もえるおはなし
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『冒険少女隊ドキドキファンタ』第1話・前書き
 予定を変更して新作シリーズを掲載します。

 大人気テレビアニメ『冒険少女隊ドキドキファンタ』の非公式ノベライズ版の登場です。
 この作品は2007年1月から12月に掛けて日曜の朝、日本橋テレビをキー局に全国11局ネットで放送された全52話の番組です。途中、主役声優の不祥事による主役キャストの交代(ただし、日本橋テレビやアニメの製作会社ではキャストの交代理由は明らかにされていない)などの事件があったものの、作品自体は非常に公表で、翌年も続編シリーズの放映が続けられることになりました。
 このノベライズ版は当初、大手出版社のライトノベルのシリーズとして予定されていましたが、主役交代事件の余波で企画が停止したままになってしまいました。これを今回、ネット上で公開することになったわけです。

 ノベライズはテレビシリーズ全52話から厳選されたエピソードを各巻4話ずつ、全6巻構成の予定でしたが、今回はまず記念すべき第1話を掲載します。
 このノベライズ版は当該エピソードの担当脚本家によるシナリオ最終稿を下敷きにしていますので、実際に放映されたアニメの内容とはすこし異なってる場合もありますが、こちらの方が脚本家の意図が反映されていると考え、絵コンテやアフレコ台本等による修正の補完は行っていないことを断っておきます。

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新作告知
 トップページに目次の枠だけ用意しましたが、ぼちぼちと新作を書いていきたいと思います。
 前作は最初に下書きが終わりまであったから、割と短期間で連載できましたが、今回はまだ構想の段階で形になるものがありませんので、どれだけ遅筆になるものやら……

 内容は少し変わった吸血鬼ファンタジーです。特別な設定がかなりあるので(それでいて本編にはあまり関係が無かったりする)、初期のうちに基本的な世界設定の説明ぐらいは載せたいと思います。

 まだ何も文章にして無いので、実際の連載開始は先の話になります。

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『妹に萌えないで』 あとがき
 しばらく間が空いたけど、取り合えずこれでお終いです。とことんシビアに突き放したラストにしようかなとも思ったけど、続きが書けなくなるのもイヤなので、定番のドタバタで終わらせてしまいました。

 次回作の構想とかネタとか、いろいろ頭の中にはありますが、あんまり反応も無いようなのでしばらく修行しなおして来ます。
 4年後にまた会いましょう。

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第14話「夏の終わり……」
 夏休みの残りの約二週間は、もう何をする気力も無いままに過ぎて行った。
 ありすの去った次の日曜日、モエケットと呼ばれる同人誌即売会の当日だったが、当然ながら僕は出掛ける気分ではなかった。でも、同じくサークル参加で出店してるちとせに強引に引っ張られて、結局のところはるなの思い通りに扱き使われてしまった。
 ほとんど開場前と量の変わらない在庫の山を抱えて疲れきって帰宅した僕は、録画していたその日の『ドキドキファンタ』をチェックした。とくに断りのメッセージとかを画面に見掛けることは無かったが、ファンタアップルの声はありすではなくなっていた。劇団の先輩のかわいみなみがこれまでのいじわる魔女役と二役で演じていた。
 劇団ではありすと仲良しで自らの趣味を物まねだというかわいみなみは、巧妙にありすのファンタアップルを真似ていた。何気に眺めてるだけの視聴者なら違いは分からなかったのかも知れない。しかし、僕にはその声の違いが痛切に響いた。
 翌週。夏休み最後の放送ではOPも歌だけ以前のものに差し替えられていた。もうこの番組からありすのいた痕跡はすべて失われてしまった。
 ファンタアップルの声が変わってから一週間。この作品のネットでの感想は怖くて見ることが出来ない。たぶん非難ごうごうでありすに対する誹謗中傷が飛び交ってるのに違いない。とくにその可能性の高い巨大匿名掲示板サイトは、もう巡回することも無いだろう。

 そして夏休みが終わった。
 ありすのいた部屋にはありすの荷物がまだ手付かずのまま残ってる。しばらく母親とアメリカに行ってみるけど、そのままアメリカに留学するのか日本に戻るのか、いずれにせよ定住先が決まったら連絡するから送ってほしいとのことだった。
「お兄ちゃん、ほしかったら一着ぐらいはかまわないけど、たくさん持っていかないでね」なんてわけのわからないタンスの張り紙も、引越し業者が来る前には剥がしておくべきなんだろうけど、何かそこだけ今でもありすがいるみたいで張ったままにしてある。
 さすがにタンスの中を物色したりはしなかったけど、ありすのベッドに寝転んで、ありすの痕跡を感じ取りたくなることはしばしばだった。
 雑然とした本棚や、散らかしたままの机の上はがさつなありすの性格を現していたけど、自分で決めて出て行くんなら片付けてからにしろとかツッコみたいところだけど、そのせいで部屋にはまだありすがいるかのような感じもした。ビデオレコーダーも録画予約が入ったままになってるけど、どうするつもりなのか謎である。ハードディスクがいっぱいになる前に解除してやるのが親切なんだろうな。

 九月。二学期最初の朝。前夜、溜め込んだ宿題の片付けて夜更かしをした僕は、揺り起こされる感覚で目覚めた。
「……ちゃん、起きて」
 しまった。目覚まし時計をセットしとくの忘れてたっけ?……と思って目覚ましの時刻を見たら、セットした時間にはまだ若干時間がある。それともこの目覚ましが遅れてるのか?
「お兄ちゃん、朝だよ、起きて!」
(お兄ちゃん……?)
 ちとせがふざけてるのかと思って、僕は怒ってやろうと上半身を起こした。しかし、そこにいたのはちとせじゃなかった。
「ありす?」
 そこにいるのは見紛うこともないありす本人だった。
「おはよう、お兄ちゃん。てへへ……帰って来ちゃった」
 僕は飛び起き、何気に照れ笑いしてるありすを抱きしめた。
「早く朝ごはん食べないとお姉ちゃんに怒られるよ」
 僕はありすを放すと、身支度を整えて一階のダイニングへ降りていった。テーブルの上には久しぶりに三人分の食器が並んでいた。
「帰ってくるなら帰ってくるって連絡しなさいよ。始業式の朝にいきなり帰ってくるなんて……」
 ちとせは少しご機嫌斜めのようだった。
「空港に着いたのが深夜だったから帰って来れなかったんだよぉ」
 僕が席に着いて三人揃ったところで朝食。いつもと比べて量が少なめなのは気のせいではないみたい。ありすが急に帰ってきたから二人分の朝食を三人で分けたってところなんだろう。ちとせの不機嫌の理由はこれかも知れない。

「お兄ちゃん」
 ありすに呼びかけられて僕は彼女の瞳を見た。
「約束……覚えてる?」
 約束? そういえば……と僕はありすとの別れ際に交わした約束を思い出した。十年近くも前に別れた幼馴染との約束なら忘れてしまっていても無理は無いけど、たった二週間ばかり前に別れたありすとの約束はいくらなんでも忘れているわけがない。
「今度また会えたらお嫁さんにしてくれるって言ったよね」
 ありすはそう言って封筒を取り出し、その中身を示した。
「ちゃんとお母さんとお義父さんの許可、もらってきたよ」
 それは二人の両親が記した婚約同意書と、保護者の署名欄が記載された婚姻届の用紙だった。
 ありすは悪びれず言った。
 おいおい、そりゃ確かに約束はしたけど、それはその場の空気ってやつで……いくらなんでも一方の当事者の知らないところで進展しすぎだろ。僕は慌てて弁解を試みようかとも思ったけど、今までに見せたことの無いありすの本当に幸せそうな笑顔を見て、そんな気は失せてしまった。
 僕がありすを好きなのは確かだし、今なら本当にお嫁さんにしたい。僕もありすもこれからどうなるかは分からないけど、その時になってお互いに好きならそのまま結婚すればいい。そうじゃないなら、その時はその時だ。
 ありすの笑顔に負けて僕はそれを受け入れようとしたけど、突然、何か殺気のようなものを感じた。
「あたしがけーちゃんのお嫁さんだよ!」
 成長不良の舌足らずな声……まりあだった。
「勝手に決めるな!」
 僕はどこからか勝手に沸いて出たまりあの言葉をきっぱりと否定したつもりだったけど……
「ひどいよ、お兄ちゃん……ありすを弄んでたのね」
「いや、こいつの言ってることは違うって……」
 なんだかありすが本気にしてしまったみたいで、どうやって誤解を解こうか悩む以前に頭がパニクってしまって働かない。
「そういえば敬ちゃんって、私にも結婚しようって言ってたよね」
 追い討ちを掛けるようなことを言ってるちとせ。おいこら、いくらなんでもちとせ相手にそんなこと言うわけないだろ……と言い返そうとして思い出した。
「それって、姉弟で結婚できないなんて知らなかった幼稚園の頃の話だろ!」
「私たち、本当は姉弟じゃないかもしれないし……」
「そんなわけ無いだろ」
 なんかやけに悪ふざけしてくるちとせ。いったい何を考えてるんだ?
「でも、お姉ちゃんにもその気があったんだよね、お兄ちゃん……」
 不安げな視線を向けるありす。おいおい、そんなわけのわからん話を本気にするんじゃない。
「ダメだよ! ぜったいにけーちゃんのお嫁さんはあたしなの!」
 まりあはまりあで勝手な自己主張をやめない。
「おまえら、いい加減にしろよ!」
 僕がそう叫びそうになったのよりも一瞬早くちとせが言った。
「こういうことだから、これはお預けね」
 ちとせは両親の同意書と婚姻届の用紙をありすから取り上げた。
「お、お姉ちゃん!」
 ありすは慌てて取り返そうとしたが、ちとせは素早くそれをかわして席を立った。
「結婚を前提にしたお付き合いなんて、二人とも自立してからにしなさい! 建前上は兄妹なんだから、人目をはばかるような付き合いを大っぴらに認めるわけにはいきません! わかったわね!」
 ちとせはいつになくきつい口調で言った。どうやら我が家では両親よりもちとせの方が権力は上らしい。
 ありすは不服そうにぐだぐだ言ってたけど、ちとせは聞く耳持たない様子。一方で無意味に勝ち誇ってるまりあ……こいつ、状況わかってるのか?
「さあ、早くしないと学校、遅刻するわよ!」
 ちとせに促されて登校の準備を整える僕たち。僕が玄関で靴を履いているとちとせがそばに寄ってきて言った。
「今の敬ちゃんには本気でありすちゃんを受け入れる心の準備なんて出来てないんでしょ? 状況に流されてるだけじゃ、お互い不幸になるだけよ。兄妹以上の付き合いなんて、もっとお互いに落着いてから始めなさい。そして、来るべき時が来たらちゃんと真剣に向き合えるように、覚悟を決めておきなさいね」
「ちとせ……」
「それから、私とのこともちゃんと考えて置きなさいね。正式に婚姻届は出せなくても、敬ちゃんがお嫁さんにしたいって言うんなら私はOKだから……」
 そのネタで引っ張るなよ、おい。
 なんか冗談ではぐらかそうとしてるみたいだけど、ちとせが僕とありすのことをちゃんと考えてくれているのはわかった。確かに僕とありすは流されるままに一線を越えた関係になってしまったけど、本当ならじっくり関係を築いていかなければいけないことだ。僕たちはこれからそんな堅実な関係を育まなければいけない。婚約とか結婚というのはその先の帰結に過ぎないんだから……

「沢村さん! 今日の日直、あなたじゃなかったの!」
 始業ギリギリに教室に飛び込んだ僕たちを待ち受けていたのは、クラス委員長の北村あやかの怒声だった。どうやら今日の日直はありすだったらしい。
「あ、忘れてた……」
 悪びれもなく舌を出すありす。
「忘れてたじゃないわよ! 当番なんだからちゃんとやりなさい!」
 相変わらずありすとは犬猿の仲って感じだ。
「どうせ今日は始業式なんだから。日直なんてすることないじゃん!」
 これまた平然と口答えするありす。ありすが八方美人じゃないのは別に構わないけど、だからといってここまでクラス委員長と仲が悪すぎるのも困りものだな。
「じゃあ、明日も日直やりなさいね」
「それは嫌!」
 僕はありすのとばっちりを受けないうちにと、こっそり自分の席に急いだ。
「遅いなぁ、沢村」
 背後から関西弁で呼び掛ける声。夏休み中頻繁に目にしてたからちっとも久しぶりって気がしない同人女だ。
「冬の新刊の話やけどなぁ……」
 いきなり同人誌の話題を振ってくるはるな。おいおい、僕が協力するのはこの前の一冊だけだったんじゃ……
「でもなぁ、あの在庫の山見たら、沢村ももう後には引けんやろ」
 いや、僕はもうやめたい。

 二学期が始まり、夏が去って秋が来た。いろいろあった夏休みだったけど、結局、ありすも戻って来て夏休み前と何ら変わらない日常が始まった。表面的に唯一つ変わったことといえば、ありすの眼鏡である。以前のきつくて似合わない眼鏡に代わって、今は僕が選んであげた眼鏡を掛けている。こっちの方が似合ってるし、心持ち表情も穏やかに感じられるようになった。とはいえ、がさつな性格までは変わらなかったけど……
 そしてしばらくして、ありすは再び劇団のレッスンに通い始めた。声優の仕事はもう無いけど、元々それが目的で劇団に入ったわけでもないし、続けていればいつか自分のやりたいことが見えてくるだろうってことらしい。
 テレビからありすの声が聴けなくなったのは寂しいけど、これからも僕はありすを応援していくつもりだ。兄として……いや、今はもうもっとありすに親密な存在として。そして、またいつかアニメの声優として復活する日が来るのを心待ちにしたい。

(了)

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第13話「そして、さよなら…」
「敬ちゃん、起きなさい!」
 その日の朝、僕はちとせに叩き起こされた。一瞬、学校に遅刻するのかと心配したが、考えてみればまだ夏休み。登校日だというわけでもない。いつもなら昼近くまで寝てるところである。
「何だよ。今日は朝から何かあるのか?」
 寝ぼけながら応える僕に、ちとせは言った。
「用も無いなら起こさないわよ。さっさと起きなさい! それに……」
 一瞬言葉を詰まらせ、なぜか顔を赤らめながらちとせは続けた。
「そこの寝ぼすけ猫さんもちゃんと起こしてくるのよ!」
 ちとせの視線の先を見て僕は背筋が凍った。そこには一糸まとわぬ姿でありすが横たわっていたからだ。その僕だって同じだ。気付かないままに朝立ちの性器をちとせの前にさらけ出していた。
(まずい……)
 僕は慌てて掛布団を引っ張り、ありすと僕の下半身を隠した。
「今頃取り繕ったって遅いわよ。ちゃんと起きて来なさいね!」
 ちとせはその光景を追求することなく、そう言って去っていった。
(ちとせに見付かってしまった……)
 僕は頭の中がパニクった。いくらちとせが天然系のボケボケだからといっても、この光景を目にしたら僕たち二人の関係に気が付かないわけはない。「昨晩は暑かったから二人とも裸で寝てたのね」なんて反応は常識的にありえない。
 ちとせに知られたら両親に伝わるのは時間の問題だ。そうなったら僕とありすはどうなってしまうんだろう? 僕は頭を抱えて現実逃避したくなった。
「夢だ。そうだ、これは夢なんだ。もう一度寝て起きたら現実の世界に戻れる……」
 僕は二度寝を決め込もうとしたが、ちとせの言葉に含まれていた軽い怒気を思い出した。ちとせは滅多なことでは怒りを面に出したりはしないけど、怒ってる時には微妙に言葉や態度に怒気がこもる。他人にはほとんどわからないレベルみたいだけど、双子の僕にははっきりとそれが感じられる。
 ここで起こしに来たちとせを無視して二度寝なんかしてたら、ちとせの怒りに油を注いでしまうのは火を見るより明らかだった。ちとせを本気で怒らせたら……この家では食事にありつけなくなってしまう。
「そうだ。ちとせを宥めて両親には口止めしてしまえば良いんだ」
 僕はちとせがちくったりしないうちに起きていこうと思い、傍らで幸せそうに寝息を立てているありすを揺り起こした。しかし、すべてはもう終わっていたことに、この時の僕には気付かなかった。

 僕に起こされたありすは、そのまま風呂場にシャワーを浴びに行った。僕はキッチンで朝食の準備をしているちとせのところに行って、うまく口止めしようとタイミングを見計らっていたが、なかなかきっかけがつかめない。
「ありすちゃんが上がったら、敬ちゃんもシャワー浴びてらっしゃい!」
 なんか僕たちが不潔だって怒りのオーラが漂ってるみたいだ。
「こんな時間に起こして、今日はいったい何があるんだ?」
 僕は話題を逸らそうと、そう訊ねた。
「お義母さんがありすちゃんを迎えに来るのよ」
「迎えにって……?」
 思い掛けない答えに僕は訊き返した。
「ありすちゃん、もうこの家には住めないって……敬ちゃんには心当たりあるでしょ?」
 穏やかなちとせの口調が余計に僕の胸を痛撃した。二人のことがもうとっくにバレていて、それでありすが連れて行かれるってか?
「ちとせが何か言ったのか?」
 僕はすでに気付いてたちとせが父か義母に告げ口して、それでありすを迎えに来るのかと考えた。でも、そうではなかった。
「私はそんなことしないわよ」
 一息おいてちとせは続けた。
「これはありすちゃんが自分で決めたことなのよ。出て行くなんて話、おとついの晩に聞かされただけだから……」
 一昨日にはもう、今日出て行くことは決まっていたらしい。昨日のプレゼントや外食はすべてありすが出て行く別れのあいさつだったなんて、僕はまったく気付かなかった。昨晩ありすと抱き合った時だって、これからもずっと一緒にいるつもりだったのに……
「敬ちゃん……昨夜はちゃんと優しくしてあげた?」
 僕は黙って肯いた。

 やがて、ありすがシャワーを終えてやって来た。すでに外出の服装だった。
「お兄ちゃん、ごめんなさい……」
 ありすは今日、自分が出て行くこと、そしてそれを黙ってたことを僕に謝った。
「でも、私の気持ちは本当だよ……」
 僕はそれには応えず、交代でシャワーを浴びに向かった。
 三人で朝食をとる間も僕は黙っていた。別にありすのことを怒っていたわけではない。ただ、ありすがいなくなってしまうという不安に直面し、何を言葉にすれば良いのかわからなかったのだ。
 キリストの最後の晩餐というのは弟子たちに囲まれた賑やかなものだったらしい。でも単に「最後の晩餐」と口に出したとき、それは沈黙に包まれた冷たく寂しいイメージが思い浮かぶ。この日の朝食がそうだった。僕とありすは禁忌を犯した大罪を償うために引き離される罪人のように感じた。

 しばらくして義母がやってきた。ことがことだけに僕には義母と顔を合わせる勇気も無く、自分の部屋に閉じこもった。いつ呼び出されて責め立てられるか、僕はびくびくと怯えていたが、結局呼び出されることは無かった。
 最後に身支度を整えて、出て行く間際になってありすがやって来た。
「お兄ちゃん……」
「もう行くのか?」
 ありすはこくりと肯いた。
「ありすはお兄ちゃんのことが好き。本当はいけないことなのに気持ちが止まらないの。このままこの家にいたらどんどんダメになって、お兄ちゃんに迷惑掛けてしまう……だから、お母さんに迎えに来てもらったの……」
「迷惑なんて掛けたっていいさ。いつまでもありすがそばにいれば、僕は……」
 ありすは不意に僕の口を唇で塞いだ。そしてゆっくりと離れる。
「私たち、兄妹になる前に出会ってたら良かったのに……」
 とめどなく流れてくる涙をありすは拭った。
「お兄ちゃん。今度、また出逢うことがあったら、ありすをお嫁さんにしてくれる?」
「ああ」
「約束だよ……」
 ありすは右手の小指を突き出した。僕は自分の小指をそれに絡める。そして、ありすを引き寄せきつく抱きしめた。僕たちはまるで今生の別れに来世での逢瀬を誓い合う恋人同士だった。

「お義母さん、敬ちゃんに『ありがとう』って言っといてって……」
「え?」
 ありすが行ってしまった後、ちとせが言った言葉は僕にとって意外だった。
「ありすちゃんが一番大変だった時に、敬ちゃんがいてくれて良かったって……」
 事情をつかめず呆然としてる僕に、ちとせは事の顛末を語り始めた。

 すべての原因は、ありすが博多のイベントに出掛けていったあの日に始まっていた。
 タレント業では零細な劇団《うみすずめ》では所属のタレントがイベント等に出掛けるときは東山先生が同伴するのが普通だった。しかし、その日は他の用件で東山先生は付いていけず、劇団には他に適当な人がいなかった。何か初めての仕事ならそういうわけにはいかなかったが、『ドキドキファンタ』のイベントだし、見知ったスタッフや共演者も一緒ということで、ありすのことは主題歌のレコーディングを担当したレコード会社のディレクターに任せることになったらしい。
 しかし、これが最悪だった。博多での宿泊先のホテルにはたまたま別の用件で『ドキドキファンタ』を放映しているキー局のプロデューサーがいたのだが、この男が品行の良くないことでは業界で有名な人物だったらしい。よく自局のドラマの主演女優に手を付けてるという噂があったらしいのだが、そんなことありすが知るわけもない。
 この晩もこの男はその権力をいいことに『ドキドキファンタ』の出演声優に手を付けようとしていたのだが、ちゃんとマネージャーの付いてる声優さんはガードが固くて手が付けられない。そこでありすが格好の餌食となってしまったわけだ。ありすのことを頼まれていた音楽ディレクターも泊まる部屋が離れ離れで、ずっとありすのことを見ていられたわけじゃない。
 件のプロデューサーは巧みにありすを自分の部屋に呼び出し、そしてキー局プロデューサーとしての権力で脅し、ありすを手篭めにしてしまったらしい。脅されたありすは叫んで助けを呼ぶことも出来ず、相手のなすがままに犯されてしまい、そして傷心の状態でイベントに出る気力も失い、一人で帰って来てしまったらしい。
 博多から戻って来たありすは最初に劇団に駆け込んで、東山先生に泣き付いたらしい。東山先生は作品関係者にいろいろ手を回したけど、そのプロデューサーの権力は絶大で、誰も見て見ぬふりを決め込むだけだったらしい。結局、真相は伏せられ、ありすだけが悪者にされてしまったのがこの事件のすべてだった。もちろん各方面からありすに向けられた非難は東山先生が防波堤になってくれていたから本人に直接届くことは無かったけど、それ以前にありす自身は深く傷付いていた。
 あの日、僕と兄妹としての一線を越えてしまったありすの事情はそういうことだったらしい。
 意外にもちとせはありすと僕のことはすべて知っていた。ありすは何事もちとせには包み隠さず話してたらしい。さすがにあの日のことは自分の中で整理が付くまではちとせにも話せなかったみたいだけど……傷心のありすに付け込んで兄としての立場を逸脱してしまった僕と違い、ちとせは最後までちゃんと姉としての立場を全うしてたようだ。

 ちとせから事情を知った僕は、自分のやって来たことが傷心状態のありすに付け込んだだけだったということを理解した。その後でありすが僕に好意を抱いたとしても、それが本当に純粋な恋愛感情から発したものかどうかなんて保証は無い。ありす自身、そう思い込もうとしてただけかもしれない。
 しかし……それでも僕がありすを好きだったことだけは本当だ。僕も僕で、初めて肌を許してくれた女の子に過大な幻想を抱いていたのかも知れない。それが本当の恋愛なのかどうかなんて、どうでもいい話だ。とにかく僕はありすが好きだった。
 それがありす自身が選んだことだとわかっても、僕はありすを失った事実を素直に受け入れることなんか出来なかった。ほんの数か月前まではそんなものありはしなかったのに、ついさっきまでそこにあった温もりと、胸の中に大きく広がっていたとても大切なものの喪失に、僕の心は深く傷付いてしまった。

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