もえるおはなし
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第06話「ちとせあめ」
 日曜の朝八時といえば、普通の家庭では平日よりも少し遅い朝食を一家団欒で過ごしている時間だと思う。『冒険少女隊ドキドキファンタ』はそういう時間帯に放送している子供向けのアニメ番組だが、意外とオタク心をくすぐるマニアックな設定や、青田買いに近い新人声優が当たったおかげで、本来のターゲット層以外の視聴者にも好評な番組なのである。ま、その新人声優の一人に主演声優である一条ありすの存在もあるわけなのだけど……
 もうすぐ『ドキドキファンタ』の放送が始まるそんな時間に僕の家のリビングを占拠しているのは、一家団欒とは程遠い光景だった。
「けーちゃん、もうすぐ始まるよ!」
 他人の家の中を勝手に漁って取り出してきたスナック菓子をむさぼりながら、まりあはまったく遠慮なくチャンネルを切り替えていた。
「あーちゃんはいないの?」
「ありすなら、まだ寝てるだろ」
 毎週土曜日は『ドキドキファンタ』のアフレコで帰るのが遅いから、ありすは日曜の午前はずっと睡眠中である。
「あーちゃんも見ればいいのにね」
 まりあはまだ、ありすにファンタアップルのコスプレをさせようという目論見は捨ててないようだ。だからどうにかしてありすにその話題を持ち込みたいのだろう。でも、この番組ならありすは後で起きてから見てると思うぞ。ありすの持ち込んできた荷物の中にはしっかり最新のDVDレコーダーと液晶テレビがあったのはチェック済みだからな。まさか自分の演技を後からチェックしないほど図太くはないだろう。
 実のところ、僕にしたって主演声優のコメントをリアルタイムで聞きながら作品を鑑賞したいなんて贅沢な欲求はあるけど、それが満たされたことは無い。

 いつもパターン通りに流れてるゲームソフトのCMが終わり、『ドキドキファンタ』の放送は始まった。この番組は冒頭、アバンタイトルと呼ばれる部分で前回までのおさらいをしたり、今回の物語のさわりを流した後でOPが始まる構成になっている。
 先週までと同じパターンのアバンタイトルが終わりOPが始まった時、僕は違和感を覚えた。OPが先週までと違ってるのだ。画面の感じはがらりと変わり、先週までのOPには出て来なかったシリーズ中盤になって登場して来たキャラや、まだ見たことも無いキャラがいる。そういえば今週から3クール目に突入だなと思い出したけど、当然ながら変わったのは絵だけではない。
 新しいOP曲は先週までのベテランのアニソン歌手が歌ってたものよりも派手で軽快なアレンジの曲だったが、まるで新人声優にでも歌わせてるようにボーカルが貧弱になっていた。しかも、その声には十分すぎるほど聞き覚えがある。なんとOPを歌っているのはありすだった。あいつ、学校の芸術は僕と同じ美術を選択してたはずだけど……そういうやつにOPを歌わせるか? まさに昨今の声優商売恐るべしというとこだな。
 しかし、ありすのやつ、自分が主題歌を歌うなんて一言も言ってなかったぞ。時期的に見てレコーディングは妹としてやってくるより前に終わっていたんだろうとは思うけど。もっとも、この件に限らず、ありすは仕事の話はめったにしない。夕食の時に話題になるのももっぱら学校でのことだ。
 ま、確かにありすは学校ではよくトラブルを起こしてるタイプなので話題に事欠きそうにはないけど。それに、ありすが仕事や劇団のレッスンに行く日は帰りが遅くて一緒に夕食をとることはない。そのことも仕事の話題にはなりにくい原因なのかもしれないけど……

 予期せぬありすの歌に呆然としていた僕が我に返ると、テレビはもうCMも終わって『ドキドキファンタ』の本編が始まっていた。
 『冒険少女隊ドキドキファンタ』は『ドキドキワールド』というネット上のオンラインファンタジーRPGの世界をベースにした物語である。あるとき『ドキドキワールド』のシステム管理会社のサーバーにトラブルが生じ、隣にあった次世代のバーチャライズシステムを使った試作ゲームのサーバーと混線が起こり、システムが複雑に混乱してしまった。
 バーチャライザーを使ってテストプレイを行っていたゲームデザイナーの娘がそのまま『ドキドキワールド』のシステム空間に迷い込んで行方不明になってしまい、そして同時にサーバー上にゲーム世界を支配し、現実世界への干渉をもくろむ邪悪な情報生命体が発生してしまった。
 管理会社はゲームシステムの停止を考えたが、システム上に残された女の子がいる状態でそれを行うのは女の子の生命に関わるため不可能で、また外部ネットとの接続も基幹部分を情報生命体に支配されてセンターのサーバーだけを切り離すことは出来なくなっていた。
 そうしてゲームシステムに異変が始まったとき、一部のゲームプレイヤーにゲーム世界の管理者であるシステムマザー(女神)から救いを求めるメッセージと共に試作品のバーチャライザーが届けられた。彼らのプレイヤーキャラはこのゲーム世界ではファンタ・エルフの称号を得てファンタネームを持つ特別なキャラクターとなり、彼らはバーチャライザーによって各自のキャラと同化してこのゲーム世界の危機を救う冒険に出ることになった。

 ありすの演じるファンタアップルもそのファンタ・エルフの称号を持つキャラの1人だった。そしてそのプレイヤーが青森林檎である。林檎は背が低くてドジで、学校ではクラスの男子から馬鹿にされていた。そのウサ晴らしにこの『ドキドキワールド』に没頭するようになっていたのである。
 『ドキドキワールド』のプレイヤーキャラはゲームの進行につれていくつかの称号を得ることがある。この世界で最高の称号とされているのはロイヤル・ナイトで、これは純粋にキャラクターのレベルやパラメーターの数値で最高クラスの者に贈られる称号である。それに比べるとファンタ・エルフの称号は特殊である。ある特定のパラメーター値になったときに贈られる場合や、ある特殊なモンスターを倒したとき、あるいはこの世界の成り立ちに関わる秘宝を手にしたとき、または隠しフィールドをクリアしたときなど、気まぐれにエルフプリンセスの祝福が贈られ、それを受け取ったキャラがファンタ・エルフの称号を得るのだ。
 林檎はゲームには没頭してるもののさして強くはなく、このゲームのプレイヤーとしては平均的なレベルだった。その林檎のキャラがファンタ・エルフの称号を得たのはまったく偶然によるものに過ぎなかった。ある日、森で倒した一匹の弱っちいモンスターが、実はこの世界の創世伝説に関わる隠しキャラだったということで棚ボタ的に貰った称号だったのである。もちろん実力の伴わない称号であるが、そんな林檎の元にもシステムマザーからのメッセージとバーチャライザーは届けられたのだった。

 物語はそんな林檎が他のファンタ・エルフたちと出会い、ある時は協力し、ある時は敵対しながらプレイヤーとしての経験とレベルを上げて成長していき、そしてシステムマザーによって与えられた使命を果たしていくというストーリーである。
 今週からはシリーズ後半に入るターニングポイントの話。先週、敵に囚われていたエルフプリンセスを救出した林檎たち五人のファンタ・エルフはエルフプリンセスから新たなアイテムを貰ってパワーアップするという内容だ。

 今回は何回かに一回まわってくる人気の高い実力派アニメーターによる作監の回で、作画に関しては言うことなし。ストーリーもそれなりに起伏があってスリリングな展開で、見ていて没入してしまう出来だった。そんなわけで僕の目は画面に釘付けだったわけだが、同じ画面を見ているはずのまりあは間断なくお菓子を貪り食ってる。こいつ、他人の家でお菓子を貪って一食分の食費を浮かそうとしてるんじゃないだろうな。まあいつものことなのであまり気にはならなかったが。
 こうやって傍若無人に平然とよそ様の家のお菓子を食い漁ってるまりあであるが、そのまりあもけっして手を触れようとはしないお菓子がある。それは「ちとせあめ」と書かれた缶に入ったキャンディだ。
 ありすがこの家にやってきてすぐの頃、お菓子を探してこの缶を見付けたありすが「ちとせあめって、七五三で売ってる金太郎飴みたいなものでしょ?」と言って開けようとしているのを見て、思い止まらせるのに苦労したものである。

 「ちとせあめ」というのは、ちとせ専用の飴という意味である。
 ちとせは小さい頃から飴が好きで、家計を預かるようになってからは自分のお気に入りの飴を買い込んで常にストックしておくのが習慣になった。もちろん、ちとせは大雑把な性格であるからたくさんある飴の中で何個か食ったところで怒ったりはしない。問題は残り少ないストックをちとせの知らない間に食い尽くしてしまったときである。
 僕はちとせのことはよく知ってるからそんな飴に手を付けたりはしないのだが、まりあが出入りするようになってしばらくの頃、こいつがいつもの調子でちとせが大事に残してた飴を食い尽くしてしまったのだ。その数日後、ちとせが大騒ぎしてるから何事かと思ったら、大事に取ってあった飴が行方不明になってるという。まだ開封したばかりで2、3個食っただけだというから、ちとせの感覚では残りを短期間に誰かに食われてしまったなんて思いもしなかったらしい。必死であちこち探し始め、そのあまりな天然ぶりに僕が「頭の黒いネズミが食ったんじゃないのか?」なんてからかい半分に言ったら、今度は家中でネズミ駆除の対策をやり始め、やはりその日もテレビを見に来ていたまりあと僕も一日中それに付き合わされる羽目になってしまった。
 いや、まりあが自分が食ったって謝れば済む話だったのだけど、ちとせの反応があまりに深刻ぶっていたので、とても言い出せなかったようだ。最後に僕が余ってたお菓子の缶に「ちとせあめ」と書いて、「缶に入れとけばネズミも食えないだろ」と言ってちとせを納得させて収まったのだけど……。この時の騒ぎに懲りて、まりあももうこの缶の中身には手を付けなくなったのである。
 しかし、他人を疑わない人間がいかに怖いかというのは、僕もこの時に身をもって覚えてしまったから、ちとせ相手に悪戯するときはよく考えてからするようになったということも断っておく必要があるだろう。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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