ初め……いや、普通そういうことは再婚する前に話すだろ。
 しかし、式は二人で勝手に挙げたみたいだし、二人ともずっと外国暮らしで同居してるわけじゃないから、親が再婚したと言ってもまだほとんど実感が無いのも事実だ。あるのはありすが妹としてやって来て同居してるということだけ。これが義母とも同居して何かと衝突があるというのなら話は別だけど、今のところ反対する理由は無かった。
 食事を終えた後、僕たちは両親と別れた。しかし、せっかく日本に戻ってきても自宅に立ち寄る暇も無いって、いったい何の仕事をしてるだろうか。

 帰りの電車の中、ありすはちとせにもたれかかるように眠っていた。疲れてたのか、それとも電車の中では寝る人なのかはよくわからない。掛けっぱなしのいつもの眼鏡は安らかなありすの寝顔にはまるで似合ってなかった。
 そういえば義母がありすの眼鏡を気にしてたみたいだったけど、どうやらこの眼鏡のフレームは亡くなったありすの父親の形見らしい。それでありすは大事にしていつも掛けてるってことのよう……似合ってないのにね。そういえば食事の時も父とはあまり話をしてなかったな。単に人見知りしてるだけかもしれないけど……

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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