もえるおはなし
そこはかとなく書き綴る脳内ラノベ
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第10話「濡れたTシャツを隔てて」
 僕とありすの関係は改善されないまま八月に入ってしまった。
 七月中は暇そうに普通の高校生の夏休み(といっても週二回のレッスンと土曜のアフレコはいつも通りだけど)を過ごしていたありすも、八月になると仕事の関係で多忙を極めるようになっていた。
 ありすの出ている『ドキドキファンタ』は予想外の人気を博し、そのため夏休み中の全国イベントツアーが組まれていた。当然、主演のありすは九州から北海道まですべての会場を回る予定になっていた。もちろんその間も毎週のアフレコはあるわけだし、イベントと重ならなければ劇団のレッスンにも出掛けるから、週の大半はどこかに出掛けていることになる。せっかくの夏休みだというのに声優さんも大変な仕事である。
 八月初めの日曜はイベントツアーの皮切りに九州の博多でイベントがあった。開演は午後からだが、リハーサル等で朝から会場に入らないといけないので、土曜のアフレコの後、博多行き最終の《のぞみ》で博多入りするらしい。
 昼食時、すでに余所行きのおしゃれをしたありすは、相変わらず僕と目を合わせようともしないまま出掛けていった。しかし、今日明日の二日間ありすの冷たい表情を見なくてすむと考えるとほっとした。もっとも、ありすがいないってことは仲直りの機会も無いってことでもある。

 午後、久しぶりにはるながやってきた。明日が印刷所への入稿日ってことで原稿の督促である。描けてないなら徹夜で泊り込んででも描かせるって勢いだったが、あいにくと僕の原稿はほとんど仕上がっていて、一部の墨入れとトーンの貼り付け、それにネーム入れが残ってるだけだった。内容は宇宙の果てから白い彗星が攻めてくるという昔のSFもののアニメのパロディで、『ドキドキファンタ』の登場人物たちがそれに立ち向かって次々に死んでいくという話である。ラストはエルフプリンセスに率いられたファンタアップルが特攻してラスボスを倒し宇宙に平和がやってくるという話だけど……実はみんな生きていたってオチ。出来は問わないで欲しい。
「明日から『ドキドキファンタ』の全国イベント始まるみたいやけど、主役やから全会場参加って、妹はんも大変やなぁ」
 ふと、はるながそんな話題を切り出してきた。こいつ、なぜかありすの仕事関係の情報には異様に詳しい。ま、これくらいのことは『ドキドキファンタ』の公式サイトとか、劇団《うみすずめ》のサイトのありすのページを見ればわかることだけどね。
 はるながありすのファンだというのは本当のことみたいだけど、その割には学校ではそんなに親しそうには見えない。ありすはありすで他に仲の良い友人が何人か出来てるみたいだけど、女の子って付き合うグループがきっちり別れてしまってて、グループが違うとほとんど話もしないみたいだからよくわからない。はるなも何度もうちに来てるのに、ありすに会おうとしたことは一度も無いし……ファンだから余計に近付き難いって面があるのかもしれないし、正直言ってありすの性格からするとこういう同人女はあまり相手にしたくないって雰囲気は感じる。まぁ露骨に嫌ったりはしてないだろうけど。
 僕がそんなことを思いながら原稿を仕上げていると、はるなは続けた。
「このイベントツアー、この近所は盆の真っ最中やな。出演者の家族やったら招待券とかもろとんねやろなぁ?」
 そういえばこの前、《うみすずめ》の東山先生経由でそれらしいチケットが届いていたけど、それを見たありすが「恥ずかしいから見に来ないで!」と言って、封を開けたちとせから全部取り上げていってしまった。本人から渡させずに家に直接送ってきた東山先生もありすが渡さないってことはお見通しだったんだろうけど、結局はありすの方が一枚上手だったみたいである。
「そうか、沢村は行けへんのか。そら残念やったな」
 はるなはさも同情してるように言った。これまでそのイベントのことなんか全然頭に無かったけど、はるなにそう言われると何だか行けないことが無性に悔しくなってきた。
「この前からOPが妹はんの歌うとる歌に変わったやろ。きっとイベントでは妹はんが生で歌うとるとこ見れると思うんやけど……お兄はんとしては見とうないんか?」
 そう言われればそういう可能性は十分考えられる。いや、だからこそ自分の下手糞な歌を聞かれるのが嫌でありすは速攻でチケットを取り上げたに違いない。しかし、やっぱり曲がりなりにも兄としては妹が晴れの舞台で歌ってる姿はちゃんと見届けてやるべきなんだと思えてきたけど……
「見に行けるものなら見に行くさ!」
 僕は吐き捨てた。
 このイベントは原作掲載誌の出版社が主催で、雑誌で参加者を募集してたはずだけど、もうとっくに締め切りは過ぎている。いや、それ以前にその原作掲載誌というのが少女マンガ誌というのが僕にとっては大きなハードルだったしね。そりゃネットのオークション等を探せば何枚かは売りに出てるんだろうけど……
 どうせ歌は歌なんだ。ありすの生歌が聞きたけりゃ、カラオケにでも引っ張っていけば済む話だ……と僕は開き直ろうとした。いや、カラオケに行くにはその前に仲直りしておく必要があるけど。
「せやったら、ええ話があるで。うちのとこにペアの招待券があるさかい、一緒に行かへんか?」
 なんか待ち構えてたように切り出してるはるな。用意の良いやつである……というか、これってもしかしてデートの誘いなのか? いや、この時すでに僕の頭の中ではステージ上で主題歌を歌うありすの姿が踊ってたし、はるなにはこの前、気まずいことがあった負い目もあったので、とくに断る理由も無くそれをOKしていた。
 なんとか僕が最後の原稿にパソコンでプリントアウトしたネームを貼り終えると、はるなは原稿をまとめて抱え込んだ。
「これでちゃんと印刷所に出せるわ。校正とかはうちがやっとくさかい、今度はモエケット当日の肉体労働を頼むで!」
 はるなはそう言うと嬉しそうに帰って行った。何が嬉しいのかは詮索するまい。

 翌日、僕は駅前のショッピングセンターに出掛けた。女の子と仲直りするにはまずプレゼントだろうと、ありすに贈るものを探しに来たのだけど……何を贈ったら良いのかわからなかった。
 だいたい、ありすの好きそうなものってまだよくわからないし、プロフィールに好きだと書いてあるようなものはファンからたくさん貰ってるから、今さら僕が贈ったところで有難味は全然無いだろう。女の子ものの服やアクセサリーなんかはとても売り場に近付けないし……適当にファンシーグッズややらぬいぐるみやら、軒並みな女の子グッズで喜んでくれるんだろうか? 下手すれば余計に機嫌を損ねる気がするし、何か愛着を持って使ってくれるものの方が良い気がする。かといって僕の小遣いでは予算は限られてるわけで……
 じゃ、ありすの身近にあって大事に使って欲しいし、実際に使ってくれるだろうってものは何だろうと考えてみたけどわからない。女の子の専用品なんて男の僕が買いに行けやしないし。ありすの周辺で一番目立っていて何か大切に使ってくれそうなもので、なおかつ売り場として男女の区別が無さそうなのは……というと、眼鏡ぐらいか? 確かにあの似合わない眼鏡は何とかしてやりたい。もっと女の子らしい眼鏡に変えるだけでも好感度は120パーセントアップだ。
 でも、ありすの今の眼鏡、死んだ父親にもらったものだとかで、なんか本人、異様に大事にしてるからなあ。下手に新しい眼鏡なんか渡すと怒りを増大させてしまいそうな気がする。それに眼鏡ってフレームはともかく、レンズは本人の目に合わせなければならないから勝手に買って帰るってわけにもいかない。ま、フレームだけ選んで後は自分でレンズを合わせてもらえば良いだけの話だけど、まず何より本人が喜んでくれないと意味ないし……
 結局、僕はプレゼントを決められずに本屋で暇を潰しただけの外出に終わった。本をプレゼントするって手もあるけど、それこそ人によって嗜好は千差万別だからね。かといって図書カードなんか無味乾燥なものにはしたくないし。
 女の子のことはちとせの力を借りた方が良さそうだけど、あいにく今日は月一回のサークル活動とかで出掛けていって留守だし……とか思ってると、空に入道雲が湧き立ち、すぐにでも夕立が来そうな気配がしてきたから、今日のところは諦めて家に帰ることにした。

 僕は急いで帰ったけど一歩間に合わず、家の近くで土砂降りに遭ってしまった。ずぶ濡れでたどり着いた玄関はすでにカギが開いていた。中には一組のスニーカーが脱ぎ捨ててある。見慣れた柄のスニーカーだったので僕は深く気にも留めず、ちとせが帰ってるのだろうとばかり思った。ちとせにしては玄関のカギが開けっ放しで無用心だったり、スニーカーの脱ぎ方が乱雑だった気もしたけど、何か慌てていたのだろうぐらいにしか思わず、僕はカギを閉めてスニーカーを揃えて置いた。
 部屋に行く前に濡れた服を選択に出し、体を拭くためのタオルを取りに風呂場に向かったら、中からシャワーの音が聞こえた。昼間っからシャワーなんて、ちとせにしては珍しいと思ったけど、別に脱衣場に少し入るだけで浴室の中を覗いたりするわけじゃないし、ちとせなら別にかまわないだろうと、僕は脱衣場のドアを開けた。
 中で乱雑に脱ぎ散らしてる服を見て僕は違和感を持った。ちとせにしてはかわいらしいブランド系の服だと思ったのだ。でも、そんなことを気にしてる場合じゃない。僕は濡れた服を洗濯用のカゴに放り込み、タオルを取るとTシャツとトランクスのまま部屋に戻ろうとした……
 しかし、それより一瞬早く、浴室のドアが開いた。条件反射的に振り向くと、そこにはありすがいた。濡れた髪と泣き出しそうな顔、そしてタオルも巻かずに無防備にさらされた濡れた裸身……
「ご、ご、ごめん! 覗くつもりじゃ……」
 僕は慌ててありすに謝ろうとしながら、その裸を見ないように背を向け、脱衣場から退散しようとした。しかし、それをありすの声に止められた。
「待って、お兄ちゃん……」
 ありすはそう言うと背中から僕に抱き付いて来た。僕はどうすれば良いのかわからず呆然としていると、背後からありすのすすり泣く声が聞こえてきた。
(な、何を泣いてるんだ?)
 僕は戸惑った。取り合えず僕に裸を見られたからとかいうわけでは無さそうだけど、でも、妹が泣きながら抱きついてくるような状況じゃ、兄として何とかしてやらなければならない。でも、こんな時って何をすれば良いんだ? 僕の頭にはありすを優しく抱きしめてやることぐらいしか思い付かなかった。
 僕はしがみつくありすの腕を緩めさせて向き直り、そして泣き続けるありすを抱きしめた。後から思えば、これで僕たちは後戻りできなくなってしまった。
 正面に向き合い抱きしめてしまえば、否応無しにありすの裸身を意識せざるを得なくなる。僕のTシャツはありすの濡れた髪や肌に触れてとっくに濡れてしまっていたが、それを1枚隔てた向こうに全裸のありすが体を密着させている。僕はありすを抱きしめつつも、そん感触に焦っていた。
「ハックシュン!」
 僕の口から不意にクシャミが出た。夕立に濡れた後、そのままさらに濡れたTシャツを着続けてたために寒気を感じたらしい。急に震えが来た。
 それに気付いたありすは、僕の胸に埋めていた顔を上げた。
「お兄ちゃん、お風呂入ろ」
 一瞬、僕はありすが何を言ったかわからなかった。
「お姉ちゃんと一緒に入ってるんなら、私とだって平気だよね」
 その言葉で僕の中の何かが吹き飛んで行ってしまった。
 体を温めるには少しぬるめのお湯に、僕たちは肩を寄せ合って入った。大人二人なら互いに向き合って何とか入れる浴槽の中に、僕たちは無理やり身を寄せ合い、並んで浸かった。ちとせと一緒に入るといっても、お互い向き合って入るだけで手を握るほどの触れ合いも無いのに、この時、僕とありすは触れ合う半身を密着させていた。
「窮屈だね」
「なら、僕があっちに行って向き合った方が……」
「ううん、このままがいい。お兄ちゃんとこうしていたい……」
 ありすはそう言って、さらに僕の体に寄りかかり、何だか安らいだ表情を見せた。そのぶん、ありすの圧力によって僕の窮屈度は増してきた。でも、僕はありすを押しのけることは出来ず、その圧迫を受け入れるしかなかった。密着した肌からはありすの息遣いが伝わってきた。
「お兄ちゃん……ごめんなさい」
 突然にありすは謝り始めた。
「この前、お兄ちゃんの部屋に勝手に入って……お兄ちゃんの大事なところを邪魔してしまって……初めてだったの。男の子のあんなところ……だから……」
 言葉に詰まりながらありすは顔を赤らめていた。その視線の先には湯船の中であの日と同じように欲情した僕の性器があったが、今さら隠そうも隠しようが無いので気付かないふりを決め込んだ。
「僕の方こそ、ありすに精液を掛けてしまって悪かったよ。変なところ見られてしまったし……」
「そんなの全然気にしてないよ。それより、私の方こそ変な子だって思ったでしょ? いきなり部屋に飛び込んできてお兄ちゃんに抱きついて。おまけにお兄ちゃんが……してるところ邪魔しちゃったから嫌われたかと思った」
「落雷で停電したからびっくりしたんだろ? 別に変じゃないさ。ありすのこと嫌ったりなんかしないよ」
「ほんと?」
 僕が肯くとありすは腰を上げ、僕の上に覆い被さった。
「お兄ちゃん……大好き」
 そしてゆっくりと僕に唇を触れ、体を重ね合わせた……

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第09話「梅雨の明けない夏」
 朝からありすの姿を見ていない。夏休みのことだから朝きっちり起きてるのはちとせぐらいのもので、ふだんの休日から朝の遅いありすを見掛けなくてもいつも通りといえばいつも通り。しかし、出掛けてる様子も無いのに昼食にも姿を見せないのは異常だった。いや、ありすは昨日のあれから夕食時にも姿を見せなかったのだ。
 ちとせはありすの具合が悪いのではないかと何度か様子を見に行ったみたいだけど、そんなことが原因じゃないのははっきりしてる。ありすは僕の顔を見るのが嫌なのだ。年頃の女の子なんだから男のオナニーを見ただけでも嫌悪感を覚えるだろうに、それを、それを……アダルトビデオのフィニッシュさながらに、僕はありすのお腹の上で射精してしまったんだ。
 いったいなんてことしてしまったんだろ。妹に精液をぶちまけるなんて。いや、これが本当の妹ならそんなに深刻に考えることはなかったんだろ。もし仮に相手がちとせだったら「不潔」だの「変態」だのと罵られようが、笑って誤魔化して済んだ話かもしれない。いや、ちとせならすべて見透かしたような素振りで罵ることすらしなかっただろう。
 でも、ありすはしばらく前にやってきたばかりの義理の妹でしかない。理屈ではちとせと同じ家族ということがわかっていても、まだほとんど実感は無い。むしろクラスメイトの女の子が居候してるような、そんなイメージの方が実感に近い。ありすが人気声優だとかいうのは同居し始めてすぐはかなり意識したけど、実生活の上でのイメージにおいてそれが結びつくことはほとんど無かったから、普段はとくに意識しなくなっていた。
 つまりこの時点で僕はありすを肉親である妹としてでもなければ、憧れの対象であるアイドル声優としてでもなく、ごく普通のクラスメイトの女の子として感じていたことになる。妹ならその関係はよほどのことが無ければ崩れることは無いし、憧れの対象なら関係が崩れるのも容易だけど、最初から触れられる対象じゃないとして諦めも付く。クラスメイトにしても自分にとって関わりの薄いその他大勢の一人なら、例えずっと嫌われ続けたって致命的ではない。でも、ありすは義理の妹として同居し、日夜顔を合わせなければならない存在なのだ。この状況で居続けるのは耐えられなかった。
(謝らなきゃ……)
 僕の理性はそう言ってる。でも、何をどうやって謝れば良いんだ? ストレートに事実を説明したって絶対に誤解されそうな気がするし、単に精液を掛けたことだけ謝っても、それだけで済ましてくれるとも思えない。
 だいたいオナニーなんて健全な男の性欲処理行為なんだから、その最中にいきなり飛び込んできて抱き付いたありすの方が悪いんじゃないか。つい、そう開き直りたくなる気持ちに駆られるけど、それじゃ事態が解決しない。あんな時にオナニーなんかしてたのが、そもそも間違いだったんだ。
 深夜、みんな寝静まる安全な時間でもないのに、何であんなことしてたんだろ? そうだ、はるなが持ち込んできた『ドキドキファンタ』のエロ同人誌が原因だ。あの同人女があんなもの置いていったりしなかったら、こんな事態にはならなかったんだ。
 僕ははるなの関西弁を思い出すと、無性に腹が立ってきた。

 その日も午後からはるなはやってきた。不機嫌な僕の態度にも気付かないように、彼女はいつものペースだった。
「昨日の同人誌どうやった? それとも沢村はふつうのヌード写真集とかの方が好みやったか?」
 相変わらず女の子のくせに慎みも何も無い話題を口に出してくることに僕は苛立ち、問題の同人誌を投げ付けた。
「こんなもの、他人の部屋に置いて帰るな!」
 その怒鳴り声に、ようやくはるなは驚いたように僕の顔を見た。
「妹はんにでも見付かってしもたんか? そら、災難やったな。『お兄ちゃんのエッチ!』とか言われて嫌われたんやろな。でも、家族やさかい毎日顔合わせてたら、そのうち妹はんもお兄ちゃんとはそんなもんやて諦めてくれるで」
 その物言いが無責任に聞こえて僕はキレた。
「そんな適当に済む話だったら誰も怒るか!」
 そうかと言って、本当にあった出来事を赤の他人のはるなに説明できるわけもなく、そのもどかしさは余計に僕を苛立たせた。僕は思わずはるなの襟首をつかみ、そして突き放した。バランスを失ったはるなの体は後ろの方にふらつき、背後にあったベッドの上に倒れこんだ。
「何すんねん! 暴力ふるうようなことやあらへんやろ」
 その関西弁のきつい口調に僕は逆ギレし、はるなを殴りつけようとしたのか、それとも組み敷こうとしたのか、動機なんか完全に忘れてしまったけど、次の瞬間、僕はベッドの上でr仰向けになったはるなの上に覆い被さるような格好でいた。
 僕の体重に手足を押さえつけられたはるなは、これまでのきつい口調とは一変したようなか細い声で言った。
「沢村の好きにしてええよ」
 はるなの瞳は涙を湛えてるように潤んでいた。
「沢村に何があったんか、うちは知らん……でも、それで沢村の気が収まるんやったら、うちのこと……」
 最初、頭に血が上っていた僕ははるなが何を言ってるのかわからなかったが、その言葉の意味することに気付くと、焦って跳ね起きた。
「バ、バカ! 何を考えてるんだよ」
 慌てて取り繕うようにはるなの腕をつかんで起こし上げた。
「悪かったよ。そういうつもりじゃないんだ」
 僕は異様に気まずく思って何とか謝ろうとした。
「ええんよ。うちが悪かったんやさかい、沢村は気にせんでええで」
 はるなは零れた涙を拭いながら、まるで威勢を張るかのようにそう言った。でも、その体が震えているのははっきりと目に見えた。
「すまんな。しばらくうちは来んといた方が良さそうやね。締切日には原稿取りに来るさかい、ちゃんと仕上げといてな」
 涙声にそう言いながら、はるなは帰って行った。問題のエロ同人誌は結局、置き残したままだったが。
(おいおい、これ、どうしろというんだ……)
 部屋に置いておいて下手にちとせやありすの目に触れたら一大事である。いや、これが普通のエロ本なら、ちとせは「男の子なんてそんなもんなんだね」ってくらいで済みそうなのは経験的に知ってはいるけど、中身がファンタアップルをネタにしたエロ漫画じゃ変に勘ぐりされてしまう恐れがある。ありすにいたってはどういう反応してくるかもわからない。
「お兄ちゃんとなんか、もう一生口きかない!」なんて絶交宣言されるのも嫌だけど、「こんなお兄ちゃんとは一緒の家に住めない!」って家出でもされてしまったら大事である。もっとも、そんな未来の心配してる暇があったら、現状の問題を解決する方が先なんだけど……

「あの子、泣いていたんじゃない?」
 はるなが帰る時に会ったのか、彼女が来たときに出してくれた飲み物のコップを片付けにキッチンに降りた僕に、ちとせはそう言った。
「女の子に興味があるからって、いきなり襲ったりしたらダメだよ」
 誰がそんなことするかっ! いや……似たようなことしてた気はするけど。
「よその女の子を襲いたくなる前に、私に相談しなさいね」
 そんなことちとせに相談してどうするんだ? いや、ちとせのことだから深い意味なんて何も考えてないんだろうけど。
「でないと、せっかくのカノジョを泣かせて帰しちゃったら、もう付き合ってもらえなくなるよ」
 おいこら。はるなは僕のカノジョなんかじゃないし、付き合ってもいないぞ。そりゃ夏休みになって連日男子の家をたずねてくる女子がいたら、傍目にはそう見えるのが自然なのかも知れないけど。

 その日の夕食にはありすは出て来ていた。しかし、僕に口を聞こうとしないどころか顔さえ合わせようとしてくれない。僕の方から口を開いて何とか状況を打開したくも思ったけど、ありすの全身から「お兄ちゃんなんて、だいっきらい!」オーラが立ちこめてるようで、うかつに声を掛けられなかった。
 翌日もその翌日もありすの態度は変わらなかった。ただでさえ似合っていないきつい眼鏡に冷たく無表情な横顔が、とても言葉に出来ないような痛みを僕の心臓に与え続けていた。
 ただ、ありすの様子を伺っている僕を見るちとせの表情が、日に日に楽しそうに変わっていくのが気になった。

 そして四日目。僕とありすの関係は相変わらず改善されていない状況だった。しかし、ちとせは今にも大声で笑い出しそうなくらいニコニコしている。何がそんなに上機嫌なのかわからない。
 そんなちとせに誘われるように、ありすの表情が少し緩んだような気がした。ところがありすはすぐに顔を引き締めなおすと、にらみつけるように僕を一瞥して顔を背けた。食事のたびにこれじゃ、料理を味わう気分にもなれない。いや、ちとせの料理はレパートリーも少なく、とくに味わうようなものでもない普通の家庭料理なんだけど……
 早く何とかして関係を修復したいのだけど、ありすは極力僕を避けてるのか食事以外では顔を合わさないし、食事の時はちとせもいるから、とても話題を切り出せない。直接、ありすの部屋まで行って話をしようかとも考えたけど、不機嫌なありすが部屋に入れてくれるとは限らないし、妹とはいってもまだ付き合いの短い女の子の部屋に無理やり押し掛けることは躊躇する。かといってドア越しに話し掛けたりしたら、ちとせにまで筒抜けである。僕は早くありすに謝りたかったが、機会がつかめないままずるずると時間は過ぎていった。
 食事の時の笑顔が気になって、僕はありすが部屋にすっこんでいなくなってから、そのことをちとせに問い質した。
「何がそんなに楽しそうなんだ?」
「だって、二人とも仲良しさんなんだもの」
 ちとせはそういって含み笑いをした。
(どこが仲良しさんなんだ?)
 互いに全然話もしないし、顔をそむけさえもしてるのに仲が良いわけないだろ。それとも、ちとせには二人が互いに同じような態度をとってるように見えてるのかも知れないけど……

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

第08話「夕立のアクシデント」
 そんなこんなで一学期も終わり、長いようで短い夏休みがやってきた。大敵の宿題は適当に済ませてしまって後はのんびりと過ごそうかと目論んでいたのだけど、それが甘い期待だったことは夏休みも初日に早くも実感させられてしまった。もう初日から宿題の溜まった最終日が連日大挙してやってきたような気分を味わっていたのだ。
 その元凶は萌黄はるな。この関西弁の同人女はどうしても僕を同人誌作りから解放してくれないのである。
「ボサボサしとったらあかんで。このままやと印刷所の入稿日に間に合わんからなぁ」
 どこで突き止めたのか僕の家に日参して原稿の執筆を監督するのである。
「アニメ同人誌と一口にゆうても2種類ある。十八禁本と一般本や。売れ筋狙うんやったら十八禁本の方やな。例えばこんなんやけど……」
 はるなの取り出した同人誌の一冊は、ファンタアップルが一糸まとわぬ姿になってレギュラーの男性キャラとその手の行為にふけってる内容だった。同人誌というイメージというより、アニメのキャラクターを使ってる以外はエロ本そのものじゃないか。
「どうや、エロいやろ」
 あまりの内容に赤面してる僕の顔を覗き込むようにはるなは言った。だいたい年頃の女の子がクラスメイトの男子の部屋に上がりこんで話題にするようなものじゃないだろ。どういう神経してるんだ、この同人女は。それに、高校生の分際で十八禁の同人誌なんかどうやって手に入れてきたんだ? まあ高校生なら多少おとなぶれば十八歳以上に見えないことも無いだろうし、ネットの通販なんかじゃ年齢も誤魔化し放題だろうけど。
「正直言って、十八禁本は画力がすべてやから初心者には敷居が高いと思うけど……」
 いや、画力云々より本人にその手の経験が無きゃ、あんなもの描けないだろ。初心な僕は本気でそう思った。後から思えば本人に経験がなくったって先人の作品をまねるなり、エロビデオを参照にしたりネットの無修正サイトを見たり、いくらでも参考にするものはあるんだろうけど……
「せや、沢村やったら妹さんの喘ぎ声でも想像しながら描いたら、さぞかしものすごい作品ができそうやな」
 ありすの喘ぎ声?……確かにファンタアップルのキャラでエロマンガを描いたら、その声のイメージはアニメの声優であるありすの声ってことになる。そう思いながらもう一度目の前の十八禁同人誌に目をやったとたん、僕の顔から激しく火が出た。マンガの吹き出しのセリフがみんなありすの声で聞こえてきたからだ。
「どうや? イメージ沸いて来たか?」
「そんなもん、描けるかっ!」
 僕は必死で抗議しようとしたが、海千山千の同人女は構わずに続けた。
「沢村って童貞か? 経験が無いから描けへんゆうんやったら、うちが経験させてあげてもええで」
 いったい何なんだ、この展開は。文字通り僕にエッチさせてくれるとか言ってるのか、この同人女。女の子ってそんな簡単にエッチさせてくれるものなのか? いや、若い男女が二人っきりの部屋でエロ同人誌なんか眺めてたら、こういう極限の精神状態に陥っても不思議じゃないのかもしれないけど……
 相手に問題が無いわけじゃないけど、運動部の二枚目ヒーローでもなけりゃ、こんなふうに経験できる機会なんて滅多に無いぞ。がんばれ、オレ。僕はそんなふうに自分を励まそうとしたが、同時にそれが罠であるかのような不安を感じた。服を半分くらい脱がせたところで大声でも出されれば、少なくとも家にいるはずのちとせの耳には届く。駆けつけたちとせがどちらを信用するかは知らないけど、一般的には女の子の方だろう。そうして僕はレイプ魔というレッテルを貼られ、それを弱みに握られたまま今後もずっと同人誌作りに付き合わされ続ける羽目にでもなりかねない。
 そんな僕の戸惑いを見透かしたのかどうか、はるなは続ける。
「遠慮せんでええで。うちらの同人誌のためやったら、うちの処女くらい沢村に何ぼでもあげたるわ」
 いや、処女が何ぼも無いだろ。それよりおまえ、処女だったのか? さっきからその手の話をまったく恥ずかしがる気配すら見せない態度に思わずツッコみたくなったけど、それはやめた。やめて正解だった。はるなの言葉は続いた。
「……と言いたいところやけど、うちも高校生やし今回は一般系サークルとしてエントリーしとるさかい、十八禁ネタは厳禁なんや。残念やったな」
 おいおい、今までのは僕をからかうための冗談だったってか。それにしたって処女をあげるとかあげないとか、付き合ってもいない相手に女の子が平気に声を出して言うことじゃないだろ。同人女って人種は下ネタ的な感覚が麻痺でもしてるのか?
 ともかく、そう言ったはるなは今度は一般系だという同人誌の束を取り出した。最初からそれを出せよ。
「ま、こんなところが売れ筋のサークルの本や」
 パロディとかギャグとか、今度は普通に安心して読める内容の本だった。
「こっちも画力で攻めるって線もあるけど、マジにオリジナルストーリーを組んでたりしたら限られた枚数に収めるのも大変やし、描くのもしんどいからなぁ。ネタで攻めるのが楽でええやろ」
 確かにキャラクターのデザインはおおよそ同じアニメのキャラを基にしたのとは思えないくらいバラバラだし、ものすごく細かく背景を描き込んだ作品もあればスクリーントーンでイメージ的に処理してるものもあれば、真っ白なものもある。キャラだって、アニメのイメージをちゃんと残ってれば良い方で、中には似ても似つかないキャラを無理やりファンタアップルだと押し通してるのもあった。
 しかし、どれも奇妙なことにページ数だけは区切りのいい数字で揃っていた。
「印刷に出したら8ページとか16ページ単位で処理されるし料金体系もそれに合わせとるから、中途半端なページ数やと余った分が無駄になるんや。それに最近は個人サークルが多いさかい、毎回イベントに合わせて何本も作品を用意できへんから1冊16ページや32ページってあたりが多いんやろな」
 個人サークルで出してるのが多いって、そりゃ個人誌であって同人誌とは言わないだろ……とかツッコみたくなってきたけど、この世界ではそういうものらしいと受け取っておくことにした。いや、それならおまえも個人サークルとして一人でやれよとか言ったのだけど……
「うちは去年までグループでやってたし、一人でやるんは経験あらへんからなあ」
 他人様にこれだけ詳しく講義できる時点で十分経験があると思うぞ。
「うちらの今度の本は32ページで行くさかい、沢村には16ページ描いてもらうで」
 半分描けってか。……というか、僕とはるな以外に他のメンバーはいないのか? 漫研の連中に手伝わせるんじゃなかったのか?
 しかし、はるなはそれだけ言うと帰り支度を始めた。
「うちも自分の原稿描かなあかんさかい、今日はこれくらいにしとくわ。印刷のスケジュールがあるから締め切りは厳守やで」
 それから思い出したように付け加えた。
「そこの十八禁のやつ、沢村にあげるからおかずにでも使ってやってや」
 要らんわいっ!

 はるなが去った後、僕は意外とまじめに同人誌に描くネタを考えていた。言うまでもなく、昨日今日描き始めた人間に他人様に見せられるような画力があるわけないから、はるなが言うようにネタに頼るしかない。
 でも、どうにも良いネタが浮かばない。おまけに変なもの見せられたおかげでファンタアップルのことを考えると、どうしてもそっちの方の妄想が頭をよぎってしまう。夕方になって空がどんより曇り空気中の湿気が高まってくると、ますますイライラして何も考えられなくなってしまった。
 そうなるとつい、はるなの残していったエロ同人誌に手が伸びてしまい、本能の趣くままにページをめくり始めた。あられのない姿のファンタアップルの痴態は、ほとんどプロと思しきその画力と脳内にリアルな音声で再現される吹き出しの声と相まって、頭の中に焼き付いて離れなくなってしまった。
 結局、僕はその性衝動を抑えられず、オナニーを始めてしまった。断っておくけど、このとき僕の頭の中に聞こえていたファンタアップルの声はあくまでアニメキャラとしてのイメージであり、ファンタアップルはあくまで僕の頭の中で擬人化されたキャラクターのファンタアップルだった。欲情の対象としてのそのファンタアップルは、けっして現実にアニメの声を出している声優の声でも、ましてやその声優本人をイメージしたものでは無かった。
 窓の外はいつしか真っ暗になり、土砂降りの雨が窓ガラスを濡らし始めていた。時々遠くの稲妻の閃光が空を輝かせて見えるが、一度やり始めたものを途中でやめられるわけもなく、僕はオナニーを続けていた。
 そのうち騒がしく玄関を開け閉めする音が聞こえた。
「夕立が降るなんて天気予報で言って無かったのに。もうずぶ濡れ!」
 ちとせと話してるのか、ありすの声が聞こえた。どこかに出掛けてたらしい。ありすもこの家にやってきた頃はわりと何事も丁寧な振る舞いをしてたものだけど、もう最近は慣れてきたのか、ずいぶんがさつなところも目立ってきている。
 それはともかく、なんてタイミングで声を聞かせるんだ、こいつは。頭の中のファンタアップルの声がたちまち現実のありすの声に置き換わってしまった。頭にこだまするありすの声はたちまちファンタアップルのビジュアルなイメージもありすの姿に変えてしまう。僕の頭の中には目の前のエロ同人誌のキャラクターそのままの格好をしたありすのイメージが出来上がってしまった。
(何を考えてるんだよ、オレって……)
 理性はそれを打ち消そうとするけど、僕の下半身は十分すぎる反応を示していた。そのまま絶頂に達し掛けようとしていた時、突然、激しい閃光と大きな爆音と空気の振動がすぐ近くへの落雷を告げた。それと同時に周囲の明かりが消え、一面闇に包まれた。
 僕の手は一瞬止まったけど、ただの落雷による停電だと気付くと絶頂に達し掛けた快楽をやめられるわけもなく、暗闇の中で行為を続けた。しかし、それが間違いだった。慌てた悲鳴と共に部屋のドアを開けて不意に侵入して来た影があった。
 その影はベッドに腰掛けてオナニーしていた僕に、いきなり抱きついてきた。
「お兄ちゃん、怖いよ……」
(あ、ありす……?)
 雷に脅えたのか、それとも暗闇を恐れたのか、ありすはまるで固く抱擁するようにしっかりとしがみついてきた。僕は両手でそれを優しく受け止めようとしたのだけど、同時に露出したままの僕の下半身は何か温かいものに密着し、自分のものとは違う鼓動を感じ、そして一気に絶頂に達してしまった。
 僕が射精を自覚するのとほぼ同時に明かりが戻った。僕の目の前に至近距離でありすの素顔があった。ありすは僕にしっかりと絡み付いていた腕を解くと、何かを感じたように下に目をやった。眼鏡が無いと見難いのか、顔をしかめて凝視している。僕は一瞬置いてからそれが何かに気付き、慌てて目をやった。タンクトップとホットパンツという軽装のありすの露出した腹部に、それは触れていた。
 僕は性器をしまうよりも漏れた液体を始末しようと近くにあるはずのティッシュペーパーを手探りで探した。しかし、僕がティッシュを見付けるよりも早く、ありすは事態を把握してしまったようだった。
 ありすは無言で強く僕を突き放すと、付着した精液を拭おうともしないまま僕の部屋を飛び出していった。僕にはそれを呼び止める暇すら無かった。

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『妹に萌えないで』登場人物紹介
 連載もこれから後半に入るので、この作品の登場キャラクターについての紹介を掲載しておきます。作品中に活かされてない設定が多少あるのはご容赦を。
(言うまでもありませんが、この作品はフィクションですので実在の人物や団体とはいっさい関係がありません)

◎家族◎
「沢村敬一」
 とある私立高校に通う本作品の主人公。父親は海外への単身赴任が長く、母親はかなり前に他界していて、ずっと姉のちとせとの二人暮しが続いていた。
 特に周囲より傑出したりするところもなく、平凡な生徒。ただし、物理と地学は得意。オタクな趣味にも興味を持つが、そんなに深いわけでもない。部活は新聞部、ただし幽霊部員で実質的には帰宅部。時々、学校のイベントなどでカメラマンとして写真撮影を押し付けられてるくらい。

「一条ありす」
 海外赴任中の父親の再婚でいきなりやってきた義妹で、敬一のクラスメイトでもある。実は日曜朝の人気アニメ『冒険少女隊ドキドキファンタ』の主役を演じる声優。
 児童劇団「うみすずめ」の所属で、小さい頃から子役の経験は豊富。TVドラマや映画では教室シーン等のエキストラ役が多くて知名度は低いが、舞台やミュージカルでは堅実な役どころをこなすことが多くて、『ドキドキファンタ』への出演も舞台を見た音響監督からオーディションに誘われたのがきっかけらしい。
 素顔は敬一曰く「かわいくないわけではないけど、顔だけでアイドルやるのは少し無理がある」ほどだが、ふだんは似合わないフレームの眼鏡を掛けていて地味で凡庸なイメージを与えている。一人っ子で育ったためか、性格はけっこうわがまま。
 私生活では母親の再婚先である「沢村」の姓を名乗っている。

「沢村ちとせ」
 敬一とは双子の姉にあたる。性格は外見上おっとりしてるが、母親が無くなってから家計や家事を切盛りしてることもあって、その面では敬一に有無を言わせないほどしっかりしてる。
 得意科目は国語全般で、センター試験が文系科目だけだったら東大合格も夢ではないと噂されてるところ。現実には理系科目がさっぱりなので、それは夢でしかない。面倒見がいいところがあって何かと役を押し付けられるタイプでもあり、現在はクラス委員長をしてる。(敬一たちとは同じ高校だけど別のクラス)
 趣味は小説の創作で、高校では部活をやらず、中学時代の文芸部の仲間と一緒に同人活動を続けている。

◎クラスメイト◎
「国分寺まりあ」
 沢村家の近くのボロアパートに住んでる貧乏少女。父親がアル中で廃人同様、母親が愛想を尽かして妹を連れて家出してしまい、現在は生活保護を受けながら授業料免除の特待生として敬一と同じ高校に通っている。
 元々は幼稚園以来(この頃は母親もいて普通の生活だった)のちとせの親友だったのだが、いつの間にか敬一の婚約者を自称して付きまとってる。アニメが好きでダメ絶対音感の持ち主だが、貧乏なので道を究められない。家にテレビも無いので、(ちとせが許してるので)沢村家に勝手に上がりこんで見てることが多い。
 貧乏による栄養不足からか、高校生にしては小柄な成長不良だが、一部のオタク男子たちにはロリキャラとして重宝され、イベント等のコスプレに借り出されている。ちなみに普段着はちとせのお古を手直しして着てることが多い。

「萌黄はるな」
 学年の初めに転入してきた関西弁の少女。漫研に所属していて、趣味は同人誌作り。関西方面では一部に有名な同人作家だったらしい。どぎつい関西弁と、そのずけずけした遠慮の無い態度から敬一には敬遠されがちだが、当人はお構いなしにやってくるという感じ。
 転入してきたありすを一目で声優の一条ありすだと見抜いた辺り、相当にオタク知識も深く、眼力も鋭いが、それを盾に敬一を同人活動に付き合わせようとするところは関西人らしく抜け目無い感じ。しかし、はるなが何故素人の敬一を無理やり同人活動に付き合わせようとしたのかというのは、言ってしまえば実も蓋も無い話。

「北村あやか」
 敬一のクラスの委員長。いわゆる仕切りたがり屋の女の子って感じで、規則を乱す相手にはとことん厳しい。とくに劇団のレッスンやアフレコの仕事で日直の仕事をサボったりすることの多いありすとは犬猿の仲って感じで、そのとばっちりが敬一に向けられることもしばしば。
 クラスの女子たちの間には自然といくつかのグループ分けが出来ていて、あやかとその取り巻きのグループがその1つ。あやかに反発してる潜在的なグループもあって、ありすを担ぎ上げようとしてたりもするのだが、ありす自身はそんなことには無関心で、中立系のグループの女子たちと付き合ってる感じ。
 なお、あやかは次期生徒会長を目指してるというのがもっぱらの噂。

◎劇団うみすずめ◎
「東山涼子」
 ありすの所属する児童劇団「うみすずめ」の主宰者。伝説の名女優というわけでもないけど、若い頃はヒロインを演じた映画も何本かあるらしい。舞台演出家と結婚して女優を引退し、以後は2人で児童劇団を設立して子供たちの演技指導を続けてきた。10年前に夫と死別し、現在は一人で劇団を運営している。
 元々そんなに大きな劇団ではなかったが、夫の死後はさらに縮小したので児童劇団としての規模は小さいが、東山先生自身がしっかりとした演技指導をしているため、各方面で活躍してる「うみすずめ」出身者は多い。

「かわいみなみ」
 児童劇団「うみすずめ」所属の大学生タレント。子役時代から特撮番組のレギュラーやアニメの主役などを数多くこなしてる稼ぎ頭。現在ではCDも何枚か出していて声優界の歌姫と称される歌唱力の持ち主でもある。
 年齢が上がるにつれて所属メンバーが減っていく劇団の中で、ありすの入団時から一緒にいる数少ない先輩であり、親友。

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第07話「強引な地球球体説」
「ちゃんと勉強しておいたのに、どうして?」
 夕食の席でちとせはそう言って首を傾げていた。一学期の期末試験も終わり、ぼちぼち結果が返ってきてる時分である。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
 今日は仕事もレッスンもないので一緒に夕食をとってるありすが訊ねた。
「地学のテストなんだけど、この前、敬ちゃんに教えてもらったとおりに答えたのに、それが不正解になってるのよ!」
 地学? そんなのちとせに教えたっけ?
「どういう問題なの?」
 ありすは興味深そうに質問を続ける。ちとせは問題用紙と答案用紙をありすに示しながら言った。
「授業のときに試験に出すから調べとけって言われたから、敬ちゃん得意そうだし、教えてもらったのよ。で、その時に教えてもらったとおりに書いたんだけど、その答えが間違いだって……」
 それを聞きながら問題と答案を見比べてたありすは、いきなりキツイ目で僕をにらみつけた。
「お兄ちゃん、これ酷いよ!」
 付き付けられた答案用紙を見た僕はようやく何のことか理解し、心当たりを思い出していた。

「敬ちゃん、理科、得意だったよね?」
「ちとせに成績で負けたことが無いくらいにはな」
 ちとせがそんな風に僕に声を掛けてくるのは、たいてい宿題を教えて欲しいとか、そんなときだ。普段から予習復習を欠かさないちとせは、文系科目に限っていえば学年でも上位の成績を上げている。しかし、理系の科目、とくに理科全般に関しては体質的に合わないのか成績も良くないようだ。
 対する僕は文系科目は全然ダメ。数学はそこそこ良い成績だけど、得意というまでには至らない。しかし、理科、とくに地学と物理に関しては毎回満点かそれに準じる成績を残しているので自身はある。
 そんなわけだから他の科目でちとせが僕に訊ねて来ることなんて有り得ないのだけど、理科に関しては例外だった。
「あのね。地学の先生が調べて置けって言ったんだけど……」
 ちとせの言った質問はつぎのようなものだった。地球が丸いと実証されてきた方法とその仕組みを説明しろと……
「そりゃ簡単だよ」
 僕は言った。
「ガガーリンが宇宙に行った時、地球を観察したら丸かった……それだけさ」
「仕組みは?」
 ちとせは訝しがるように僕を見つめた。
「目で見たら丸いってわかるんだから、仕組みも何も要らないだろ?」
「そういえばそうね。でも、そんなので良いのかなあ?」
 ちとせはなおも疑わしそうだった。
「そりゃ、もっとミクロの世界の話なら、その現象が確かに観測されたのかどうかって証明が必要だろうけど、地球が丸いかどうかなんてマクロな世界の話、人間の目で確認するのが一番の実証手段だよ」

 その時はてっきりいつもの宿題か何かで、授業中に発表させられるものとばかり思ってたから、ちとせというより、地学の先生の意図しない答えを出させて困らせてやろうかとほんの悪戯心に思ったんだけど……期末試験に出る問題だったなんて知らなかったぞ。
 試験に出る問題だとわかってたら僕だってちちせに悪い点数を取らせたいとは思わないから、『緯度による夏至の日の太陽の南中高度の違い』だとか『月蝕の際の地球の影』だとか、ちゃんと先生が意図したような答えを教えてたはずだ。

「お兄ちゃん! こんな答え、正解になるわけ無いよ!」
 ありすはまるで自分が騙されたかのように、僕に悪意があったといわんばかりに責め立てようとする。
「それはちがうぞ、ありす」
 結局、僕は開き直ってちとせと同じ方法でありすを言いくるめようと考えた。
「あらゆる科学において一番大事なことは人間がこの目でしっかりとその現象を確認することなんだ。カミオカンデでニュートリノの観測をしてるのもそのためだ。ニュートリノの存在を理論的に証明するだけで良いんなら、何もあんな巨費を投じた設備なんか要らない」
「地球が丸い証明だって同じことさ。過去にいろんな方法で検証されてきたけど、ガガーリンが宇宙から目視して初めて、地球が丸いことの実証が完成したと言えるんだ」
「だいたいその設問、人間が目視で確認したことを除くなんて前提条件どこにも無いんだから、不正解にする方が間違ってるんだ」
 ありすは言い返す理屈が見付からないのか黙っていた。こいつも理系に弱い女の子らしい。
「やっぱり不正解って変よね。明日、先生に抗議して来る!」
 ちとせは奮い立って言ったが、結果は保証しないぞ、僕は。
「何か根本的におかしいと思う……」
 ありすは釈然としない表情でつぶやいた。

 翌日、ちとせは言葉どおりに地学の先生に抗議に行ったらしい。まさか本気で抗議するとは僕も予想しなかったけど。いくら屁理屈述べたって普通はクレームが効くとは本当は僕だって思っちゃいない。
 しかし、恐るべきことにちとせはその抗議を認めさせ、テストの答案を正答だと認めさせてしまったのだ。

「おいおい、いったいどんな手段で抗議したんだよ?」
 僕は非常に気になったのでちとせに訊ねた。
「別に特別なことなんて何もしてないわよ」
 ちとせは質問の意味がわからないといった表情を返した。
「先生が児童買春やってる現場を押さえたとか、パソコンの中の画像から児ポ法違反の証拠を握って脅したとか?」
「そんなわけないでしょ! まさか、そんな無理をしないと通らないような、屁理屈だったんじゃないでしょうね」
 話を聞けば、授業時間を除いて一日中しつこく先生に付きまとってたらしい。
「この問題で、どうして人間が宇宙から地球を目視したことが解答として間違ってるのか、納得いくように説明してください!」
 ふだんは天然してて言われたことは何でも信じてしまうようなちとせだけど、いったんこうなったら自分が納得できるまで執拗に食い下がって離れない怖さがある。そのことは双子の弟である僕が一番よく知ってることなのだけど、ふだんのぽわぽわしたちとせの雰囲気からは想像がつかないのも確かだ。
 それにしても、文系コースのセンター試験対策程度の授業でこんな抗議を受けた先生もびっくりしただろうな。

 ちとせの頑固さを示すにはもっと適切だと思える例がある。
 ちとせは入浴時間を決めていて、毎日必ずその時間にきっちり入る。来客があったり外出していて帰宅が遅くなったときなんかは別だけど、それ以外で入浴時間を変えたりすることは無い。もちろん僕はその時間を避けて入浴してるわけだけど、年に何回かはちとせの入浴時間を忘れてその直前に入ってしまうことがある。
 ちとせが入ろうとしてる時間に僕が先に入ってると、普通なら入浴時間を延ばして後で文句をぶつぶつ言うところだろう。ところがちとせは僕が先に入ってようがどうであろうが、そんなことはお構いなしに時間になれば入ってくるのだ。もちろん、タオルで体を隠したりもせずにすっぽんぽんで。
 ま、僕らは双子で生まれた時から一緒だから、お互いに裸を見られたところで恥ずかしがったりするものでもないけど、ふつう年頃の女の子が同じくらい以上の男兄弟と一緒に風呂に入ったりはしないだろうに。
 もっとも、一緒に風呂に入ってるからといってそれは時間的空間的に一緒だというだけの話で、だからといってお互いに背中を流し合ったりするわけでもなく、あくまで不干渉でいるだけである。ちとせにとっては普段の入浴シーンの背景に僕の姿が有るか無いかだけの違い程度のことかも知れない。僕もこんなことに慣れてしまってるから、特にちとせの裸を意識したりはしないけど、さすがに中学生の思春期の頃は意識しなかったというとウソになる。
 今だって、いろんな事情で僕の性器が大きくなってるところにちとせが入ってきて、それをもろに見られてしまうのには抵抗があるんだけど、わざとらしく隠したところでかえって面白そうに眺められるだけなので、見られてることを意識しないようにしている。お返しにちとせののも見てやろうかと思ったことも一度や二度じゃないのだけど、そのあたりはしっかり毛の下に隠れていて、無理やり押し広げでもしない限り見えそうにはないからさすがに実行したことは無い。
 ちとせがそんなふうに定刻通りに入浴するのはありすが先に入浴してた場合でも変わらないみたいだけど、ま、女の子同士だからトラブルも無くうまくやってるようである。でも、もし新しく増えた家族が男だったりしたらちとせはどうしたんだろうかというのは少し気になるところではある。

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